Starfish

2.5
Starfish
「Starfish」

 2023年11月24日公開の「Starfish」は、女性ダイバーが主人公の変わり種ロマンス映画である。しかも、地中海のマルタ共和国が舞台で、同国在住という設定のインド系移民キャラが多数登場する。調べてみたところ、マルタ共和国にインド系移民がいないことはないようだ。人口の0.5%ほどである。インドからの移民の流入は英領時代の19世紀から始まっており、当初は現パーキスターン領のスィンド州からインド産シルクの貿易のために移り住んだコミュニティーが中心だったとされる。その後、移民の流入が規制された時期もあったが、1990年代から再びインド系移民の流入が始まった。このときになるとインド系移民の大部分はケーララ州出身だったようだ。よって、マルタ共和国を舞台にしたインド系移民の映画はあながち非現実的ではないと考えられる。

 監督はアキレーシュ・ジャイスワール。過去に「Mastram」(2013年)などを撮っているが未見である。主演はクシャーリー・クマール。他に、ミリンド・ソーマン、イーハーン・バット、トゥシャール・カンナー、ヴィディヤー・マーラヴァデー、ジャガト・スィン・ラーワト、ニカト・カーン・ヘーグデー、パワン・シャンカルなどが出演している。

 この映画には原作がある。ビーナー・ナーヤク著「Starfish Pickle」(2021年)である。ただ、原作ではゴア州が舞台のようで、マルタ共和国での撮影は映画でのアレンジだと思われる。

 舞台は地中海に浮かぶマルタ共和国。ターラー・サルガーオンカル(クシャーリー・クマール)は、マーティン(パワン・シャンカル)が経営する海洋清掃会社に勤める商業ダイバーだった。父親のラメーシュ(ジャガト・スィン・ラーワト)、祖母(ニカト・カーン・ヘーグデー)と住んでいた。母親のスカンニャー(ヴィディヤー・マーラヴァデー)は10年前に自殺して死んでいた。

 ターラーは、海洋事故での遭難者救出作戦に参加し、一人の人を目の前で死なせてしまう。それがきっかけで過去のトラウマがフラッシュバックするようになる。マルタ海軍の軍人アマン・シャルマー(トゥシャール・カンナー)はターラーに一方的に好意を寄せていたが、彼女は彼をほとんど相手にしていなかった。仕事の関係でターラーはニール(イーハーン・バット)と出会い、彼の依頼によって、スピリチュアルな音楽家アルロ(ミリンド・ソーマン)の邸宅にある池の掃除をすることになる。ところがターラーはアルロと10年前にゴアで出会ったことがあった。そのときターラーはアルロと恋に落ち、彼と身体関係になる。それがきっかけで妊娠し、中絶することになるが、そのときのショックが元でスカンニャーは自殺をしてしまったのである。ただ、アルロはターラーに気付いていないようだった。

 ターラーはマーティンから有給休暇をもらい、シチリアにある彼の別荘でバカンスをすることになる。道中でニールと出会い、彼と一緒にシチリアへ行くことになる。ターラーとニールは恋に落ちる。ニールがコンサートをしている間、ターラーは母親と知己のレスリー・フェルナンデスを訪ねる。母親の死の理由をレスリーが知っているはずだった。レスリーは、ターラーはラメーシュの子ではなく、カイラーシュという音楽家の子だと明かす。カイラーシュとはアルロのことだった。1992年、スカンニャーはジョージ・ハリスンに会いにゴアを訪れ、そこでアルロと出会い、恋に落ち、妊娠したとのことだった。その後すぐにラメーシュと結婚し、ターラーが生まれたため、彼女はラメーシュとの子として育てられたことになる。ターラーはショックを受け、別荘で薬物を大量摂取し、オーバードース状態になる。しかしながら、彼女は駆けつけたアマンに助けられる。

 アマンは海軍を辞め、マーティンの会社で働き始めていた。マーティンの提案により、ターラーはアマンと結婚することになる。ターラーはアルロに対し、自分の母親のことを問いただす。だが、アルロは、1992年にはロンドンにおり、本名もカイラーシュではなくアルヴィンドだと答える。アルロは、真実と向き合うようターラーに助言する。2年後、ターラーはニールと結婚し、「スターフィッシュ・ピックル」というカフェを経営していた。

 インド映画のロケ地としては非常に珍しいマルタ共和国を舞台にし、女性ダイバーを主人公にした映画ということで、何か斬新な予感のする作品だった。ところが、映画を観ていると、ダイビングにフォーカスするわけでもなく、マルタ共和国のインド系移民コミュニティーを深掘りするわけでもなく、環境問題に焦点を当てるわけでもないことが分かってきて、だんだんどこへ向かっているのか分からなくなってくる。これでロマンスの部分がしっかり描けていれば、純粋にロマンス映画として楽しむこともできたのだが、ターラーの態度はいまいち煮え切らない。母親の自殺というトラウマは映画全体を貫く一本の軸になっていたものの、それが十分に活かされていたとは思えない。結局、迷路のような映画になってしまっていた。

 ダイバー映画といえば、過去に「Blue」(2009年)という映画があった。多額の費用を掛けて水中シーンを撮影したものの、興行的には大コケし、製作費の回収に失敗した。その痛い経験からか、以後ヒンディー語映画界でダイビング映画を撮ろうと勇む監督はいなくなってしまった。よって、再びダイビング映画に挑戦した点は「Starfish」のアピールポイントになる。しかしながら、水中シーンに「Blue」ほど金を掛けた印象は受けず、限られた予算の中で何とかダイビング映画らしいシーンを撮ったという感じだった。

 かつては将来を嘱望されたモデル出身俳優の一人だったミリンド・ソーマンは、2010年代になるとマイペースに俳優の仕事をするようになり、最近はスクリーンで彼の姿を観ることも少なくなった。今回、彼は主演ではなかったが、主人公ターラーの出生の秘密を握るキーパーソンであり、いつも通りミステリアスなオーラを発していた。ターラーの母親スカンニャー役を演じたヴィディヤー・マーラヴァデーは「Chak De! India」(2007年)で脚光を浴びた「Chak De!」ガールズの一人である。

 それ以外の俳優は若手ばかりだ。主演のクシャーリー・クマールはTシリーズ創業者グルシャン・クマールの娘であり、現会長ブーシャン・クマールの妹にあたる。「Dhokha: Round D Corner」(2022年)でデビューしており、本作が2作目となる。ボディーはグラマラスだが、演技についてはまだまだ研鑽が必要だ。

 ニール役を演じたイーハーン・バットは「99 Songs」(2019年)でデビューした俳優で、まだまだ駆け出しだ。しかしながら、アマン役を演じた新人トゥシャール・カンナーよりは良かった。

 題名になっている「Starfish」とはヒトデのことだ。ヒトデは自己再生能力を持っている。ターラーも一連の出来事を経て過去のトラウマを克服し、自己再生することができた。そんな思いが込められていると読み取ることができる。

 ストーリーや演出には疑問符が付く映画だったが、音楽は上出来だった。複数の作曲家たちが楽曲を持ち寄っているが、中でもOAFF&サヴェーラーの浮遊感あるメロディーが映画全体の雰囲気を決定している。ヨー・ヨー・ハニー・スィンによるディスコナンバー「Kudiye Ni Tere」もノリのいい曲だ。

 「Starfish」は、マルタ共和国でのロケ地やダイビングのシーンに予算が投じられ目を引くが、それ以外の部分には手抜きが目立ち、チグハグな印象を受ける映画であった。さらに、捉えどころがない。下手に哲学的にまとめてしまっているため、ロマンス映画と呼んでいいのかもよく分からない。斬新さはあるが、失敗作のひとつに数えてしまっていいだろう。