Tejas

2.5
「Tejas」

 カンガナー・ラーナーウトは現在もっとも独自路線を突っ走っている女優だ。親の七光りなど全くない中で10代の内から「Gangster」(2006年)の主演を勝ち取ってデビューし、圧倒的な演技力で注目を集めたのがそもそもの始まりだ。それだけでも大したものだが、さらに、「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)などの成功により、2010年代には、ヴィディヤー・バーランなどと並んで、単独で稼げる女優の評価も獲得した。デビューが早かったために、この時点でまだ20代だった。業界の大物たちにも歯に衣着せないコメントをする性格が災いし、若干干され気味なところもあるのだが、本人はそんなこと微塵も気にしていないようで、監督・主演作「Manikarnika: The Queen of Jhansi」(2019年/邦題:マニカルニカ ジャンシーの女王)を成功させるなど、さらに活躍の幅を広げて来た。

 ここ最近の彼女の特徴は、愛国主義、フェミニズム、親BJPだ。「Manikarnika」では反英闘争に身を投じた実在する女性を演じたが、それだけでは飽き足らず、豪腕女性政治家ジャヤラリターの伝記映画「Thalaivii」(2021年)や女性スパイが主人公のアクション映画「Dhaakad」(2022年)などを演じ、男性中心社会に挑戦し続けている。また、銀幕の外では中央で長期政権を樹立しているヒンドゥー教至上主義政党インド人民党(BJP)寄りの発言を繰り返している。

 2023年10月27日公開の「Tejas」は、「Manikarnika」以降の彼女のフィルモグラフィーの延長線上にある映画である。今回、主演カンガナーが演じるのは女性戦闘機パイロット。敵はパーキスターンを拠点とするテロリスト。そして、BJP政権時代に実行された政策などが好意的に言及されており、親BJP色も隠されていない。典型的なカンガナー映画といえる。

 プロデューサーは業界トップの一人ロニー・スクリューワーラーだが、監督はサルヴェーシュ・メーワラーというほとんど無名の人物である。主演カンガナーの他に、アンシュル・チャウハーン、ヴァルン・ミトラー、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、ヴィシャーク・ナーイル、カシヤプ・シャンガーリー、モーハン・アーガーシェー、ムシュターク・カークなどが出演しているが、カンガナーに比肩するようなスター性のある俳優は皆無である。カンガナーのために作られたような映画であり、カンガナー自身が裏で全てを仕切っている可能性すらある。

 ただし、最近のカンガナーの映画はあまりに独りよがりのため失敗続きであり、この「Tejas」も2023年を代表する失敗作に数えられてしまっている。カンガナーも多少の方向転換を強いられるのではないかと感じる。

 インド空軍の戦闘機パイロット、テージャス・ギル(カンガナー・ラーナーウト)は、作戦中に墜落し、部族の住む島に漂着した同僚パイロット、ヴィヴェーク(カシヤプ・シャンガーリー)を命令に背いて助けたことで、軍法会議に掛けられる予定だった。

 そのとき、パーキスターンでインド人エンジニアがテロリストに捕まったというニュースが飛び込んで来る。テージャスがよく見ると、そのエンジニアは空軍学校時代の学友プラシャーント(ヴィシャーク・ナーイル)だった。プラシャーントは空軍学校を辞め、スパイになっており、エンジニアとしてアフガーニスターンからパーキスターンに潜入したのだった。インド政府はテロリストとは交渉しないと声明を発表する一方で、インド軍は救出作戦を立案し始めていた。テージャスは志願し、その作戦に参加する。プラシャーントは目でモールス信号を送っており、居場所がパーキスターンのミール・アリーだということが分かった。

 テージャスは後輩のアーフィヤー(アンシュル・チャウハーン)と共にノルウェーのオスロに飛び、ノルウェーの貨物機の中に2機の戦闘機テージャスを積み込んで、パーキスターンへ向かう。密かにパーキスターンに降り立ったテージャスとアーフィヤーは戦闘機テージャスを隠し、ミール・アリーへ移動する。そこで、殺されそうになったプラシャーントを救出し、戦闘機テージャスまで連れ帰る。

 プラシャーントは、テロリストがラーマ生誕地寺院で爆弾テロを計画していると警告する。そのときちょうどラーマ生誕地寺院の落成式が行われようとしていた。すぐにコマンドー部隊が派遣され、3人のテロリストは射殺される。一方、テージャスとアーフィヤーは飛び立ち、インド領へ向かう。パーキスターン空軍の追撃を受けるが撃退し、間もなく生還となるが、テージャスは爆弾テロを計画したカートゥーニー(ムシュターク・カーク)の居場所を知り、そこへ向かう。そしてカートゥーニーのアジトに戦闘機ごと突入し、彼を殺す。

 戦闘機パイロットが主人公の映画であり、大ヒットした米映画「トップガン マーヴェリック」(2022年)の影響を受けていることは想像に難くない。だが、それを女性パイロットの物語にしてしまっているところに度肝を抜かれる。誰かがやる前にカンガナーが出し抜いてしまったというところか。とはいっても、戦闘機の飛行シーンやドッグファイトのシーンは「トップガン」シリーズに比べたら稚拙である。また、スパイ救出作戦も全く非現実的でお粗末すぎる。それでも、カンガナーの念、もしくは怨念のようなものが渦巻く映画であり、精査すると面白い。

 まず、親BJPの要素が随所に盛り込まれた映画であることは否定のしようがない。主人公の名前はテージャスだが、これはインド国産の軽戦闘機テージャス(HAL Tejas)から付けられている。ヒンディー語の単語「तेजसテージャス」には「光」「火」「勇気」「威厳」などという意味がある。およそ女性の名前にふさわしくない単語だ。戦闘機テージャスの開発は1980年代から始まったが、試作機が初飛行に成功したのは2001年のことだった。それはちょうど、BJPのアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相が政権を担っていたときのことだ。よって、戦闘機テージャスはBJP政権と結びつけて語られていた。

 最終的に主人公テージャスはラーマ生誕地寺院で計画されていた自爆テロの阻止に貢献する。ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーに建設中のラーマ生誕地寺院は、過去半世紀にわたってインド社会を分断する要因になって来た代物だ。アヨーディヤーは「ラーマーヤナ」の主人公ラーマ王子の故郷とされるが、その生誕地にはムガル朝時代に建てられたモスク、バーブリー・マスジドが建っていた。インドのヒンドゥー教徒有権者を団結させ、票田にするために、BJPはこのバーブリー・マスジドを破壊してラーマ生誕地寺院を建てようというキャンペーンを行い、1992年のバーブリー・モスク破壊事件を引き起こした。もちろん、イスラーム教団体側はその土地の所有権を主張し、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で対立の原因となって来た。いわゆるアヨーディヤー問題である。しかしながら、ナレーンドラ・モーディー首相が二期目となった2019年に最高裁判所がラーマ生誕地寺院の建立にゴーサインを出し、一気に進展した。その後、急ピッチで建設が進み、2024年1月に落成する予定である。ラーマ生誕地寺院の落成は、2024年に下院総選挙を控えたBJPが有権者に対してもっともアピールしたい事柄であり、それを落成式より前に映画に取り込んだのは、親BJP以外の何物でもない。

 また、主人公テージャスは、パーキスターンから遠隔操作をしてインドでのテロ活動を行うテロ組織を、パーキスターンの領土に入り込んで始末した。これは、ジャンムー&カシュミール州(当時)のウーリーで起こったテロ事件への報復として2016年にインド政府が強行したサージカル・ストライクを念頭に置いている。やはりBJPのモーディー政権時代に起こったことだ。この攻撃により、インドは自国の安全保障のためなら相手の領土に踏み込んでテロ組織に打撃を与えることを躊躇しないというメッセージを発信した。「Tejas」で描かれた作戦は正にそのポリシーに則っている。

 映画全体に愛国主義的なメッセージがちりばめられていたのだが、それと同時に男性中心社会への攻撃も感じずにはいられなかった。軍隊が男性社会であることは万国共通であろう。主人公のテージャスは女性軍人であり、男性だらけの軍隊の中で頭角を現すのは難しかったと想像される。ただし、「Tejas」においてはあまり軍隊内の男尊女卑は描かれていなかった。おそらくインド空軍の協力の下に作られた映画なので、表立って軍隊の批判はできなかったのではないかと思われる。その代わり、女性に嫌がらせをする男性に対してはテージャス自身が手ひどいしっぺ返しを喰らわせる。また、スパイ救出作戦を実行したのはテージャスを含む2人の女性軍人だったが、彼女たちは、「男性を送っておけば良かったと後で言われないように」を合い言葉に、男性軍人以上の働きをした。何しろ、女性が男性を救出するという作りになっていたのだ。最近のカンガナーは男女の社会的役割を反転させるような映画に好んで出演しているが、「Tejas」はその傾向が顕著だった。

 カンガナーが訴えたいことはよく分かった。だが、どうしても女性軍人が敵地に乗り込んで救出作戦を行うというこの映画のプロットをすんなりと受け入れることができなかった。ジェンダーのフィルターから解放されていないからだろうか。それもないことはないだろうが、彼女たちが敢えて危険な作戦に派遣された理由がよく説明されていなかったことも大きい。

 おそらく、カンガナーは「女性の武器」を使って作戦を実行することを潔しとせず、男性と対等に女性もチャンスを与えられる社会を求めたくて、この映画のストーリーを、ほぼ無名の監督と共に作り上げたのだと思う。よく、女性がレイプされることを「尊厳を奪われた」と表現する。作戦への参加を志望するテージャスに対し、上官は例によって「女性の尊厳」の話をするが、テージャスは「私の尊厳は身体ではなく精神にあります。誰にも奪われません」と返す。これはカンガナー自身の言葉といってもいいだろうが、果たして一般的なインド人女性の考えであろうか。彼女は何のあてもなく映画業界に飛び込み、もがきながらも成功を手にして来た。その成功体験から非常に急進的なフェミニズム思考を持っているのだろうが、彼女をインド人女性のリーダーと考えるのは危険だ。映画で描かれた救出作戦には国家の威信が掛かっており、その実行部隊として敢えて女性軍人が選ばれるという脚本は、インドの現実からはとても想像できない。

 それを差し引いても、貨物飛行機に戦闘機を隠して輸送し、よく分からない最新カモフラージュ装置を使ってパーキスターンの軍用飛行場に戦闘機を隠して、スパイ救出後に難なく飛び立つというこの作戦は、穴だらけで実現可能性はゼロに近い。この辺りの稚拙さも映画の完成度を低めていた。

 「Tejas」は、カンガナー・ラーナーウトが女性戦闘機パイロットを演じ、自らを犠牲にして国家の危機を救う愛国主義的な戦争映画だ。彼女がプロデューサーや監督を務めたわけではないのだが、彼女がそうとう取り仕切ったことがうかがわれるほど、カンガナー色の強い映画だった。具体的にいえば、男女逆転を狙う急進的なフェニミズム映画であるし、下院総選挙を控えたBJPを支持する親BJP映画であった。しかしながら、インド人観客にはカンガナー映画は飽きられて来ており、興行的に全く鳴かず飛ばずだった。無理して観る必要はないが、別の意味でほじくると面白い映画である。