2024年3月29日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Patna Shuklla」は、女性弁護士が主人公の法廷ドラマで、試験成績を巡る汚職を題材にしている。
プロデューサーはアルバーズ・カーン、監督は「Pied Piper」(2014年)のヴィヴェーク・ブラーコーティー。主演はラヴィーナー・タンダン。他に、マーナヴ・ヴィジ、チャンダン・ロイ・サーンニャール、サティーシュ・カウシク、ジャティン・ゴースワーミー、ラージュー・ケール、アヌシュカー・カウシク、アンブリーシュ・クマール・シュクラー、アーローク・チャタルジー、スシュミター・ムカルジー、ダヤー・シャンカル・パーンデーイなどが出演している。
ちなみに、ジャー裁判長役を演じた個性派俳優サティーシュ・カウシクは2023年3月9日に死去しており、この映画は彼の遺作の一本になった。
パトナー地方裁判所で弁護士をするタンヴィー・シュクラー(ラヴィーナー・タンダン)は、誠実だがいまいち冴えなかった。夫のスィッダールト(マーナヴ・ヴィジ)は水道局に勤める役人だった。二人の間にはソーヌーという息子がいた。
ある日、タンヴィーのところへリンキー・クマーリー(アヌシュカー・カウシク)という若い女性が相談にやってくる。彼女が通っていたヴィハール大学の卒業試験の成績に不満があると言う。60%以上を期待していたのに30%しか取れなかった。大学に再採点を要求したが、点数は変わらなかった。そこでタンヴィーのところへやって来たのだった。リンキーの父親マーターディーン(アンブリーシュ・クマール)は貧しいリクシャー運転手で、大学卒の学歴は彼女の家の経済状況を左右した。タンヴィーはヴィハール大学を訴える。
ヴィハール大学は敏腕弁護士ニールカント・ミシュラー(チャンダン・ロイ・サーンニャール)を雇う。裁判長はアルン・クマール・ジャー(サティーシュ・カウシク)が務めた。老練なニールカントの前ではタンヴィーはとても太刀打ちができず、もう一度採点する要求を通すだけで精いっぱいだった。やはり点数は変わらなかった。
タンヴィーは突然、政治家ラグビール・スィン(ジャティン・ゴースワーミー)に呼び出される。ラグビールは、自分の試験成績とリンキーの試験成績が入れ替わったことを明かすと同時に、この裁判から身を引くように脅迫する。ラグビールはリンキーに奨学金を提供することも約束した。だが、タンヴィーはリンキーと共に真実のために戦うことを決意する。法廷でタンヴィーはラグビールの名前を出す。
その後、タンヴィーの身の回りでは不幸が連続するようになる。スィッダールトには汚職疑惑が降って湧き、水道局から停職処分となる。シュクラー家の違法建築が急に明るみに出て、家のベランダを破壊される。一方、タンヴィーも汚職を目撃した重要な証人を見つけて反撃しようとするが、彼女も既にヴィハール大学側に買収されていた。タンヴィーの父親JPシャルマー(ラージュー・ケール)もとうとうタンヴィーに裁判から下りることを提案する。
それと同時にJPシャルマーはタンヴィーに驚くべき事実を明かす。実は14年前、タンヴィー自身も成績取り替えの恩恵を受けて大学を卒業でき、弁護士資格を得ていたのだった。タンヴィーは出来が悪かったが、父親が気を利かせてコネを働かせ、彼女を不正に合格させていたのだった。タンヴィーは、自分が合格したことで不合格になった人物を見つけ出し、彼を証人として出廷させる。タンヴィーは自らが不正の生き証人であることを示し、リンキーの身に起こったことは昔から多くの人々の身に起こっていたことであると証明する。ジャー裁判長は中立の人間によってリンキーの成績を見直すように提案すると共に、教育界で起こっている汚職の調査も命じた。タンヴィーは弁護士資格を失うが、勉強し直してまた法廷に立つことを誓う。
女性弁護士が主人公の映画というと、つい男性顔負けの敏腕弁護士を想像してしまうが、「Patna Shuklla」で往年の女優ラヴィーナー・タンダンが演じるタンヴィーは、地方裁判所でつまらない事件を担当する冴えない弁護士であった。だが、リンキーの事件を担当したことで、彼女の人生はガラリと変わる。
この映画では、インド社会のあちこちにはびこる汚職が浮き彫りにされていた。メインになっていたのは大学の成績に関する汚職だ。リンキーは、卒業試験の成績が期待よりも圧倒的に低いことに不満を持ち、適切に採点をやり直すことを求めて、タンヴィーの弁護の下、大学を相手取って訴訟を起こす。早い段階で実際に不正があったことが明らかになる。青年政治家ラグビールが、実際には卒業試験を落ちていたのに、合格していたリンキーの成績との入れ替えを裏で操作したのだった。ラグビール自身が大胆にもタンヴィーに暴露したので、その真偽を争う必要はなかった。ただし、ラグビールは裁判を終わらせるためにそれを敢えてタンヴィーに明かしただけであり、タンヴィーとリンキーが徹底抗戦の姿勢を見せると、今度はタンヴィーを潰しにかかる。
タンヴィーが直面した汚職はこれだけではなかった。ラグビールは、タンヴィーの夫スィッダールトの昇進に関わる汚職も明かす。スィッダールトはラグビールの父親で有力政治家のダーンヴィール・スィンに奉仕したために昇進をさせてもらえていた。しかも極めつけはタンヴィー自身の弁護士資格を巡る汚職だ。タンヴィーのあずかり知らぬことだったが、彼女の父親が賄賂を払ってタンヴィーの大学卒業成績を他人と交換させていたのだった。それは、誠実に生きてきたタンヴィーの足元を揺るがす事実であった。
2011年、社会活動家アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動がインド全土に拡大し、ヒンディー語映画でも汚職を題材にした映画が多数作られるようになった(参照)。あれから10年以上が過ぎて作られた「Patna Shuklla」にアンナー・ハザーレーの影響を見出すことはさすがに難しいかもしれない。だが、主人公自身が知らず知らずの内に汚職の受益者になっていたというプロットは非常に目新しく、よく練られたもので、汚職撲滅映画の新型と捉えることもできる。汚職と戦う武器だった弁護士資格が、実は汚職の恩恵によって得られたものだったというどんでん返しは、意外性があった。
タンヴィーは鈍い弁護士であり、序盤からスローテンポで進んでいた映画だったが、このどんでん返しがあったおかげで、逆にそれまでのスローさが説得力を持つことになった。さらに、衝撃の事実が発覚した後もタンヴィーは誠実さを失わず、自らの弁護士資格を投げ打って、リンキーの希望を叶えてあげようとする。その姿には心を打たれる。
タンヴィーとスィッダールトの夫婦仲にも注目したい。序盤、一瞬だけ、スィッダールトが妻を家政婦扱いするような描写があるが、基本的に彼はタンヴィーの一番の応援者であり、二人の夫婦仲は理想的といえるまでに良かった。タンヴィーが関わる裁判のせいで濡れ衣を着せられて停職となり、自宅の一部まで壊されるという憂き目に遭いながらも、タンヴィーにその不幸を責任転嫁することなく、正義のために戦う妻を最後まで支えた。最終的にタンヴィーは裁判に勝つが、スィッダールトの理解ある態度は正に「内助の功」であった。スィッダールト役を演じたマーナヴ・ヴィジは、普段は怖い警官役などを演じることが多いのだが、静かな味のある演技もできる俳優である。
題名の「パトナー・シュクラー」とは、リンキー事件のおかげで有名になったタンヴィーに自然に付いたあだ名である。「パトナー」とはビハール州の州都パトナーのことだ。パトナー地方裁判所が主な舞台になった映画であり、パトナーという都市名が出て来るのは分かるのだが、このようなあだ名の付け方は前例がなく、その理由がよく分からない。しかもこの映画はマディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパールで撮られている。興味を引かれる題名ではあるが、その題名の真意までもがすんなりと腑に落ちたわけではなかった。
「Patna Shuklla」は、ラヴィーナー・タンダンが女性弁護士を演じる法廷ドラマ映画だ。しかしながら、論説巧みに相手を言い負かすタイプの敏腕弁護士ではなく、むしろ日常のゴタゴタを巡るくだらない裁判しか仕事が回ってこないような底辺弁護士である。それが終盤に伏線となって生きてくるまさかの展開にゾクゾクした。必ずしも高い評価を受けていない映画だが、一見の価値はある。