大予算型映画が期待通りの興行収入を得られない中、優れた脚本と演技に支えられた低予算映画が健闘し大きな利益を上げるという現象がここ数年続き、ニッチな客層をターゲットにした低予算型映画に、芸術的な観点からもビジネス的な観点からも注目が集まっている。複数の大手プロダクションは低予算映画専門の傘下プロダクションを立ち上げ、大予算型映画と低予算型映画の両方をバランス良く作っていく方向にシフトしている。そのトレンドを生み出した張本人が2007年に公開された低予算コメディー映画「Bheja Fry」であった。サーガル・ベッラーリーという新人監督により、500万ルピーの低予算で作られたこの映画は、最終的に6千万ルピー以上の興行収入を稼ぎ出し、同年最初のスーパーヒットとなった。無名の監督や少ない予算でも優れた脚本と俳優さえあれば十分稼げる映画を作れることが証明され、ヒンディー語映画界に低予算映画の流行を引き起こしたのである。また、この映画で主演を務めたヴィナイ・パータクは一躍時代の寵児となり、その後低予算型映画から大予算型映画まで幅広く活躍するようになった。
その伝説的名作である「Bheja Fry」の続編「Bheja Fry 2」が作られ、2011年6月17日より公開された。予算は前作の20倍とされており、監督はサーガル・ベッラーリー、主演はヴィナイ・パータクとここまでは変化なし。だが、前作で好演していたラジャト・カプールやランヴィール・シャウリーはおらず、代わりにケー・ケー・メーナンやスレーシュ・メーナンなどが出演している。キャッチフレーズは「オリジナルの馬鹿(イディヤット)が帰って来た」。ラージクマール・ヒラーニー監督の大ヒット映画「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)を意識したものであろう。続編ながら前作とのつながりはほとんど意識されておらず、中心キャラクターとなるバーラト・ブーシャンの天然ボケ振りがさらにパワーアップした形となっている。
監督:サーガル・ベッラーリー
制作:ムクル・デーオラー
音楽:イクシュ・ベクター、スネーハー・カーンワルカル、サーガル・デーサーイー
歌詞:シュリーD、ソニー・ラーヴァン、シャキール・アーズミー
出演:ヴィナイ・パータク、ケー・ケー・メーナン、ミニーシャー・ラーンバー、アモール・グプテー、スレーシュ・メーナン、ラーフル・ボーラー、ルクサール
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
所得税局に務める公務員ながら、自身の音楽CDをリリースすることを夢見ていた天然中年男バーラト・ブーシャン(ヴィナイ・パータク)は、クイズ番組に参加して優勝し、250万ルピーの賞金と豪華クルーズ旅行を手に入れる。上司で親友のMTシェーカラン(スレーシュ・メーナン)はこれから重要人物の家宅捜査を行うところであったが、バーラト・ブーシャンに休暇の許可を出す。 クルーズ船には、実業家アジート・タルワール(ケー・ケー・メーナン)、TV局のカプール社長(ラーフル・ボーラー)、そしてバーラト・ブーシャン出演番組のADランジニー(ミニーシャー・ラーンバー)なども乗り込んでいた。特にバーラト・ブーシャンは番組参加時からランジニーに一目惚れしており、懐には恋文をしたためていた。 ところがアジートの元に、所得税局の捜査員がクルーズ船に乗り込んでいるとの情報が入り、バーラト・ブーシャンがその捜査員だと勘違いされる。実際にはバーラト・ブーシャンは完全なるプライベートの旅行で、上司のMTシェーカランが船にアジートの脱税容疑を調べるために乗り込んでいた。 アジートはバーラト・ブーシャンが泳げないことを知り、夜の闇に紛れて彼を海に突き落とす陰謀を企む。ところが手違いからバーラト・ブーシャンと共に自分自身も海に落ちてしまう。 翌朝、アジートとバーラト・ブーシャンは無人島に漂着する。アジートはバーラト・ブーシャンの天然振りにイライラしながら助けを求める手段を模索する。二人が森の中を彷徨っていると、一軒の掘っ立て小屋を見つける。中にはラグ・バルマン(アモール・グプテー)という変人が住んでいた。バーラト・ブーシャンは部屋の中にあったものをいじっている内に誤って照明弾を打ち上げてしまう。アジートはバルマンの家にあった電話を盗んで連絡しようとするが見つかってしまい、その拍子にバルマンが大事にしていた骨董品のラジオを壊してしまう。バルマンは銃を持っており、二人を威嚇する。ところが、バーラト・ブーシャンは壊れたラジオの代わりに彼に懐メロを聴かせて喜ばせた。一方、アジートは縛り上げられてしまう。 そのとき沖合では、MTシェーカランはアジートがバーラト・ブーシャンを人質に取って逃亡したと考え小型艇で捜索していた。打ち上げられた照明弾を見てバーラト・ブーシャンの合図だと察知し、MTシェーカランはバルマンの小屋に押しかける。混乱の中爆弾に火を付けてしまい、爆発が起きる。 翌朝まで四人は倒れていた。初めに目を覚ましたのはバルマンで、ラジオを持って逃げ出した。次ぎに目を覚ましたアジートは、カプール社長らが助けに来たのを見つける。しかしアジートは重要会議をミスしてしまい、その間、放漫経営かつプレイボーイの夫に対して仕返しの機会をうかがっていた妻に会社の実権を奪われ、しかも離婚まで突き付けられてしまう。アジートがショックを受けている間にバーラト・ブーシャンが目を覚ます。バーラト・ブーシャンはアジートを許し、見送る。最後に目を覚ましたのがMTシェーカランであった。彼はアジートを逃がしたことに憤り、バーラト・ブーシャンを責めるが、元々仲良しの二人はすぐに仲直りする。 バーラト・ブーシャンはTV番組でとうとう念願だった歌手デビューを果たすことになる。ランジニーへの恋は実らず、彼女とは友達関係ということになってしまったが、彼は精一杯歌を歌う。
前作は予算の制約があったおかげで研ぎ澄まされた脚本の上に無駄のないストーリー運びがあり、その中にウィットに富んだギャグがあった。そしてそれが大ヒットの大きな原動力となった。それに対し今回は予算が大幅増となったことが仇となり、大雑把なストーリー展開になってしまったように感じる。無人島漂流ネタに斬新さはないし、そこにいきなり叔父が白人の恋人を連れてやって来たり、ベンガリー語をしゃべる変人がなぜか住み着いていたりと、安物コントのような無理な展開が続いた。ヴィナイ・パータク演じる主人公バーラト・ブーシャンのキャラクターも、「Mr.ビーン」化が進んでいた。それでも彼の「ベージャー・フライ(脳みそを焼くような厄介な言動)」なキャラクターは健在で、観客を大いに笑いの渦に巻き込んでいた。
しかしバーラト・ブーシャンは「ベージャー・フライ」なだけのキャラクターではない。彼はアマチュア歌手という設定で、事あるごとにムハンマド・ラフィー、キショール・クマール、ムケーシュなど、過去の有名プレイバックシンガーたちの懐メロを歌い、心情を表現する。アジート・タルワールなどは彼のその歌にイライラを募らせるのだが、彼が恥じらいなく歌う歌が人と人の心をつなぐことも多く、特に終盤登場するラグ・バルマンなどは号泣し出す。最近ヒンディー語映画界では懐メロのリミックスやパロディーが流行っているが、インド映画が培って来たそれらの財産の価値をもっともよく理解し敬意を表している映画はこの「Bheja Fry 2」かもしれない。
既にヒンディー語映画界で曲者俳優として地位を確立しているヴィナイ・パータクだが、今回は自身の出世作の続編をリラックスしながら演じていたように感じた。エンディングではヴィナイ・パータク自身がボーカルを務める「O Rahi」が流れ、それがそのままバーラト・ブーシャンの歌手デビュー・シーンとなっている。白黒の映像で撮影された、古風だが心に染みる歌詞の歌である。
ケー・ケー・メーナンは実業家役にしては貧相な気もしたが、嫌らしい性格の役は元から得意で、外見の足りなさを演技力でカバーしていた。一応ヒロインということになるミニーシャー・ラーンバーはそれほど目立つ出番もなかったが、真摯な演技であった。「Stanley Ka Dabba」(2011年)でエキセントリックな演技を見せたアモール・グプテーは今回それ以上にぶっ飛んだ役であった。スレーシュ・メーナンも好演。しかし何より主演ヴィナイ・パータクの演技が光っている。
「Bheja Fry 2」は、低予算ながら良質な映画の量産のきっかけとなった「Bheja Fry」の続編で、主演ヴィナイ・パータクももちろん続投。前作とは桁違いの予算をかけて作られているだけあってある程度豪華さはあるが、脚本の緻密さは残念ながら減ってしまっている。それでもヴィナイの演じるバーラト・ブーシャンのキャラは最高で、「オリジナルの馬鹿」の異名に恥ないコメディー振りである。また、前作からのつながりはほとんどないので、「Bheja Fry 2」を楽しむために「Bheja Fry」を観て予習する必要もない。メインストリームの娯楽映画に比べたらまだまだ派手さはないが、よくできたコメディー映画で、お勧めである。