Swatantrya Veer Savarkar

4.0
Swatantrya Veer Savarkar
「Swatantrya Veer Savarkar」

 2022年の独立記念日スピーチでナレーンドラ・モーディー首相は、マハートマー・ガーンディー、ジャワーハルラール・ネルー、ヴァッラブバーイー・パテール、スバーシュチャンドラ・ボース、ビームラーオ・アンベードカルらと共にヴィナーヤク・ダーモーダル・サーヴァルカルの名を挙げ、インド独立における彼らの貢献を讃えた。

 英国統治下の1883年に生まれ、独立から約20年後の1966年に死去したサーヴァルカルは、20世紀前半に活躍した活動家の一人である。学生時代から過激な政治活動に身を投じ、ロンドン留学後も武装蜂起によるインド独立達成のために地下活動に従事した。1910年に反乱を謀議した容疑などで逮捕されたサーヴァルカルは1911年にアンダマン・ニコバル諸島の悪名高いセルラー・ジェイルに投獄された。

 ただし、彼の評価は分かれている。1857年に起きた、いわゆる「スィパーヒーの反乱」を「第一次インド独立戦争」と再定義し、インド人に独立運動の気運を広めた文筆家として知られる一方で、セルラー・ジェイル投獄後は英国植民地政府の従順な下僕に成り代わった挙げ句、イスラーム教徒に対する憎悪を煽り、ヒンドゥー教至上主義を掲げて宗教対立を煽ったことで結果的に英国の「分割統治」を助長した人物として批判の対象にもなっている。時代ごとに彼の政治的スタンスが変わっているようにも見え、一筋縄ではいかない。

 インド人民党(BJP)の母体である民族義勇団(RSS)を創立したKBヘードゲーワールはサーヴァルカルの著作に多大な影響を受けたとされる。そのため、BJPのイデオロギーと非常に近い人物である。また、インド独立を主導した国民会議派(INC)を目の敵にしていた人物としても知られている。

 2024年3月22日に公開された「Swatantrya Veer Savarkar(自由の闘士サーヴァルカル)」は、サーヴァルカルの伝記映画である。モーディー政権の3期目を問う下院総選挙の直前に公開された映画の一本であり、BJP寄りのプロパガンダ映画という誹りは免れない。基本的にサーヴァルカルの神格化が行われている一方で、ガーンディーやINCへの批判色が強く感じられる。

 この映画の脚本を書き、プロデュース、監督、そして主演までこなしているのが、俳優ランディープ・フッダーである。ランディープは決してトップスターではないものの、渋めの役柄が多く、業界内で一目置かれた存在である。日本で何らかの形で上映された彼の出演作には、「Monsoon Wedding」(2001年/邦題:モンスーン・ウェディング)、「Cocktail」(2012年)、「Sultan」(2016年/邦題:スルタン)などがある。この「Swatantrya Veer Savarkar」を作ったことで、今回の選挙で彼がBJPから立候補するのではないかとの噂も立ち上がった。しかしながら彼はそれを否定している。

 ちなみに、この映画の監督は元々「Antim: The Final Truth」(2021年)などのマヘーシュ・マーンジュレーカルであった。創造性の相違からマーンジュレーカルが下り、ランディープが監督をすることになった。「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年/邦題:マニカルニカ ジャーンシーの女王)と似た流れである。

 キャストは、アンキター・ローカンデー、アミト・スィヤール、ティールター・ムルバードカル、チェータン・スワループ、ラージェーシュ・ケーラー、ローケーシュ・ミッタル、ブラジェーシュ・ジャー、サントーシュ・オージャー、ラーフル・クルカルニー、サンジャイ・シャルマー、ムリナール・ダット、アンジャリ・フッダー、ビシュワループ・モーンダルなどが出演している。

 伝記映画であるため、もちろんサーヴァルカルは実名で登場しているが、それ以外にも独立運動に関わった有名人が多数登場する。マハートマー・ガーンディー、ジャワーハルラール・ネルー、バール・ガンガーダル・ティラク、ビームラーオ・アンベードカル、ムハンマド・アリー・ジンナー、バガト・スィンなどである。

 ヒンディー語版に加えてマラーティー語版も同時に製作され、公開されている。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 映画は、1896年にボンベイで起こった疫病流行のシーンから始まる。これは2020年から23年にかけて全世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックと重なる。このときヴィナーヤク・ダーモーダル・サーヴァルカルは12歳余りだった。疫病の感染拡大を止めるため、英国人がインド人を冷酷に扱った。それが彼の心に英国に対する憎悪を植え付けたことが無言で描写されていた。

 前半はヴィナーヤク(ランディープ・フッダー)が英国当局によって逮捕されるまでが足早に描写される。当時、インドの反英運動を主導していたバール・ガンガーダル・ティラク(サントーシュ・オージャー)に認められたヴィナーヤクは学資を出してもらい、ロンドンに留学する。そこでインド人留学生を組織し、インド独立を目指す「フリー・インディア・ソサイエティー」を立ち上げたり、マラーティー語の著作「インド独立戦争」を出版したりした。彼が主に従事していたのは爆弾の密造や武器の密輸であり、それらによって武装蜂起の準備をしていた。

 1909年にヴィナーヤクの弟ガネーシュ(アミト・スィヤール)がインドで武装蜂起に失敗して逮捕され、終身刑となってアンダマン・ニコバル諸島のセルラー・ジェイルに投獄された。その頃、ロンドンではヴィナーヤクにも警察が迫っていた。ヴィナーヤクはパリにいたビーカージー・カーマ(アンジャリ・フッダー)を頼って渡仏するが、その後、わざと逮捕されて法廷で自分の主張を広めようとロンドンに戻り、予定通り逮捕される。せいぜい3年の禁固刑だろうと髙を踏んでいたが、様々な余罪を追及され、彼にも終身刑が言い渡された。そして弟と同じセルラー・ジェイルに投獄される。

 ここまでは、年表を早送りで見ているかのように、かなり早いテンポで進む。また、ほぼ一貫して照明が暗く、映し出されているものが何なのか、目を凝らして見ないとよく分からないという独特の画調にもなっている。だが、舞台がセルラー・ジェイルに移ってからは一転してテンポが抑えられ、しかも映像が鮮明になる。そして、投獄中のヴィナーヤクが受けた苦痛がじっくり時間を掛けて描写される。まるでここだけ異なる監督が撮ったかのようである。ランディープが過去に出演した「Sarbjit」(2016年)での演技とも重なる時間帯だ。

 また、セルラー・ジェイルのシーン以降、サーヴァルカルの多面性が強調されることにもなる。一方で彼はあらゆる宗教の融和を提唱していた。彼は「ヒンドゥトヴァ」という言葉を作り出した張本人でもあるが、その言葉の定義を彼は以下のサンスクリット語で表現している。

आसिन्धु सिन्धु पर्यन्ता यस्य भारतभूमिका।
पितृभू: पुण्यभूश्चैव स वै हिन्दुरिति स्मृत:॥

インダス河からインド洋まで広がる土地を
父祖の地として崇める者がヒンドゥーである

 つまり、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、スィク教などを信仰する人々を「ヒンドゥー」としており、インドのイスラーム教徒も「ヒンドゥー」の一部であると考えていた、とされる。それが本心ならばサーヴァルカルは親イスラーム教徒的な人物ということになるが、一方で釈放後はヒンドゥー大会議の会長に就任し、ヒンドゥー教徒の利益の代弁者となってイスラーム教徒を攻撃したことでも知られている。

 サーヴァルカルは、英国政府に対する武装蜂起や英国人に対するテロにも関与してきた人物だ。しかしながら、セルラー・ジェイルに収監中、彼は英国王に対して何度も恩赦請願書を送っており、その中で彼は英国政府に忠誠を誓ってもいる。その文面はキチンと映画の中でも読み上げられていた。実際、釈放後の彼は目立って反英運動を行わなくなった。サーヴァルカルは革命家として祭り上げられることもあるが、果たして彼は一生涯革命家であり続けたのか、疑問符が付く。

 映画を通して一貫しているのは、マハートマー・ガーンディー(ラージェーシュ・ケーラー)との対立だ。サーヴァルカルはガーンディーの掲げる非暴力主義に真っ向から反対しており、革命は武力でもってのみ実現すると信じていた。意見の対立はあって然るべきなのだが、「Swatantrya Veer Savarkar」ではガーンディーを偽善者とする印象操作があったのが気になった。ガーンディーはイスラーム教徒やジンナー(ビシュワループ・モーンダル)に迎合する余り、パーキスターンの分離独立を認め、多数派ヒンドゥー教徒の利益を損なう決断をしたと揶揄されていた。「多数派のヒンドゥー教徒が我慢を強いられてきた」という論調は、BJPの主張と共通している。サーヴァルカルが異カースト間結婚を推進してカースト制度を打破しようとしたのに対し、ガーンディーは社会の安定のためにカースト制度を温存しようとした。ガーンディーの死因も、西バーキスターンと東パーキスターンの間に回廊を作ろうとしたことにあるとされていた。つまり、自業自得である。

 しかしながら、ヴィナーヤクがガーンディーの訃報を聞いて喜ぶことはなかった。むしろ、彼が悲しむ様子が描写されていた。一般的に、ガーンディーを射殺したナートゥーラーム・ゴードセーはサーヴァルカルに薫陶を受けていたとされている。そのため、ガーンディー暗殺後、サーヴァルカルは事件への関与を疑われて逮捕された。これも、サーヴァルカルの影響力を恐れるINC政治家の策略だと結論づけられていた。その後も度々逮捕され収監されたサーヴァルカルは、独立インドにおいて政治家として国造りに貢献する機会を奪われ続けた。1962年にインドは中国との戦争に敗れるが、サーヴァルカルが政治家になっていればそれは避けられたような主張もなされていた。

 また、サーヴァルカルとは直接関係ないが、1946年のインド海軍反乱に触れられていた。それだけでなく、この映画では武力や暴力でもってインド独立を成し遂げようとした人々の再評価を促そうとする努力が随所に見受けられる。映画の冒頭でも、「インド独立は非暴力だけで成し遂げられたのではない」と述べられていたが、これがこの映画最大のメッセージだ。国会議事堂で爆弾を爆発させ死刑になったバガト・スィンや、インド国民軍(INA)を率いて日本軍と共にインパール作戦を実施したスバーシュチャンドラ・ボース(ブラジェーシュ・ジャー)も登場するし、日本で「中村屋のボース」として知られるラースビハーリー・ボースについても言及される。バガトやボースの行動の裏にはサーヴァルカルがいた、というような言説は行き過ぎだと思われるが、今まで映画でほとんど触れられてこなかった事実にスポットライトを当てている点は興味深い。

 3時間近くある大作であるが、それでも時間が足りていたようには思えない。ランディープ・フッダーが監督をしたのはこれが初だが、果たしてデビュー監督がこのような長大かつ重厚な映画を撮れるだろうか。より経験のあるマヘーシュ・マーンジュレーカルがかなりの部分を撮ったのではないかと邪推されるが、もしランディープがほとんどを撮ったのならば、非常に大きな驚きと共に受け止めなければならない。もちろん、あまりにサーヴァルカルを神格化しすぎており、しかも選挙前の微妙な時期にBJPに有利な内容にもなっていて物議を醸さざるをえないが、純粋に映画としての出来を評価すると、ランディープ自身の渾身の演技もあって、全く無視できない作品として浮上する。

 「Swatantrya Veer Savarkar」は、渋い演技で定評のあった俳優ランディープ・フッダーが突如として覚醒し、プロデューサーから脚本家から監督から主演まで全てを担って作り上げた3時間近い歴史大作である。主題になっているのは、歴史家の間で非常に評価が分かれる活動家VDサーヴァルカルだ。題材選びからリスクを冒しているのだが、その内容もやはり現政権寄りである。一応、彼の多面性を再現しようとする努力は見られたが、INCに対する批判色は一貫しており、政治的な含意を感じずにはいられない。それでも、そのような色眼鏡を外して純粋に映画として評価しようと思えば、デビュー監督のランディープを賞賛する他ないだろう。取り扱い注意の作品であるが、注意してでも取り扱う必要のある作品である。