インド建国の父として知られるマハートマー・ガーンディーは、死後60年以上経った今でも学問的研究や文芸作品の題材となっている。ヒンディー語映画界でもガーンディーは「人気のキャラクター」であり、様々な形でスクリーンに登場し、我々に語り掛けて来る。もちろん、皮肉なことに、ガーンディーの人生を題材にした伝記映画「Gandhi」(1982年/邦題:ガンジー)は、英印合作ではあるものの、英国人映画監督リチャード・アッテンボローによる作品で、純粋な意味でのインド映画ではないが、21世紀に入ってからも、ガーンディーの哲学を巧みに娯楽映画化した「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)や、ガーンディーの家庭人としての一面にスポットライトを当てた「Gandhi, My Father」(2007年)など、ヒンディー語映画界ではガーンディーを何らかの形で題材にした重要な作品がいくつも作られた。
2011年7月29日より公開された新作ヒンディー語映画「Gandhi to Hitler」も、またひとつガーンディーを題材にした映画である。題名が示すように、ガーンディーがナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラー総裁に宛てて書いた2通の手紙からストーリーを膨らませて作られた作品である。ガーンディーはヒトラーに対し「親愛なる友」と呼び掛けながら、1939年と1940年の2回、手紙を送っている。その内容はネット上で閲覧することが可能である――1939年7月23日(200番または156頁)と1940年12月24日(520番または453頁)。ガーンディーはヒトラーに対し、世界規模のこの戦争を止めることができるのは君だけだと語り掛けている。ただ、映画の方はどちらかと言うとアドルフ・ヒトラーの最期を中心とした映画であり、ガーンディーの手紙やガーンディー自身はほとんどストーリーに絡んで来ない。また、ヒトラーを含むドイツ人をインド人俳優が演じ、台詞もヒンディー語で進行する。一応国際版と国内版があるようで、国際版の方の題名は「Dear Friend Hitler」となる。国際版の言語はおそらく英語のはずである。インドで公開されているのは国内版の方だ。
監督:ラーケーシュ・ランジャン・クマール
制作:アニル・クマール・シャルマー
音楽:アルヴィンド・ライトン、アマン・ベンソン、サンジャイ・チャウドリー
歌詞:パッラヴィー・ミシュラー
振付:スーラジ
衣装:リピカー・スィン、プリーティ・スィン、デーシャー・タッカル
出演:ラグビール・ヤーダヴ、ネーハー・ドゥーピヤー、アマン・ヴァルマー、ラッキー・ヴァカーリヤー、ナスィール・アブドゥッラー、アヴジート・ダット、ニキター・アーナンド、ナリーン・スィンなど
備考:DTスター・プロミナード・ヴァサントクンジで鑑賞。
1945年ベルリン。ナチス・ドイツはソビエト連邦軍の侵攻を受けており、ベルリンは陥落寸前であった。ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラー首相(ラグビール・ヤーダヴ)は、恋人エヴァ・ブラウン(ネーハー・ドゥーピヤー)、建築家・軍需大臣アルベルト・シュペーア(ナスィール・アブドゥッラー)、国民啓蒙・宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルス(ナリーン・スィン)やその他の閣僚らと共に総統地下壕に待避し、指揮を執っていた。しかし、ドイツ軍は物資の不足からもはや反撃する力を失っており、ベルリンが陥落するのも時間の問題であった。ヒトラーの部下たちも次々に裏切り出す。アルベルトですら辞表を提出して去って行ってしまった。
一方、ドイツ亡命中だったネータージー・スバーシュチャンドラ・ボース(ブーペーシュ・クマール・パーンディヤー)によってドイツで創設されたインド人部隊アーザード・ヒンド・ファウジは、ドイツのために戦っていたが、ドイツの敗戦を知って、インドに帰るためにアルプス山脈に沿って逃走を開始する。部隊の隊長を務めるバルビール・スィン(アマン・ヴァルマー)には、故郷に妻アムリター(ラッキー・ヴァカーリヤー)を残して来ていた。バルビールはインドに帰ってアムリターと再会することを夢見て、部下たちと共に苦しい逃走をする。だが、絶望に打ちひしがれた兵士たちの精神は次第にすさんで行き、喧嘩が絶えなくなる。そして、1人また1人と命を落として行く。
アムリターは、両親の世話をしながら、マハートマー・ガーンディー(アヴジート・ダット)とも時々会っていた。ガーンディーは集まった人々に、非暴力の戦いの大切さを説く。
とうとうソ連軍は総統地下壕の500メートル先にまで迫っていた。ヒトラーは、戦意を失ったドイツ国民に失望し、自決を決意する。その前にヒトラーはエヴァと結婚し、遺言を書き残す。ヒトラーはエヴァを逃がそうとするが、エヴァは彼と共に死ぬことを選ぶ。エヴァは毒薬を飲んで自殺し、ヒトラーは拳銃自殺をした。また、腹心ゲッペルスはヒトラーの後を追い、妻子と共に自殺する。
逃走の途中に負傷したバルビール・スィンは中立国スイスとの国境まで辿り着き、何とかスイスに入り込もうとするが、国境警備をしていたフランス軍兵士に見つかり捕まってしまう。そして連行される途中に兵士たちによって殺されてしまう。
夏休みの自由研究レベルの作品。こんな駄作を国際リリースしてしまったことに驚く。これはインド映画全体の恥であろう。低予算なのは分かる。だが、低予算なりに作り方があったはずだ。ドイツ人キャラクターをインド人俳優が演じるというユニークな試みも単に低予算映画の言い訳に過ぎない。ヒトラーというヨーロッパではセンシティブな題材を選んだことで、欧州やインドのユダヤ教徒コミュニティーの間で物議を醸したようだが、それ以前に鑑賞に値しない出来の映画である。肝心のガーンディーとヒトラーの絡みも、全く意外なことに、映画中では全くない。一体何のために作られたのか分からない映画であった。
ガーンディーとヒトラーの件についてもう少し深く掘り下げてみようと思う。映画の大部分は1945年4月を軸としている。ヒトラーが自殺をしたのが1945年4月30日であり、その前の数日間がこの映画の主軸となる。ところが、ガーンディーがヒトラーに手紙を送ったのは1939年と1940年であり、実際に劇中でもそれが明示される。つまり、ガーンディーがヒトラーに送った手紙を構想の土台としておきながら、映画のストーリーとガーンディーはほとんど絡んで来ないことになる。また、ガーンディーが送った手紙をヒトラーが読んだり反応したりするシーンもない。所々で、ガーンディーが弟子たちに非暴力の教えを説くシーンが挿入されているが、象徴的過ぎてヒトラーとガーンディーの対比にもなっていない。
ドイツで創設されたアーザード・ヒンド・ファウジ(Free India Legion)に部分的に焦点を当てたのは悪くなかった。ボースの掲げた理念の下に集った若者たちは、インド独立のためにヨーロッパで戦うが、すぐに彼らはインドとは関係ないドイツのための戦いに動員されることになってしまい、自分たちの存在意義や戦いの正当性についてに疑問を感じ始める。ドイツが敗戦したことで彼らは必死の逃走をするが、隊長バルビールは中立国スイスとの国境で捕まってしまい、連行中に殺されてしまう。しかし、良かったのは着眼点のみで、そのシーンもこの映画の質を高めることに貢献していなかった。
無理にインド映画の伝統であるダンスシーンの挿入を試みているのもマイナス要素だった。緊迫感が重要なこの映画の中に、ホーリーのダンスシーンなどは必要なかった。
企画時点で破綻しているために、その後の全ての要素――脚本、台詞、演技、編集、音楽などなど――にも問題が波及しているのだが、俳優たちはこのおかしな設定の映画の中で最大限の貢献をしていたことだけは記しておかねばなるまい。特にヒトラーを演じたラグビール・ヤーダヴは、俳優としてのプライドを持って、演技でもって外見のハンデを克服しようと迫真の演技をしていた。エヴァを演じたネーハー・ドゥーピヤー、ゲッペルスを演じたナリーン・スィンなども悪くはなかった。
台詞はほぼ全てヒンディー語である。ガーンディーやその他のインド人キャラクターは当然として、ヒトラーを含むドイツ人キャラクターも普通にヒンディー語をしゃべる。舞台劇などならこういうのもありだと思うが、映画で見ると違和感は拭えない。しかも、エヴァを中心に台詞中に英語を織り込むシーンがあり、それがまた奇妙さを添えていた。どうせなら挨拶程度の数フレーズくらいはドイツ語にしても良かったのではないかと思う。
ドイツ人を演じる俳優が皆インド人で、台詞がヒンディー語であるのに加えて、ロケ地もインドであった。しかもデリー、ノイダ、チャンディーガルなど、主に北インドで撮影されたようである。
「Gandhi to Hitler」は、興味を引かれる題名の映画ではあるが、低予算映画の弱みがモロに出てしまった悲しい出来の映画であり、無理に観る必要はないだろう。