Tumse Na Ho Payega

3.5
Tumse Na Ho Payega
「Tumse Na Ho Payega」

 2023年9月29日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Tumse Na Ho Payega(君にはできないだろう)」は、スタートアップを立ち上げた青年起業家の映画だ。ヴァルン・アガルワル著「How I Braved Anu Aunty and Co-Founded A Million Dollar Company」(2012年)を原作にしている。ただし、忠実な映画化ではない。原作は、バンガロールで「Alma Mater」という会社を立ち上げた起業家の小説だが、「Tumse Na Ho Payega」の主人公はムンバイーで「Maa’s Magic」という会社を立ち上げる。しかしながら大筋は似ていると思われる。

 監督はアビシェーク・スィナー。元々ミュージックビデオの監督をしており、映画の監督は初となる。「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)のニテーシュ・ティワーリー、その妻で「Nil Battey Sannata」(2016年)などのアシュウィニー・アイヤル・ティワーリー、そしてスィッダールト・ロイ・カプールがプロデューサーを務めている。

 主演は、「Unpaused」(2020年)などに出演のイシュワーク・スィンと、「Antim: The Final Truth」(2021年)などに出演のマヒマー・マクワーナー。他に、ガウラヴ・パーンデーイ、グルプリート・サイニー、カラン・ジョートワーニー、アマラー・アッキネニ、パルミート・セーティー、メーグナー・マリク、オームカル・ダース・マニクプリーなどが出演している。また、原作の作家ヴァルン・アガルワルがカメオ出演している。

 ムンバイー在住のガウラヴ・シュクラー(イシュワーク・スィン)は会社を解雇され、しばらく無為に過ごしていた。何かと口うるさいアヌおばさん(メーグナー・マリク)からは説教を受け、その息子アルジュン・カプール(カラン・ジョートワーニー)からは嫌味を言われた。だが、一念発起して、親友のシャラド・マロートラー(ガウラヴ・パーンデーイ)や、片思いしていた幼馴染みデーヴィカー(マヒマー・マクワーナー)の協力を得て、「Maa's Magic」という会社を立ち上げる。会社勤めの独身男性を主なターゲットにし、日中の時間を持てあます主婦が作った家庭料理を彼らに届けるビジネスだった。「Maa's Magic」はすぐに大人気になる。昼食を作る主婦と昼食が欲しいサラリーマンをマッチングするアプリも立ち上げる。

 「Maa's Magic」は投資家(パルミート・セーティー)の出資を受け、急拡大する。ガウラヴとシャラドはTVでも取り上げられ、有名になる。だが、徐々に利益と効率を追求する投資家の言いなりになり、料理の味が悪化する。ガウラヴとシャラドは投資を受けた金額を返金し、元の人間味のあるサービスを取り戻そうとするが、詐欺の容疑で逮捕され、「Maa's Magic」は岐路に立たされる。ガウラヴとシャラドは保釈されたが、仲違いしてしまう。一時はかなり親密になっていたデーヴィカーとも疎遠になる。

 ガウラヴの母親プージャー(アマラー・アッキネニ)は退職金をガウラヴのビジネスに投資し、応援する。再起したガウラヴは、原点回帰して主婦たちを再結集し、「Maa's Magic」を再び始める。既にファンが多く存在し、すぐに好意的な反応が寄せられる。ガウラヴは別の投資家から51%の出資を受け、アルジュンと別れたデーヴィカーともよりを戻す。ガウラヴとシャラドはハーバード・ビジネス・スクールに呼ばれ講義をするが、生徒の中には留学中のアルジュンもいた。

 SNSがすっかり社会のインフラとして定着した現代を背景にした物語であり、まずはこの時代の特徴が一言で表現される。曰く、実生活を送る自分とSNS上の自分が乖離し、実際はどんな日常を送っていようとも、人々はSNSでフォロワーにいかにも幸せそうな自分を見せ付け、嫉妬させ合っている。幸せ見せびらかし競争になりがちなSNSは、人々の幸福度を下げているとする研究報告もあるほどだ。

 主人公のガウラヴは、別段SNS中毒というわけではなかったが、勤務する会社での仕事に満足せず、悶々とした生活を送っていた。そしてある日、上司に愚痴を聞かれてしまったことがきっかけで、会社をクビになる。無職になったガウラヴは、別の会社に就職して同じような気分になることを恐れ、なかなか就職活動に精が出ない。その内彼は起業を思いつく。

 「Tumse Na Ho Payega」は第一にガウラヴの起業物語であった。最終的に彼は、会社勤めの独身男性と、家で暇を持て余す主婦をつなげるマッチングアプリを開発する。中盤までのサクセスストーリーは小気味よい。

 働きがいを感じず、会社をクビになったガウラヴが、自らの会社を立ち上げ、働く喜びに気付く。だが、投資家から利潤追求と効率化を命じられ、それに従ったことで、前に勤めていた会社で感じていた閉塞感を再び感じるようになってしまった。いかにスタートアップでも、会社が大きくなるにつれて、一般の会社と同じようなワークカルチャーに染まっていくという重要な示唆がなされていたと思う。

 ただ、原作の題名から察せられるところでは、この物語には主人公以上に重要な登場人物がいた。アヌおばさんである。アヌおばさんは、いわゆるご意見番であり、「世間」の代表面をして、周囲の人々に説教をして回っていた。ガウラヴをはじめ、母親のプージャー、友人のシャラドやデーヴィカーなど、皆がアヌおばさんを恐れていた。アヌおばさんはSNS以上に特定の人の「成功」を評価し、人々はアヌおばさんの評価をSNS以上に気にしていた。

 「Tumse Na Ho Payega」のアヌおばさんは一定の存在感を発揮していたが、おそらく原作ほどではないはずだ。アヌおばさんがいなくても、ガウラヴのサクセスストーリーだけで映画は十分に成立したと思われる。むしろ彼女の存在は邪魔だった。アヌおばさんの息子で嫌味ったらしいアルジュンについては、ガウラヴの奮起を促すには必要なキャラであったが、アヌおばさんとアルジュンを親子関係にしてつなげる強い必要性は感じなかった。原作を映画化するにあたって、何を残し何を捨てるかの取捨選択に失敗したと感じた。

 ほとんど有名な俳優が出ておらず、若手の俳優たちを中心に作られた映画だ。そのフレッシュさは高く評価したい。ただ、主演のイシュワーク・スィンからはスター性を全く感じなかった。おそらくお人好しな雰囲気の出せる俳優を起用したかったのだろうが、個性が弱かった。一方、ヒロインのマヒマー・マクワーナーはとても良い。自分の決めたペースで堂々と人生を歩む現代的な女性像を全身で醸し出せており、魅力を感じた。今後伸びていくだろう。

 音楽はアビシェーク・アローラーとアナンニャー・プルカーヤスタが作曲した。アミト・トリヴェーディーっぽさを感じたのだが、彼は関わっていない。若者主体の映画らしい元気のいい曲が多かった。

 「Tumse Na Ho Payega」は、青年起業家によるスタートアップのサクセスストーリーであると同時に、SNSに毒された現代人への警鐘でもある。スターパワーは皆無だが、若手俳優を中心にテンポのいい物語になっていて好感が持てた。