Antardwand

4.0
Antardwand
「Antardwand」

 2010年8月27日に少なくとも6本の新作ヒンディー語映画が公開された。その内の2本は既に観たが、あと1本気になる作品があった。2009年インド映画賞の社会映画部門最優秀作品賞を受賞した「Antardwand」である。低予算映画ではあるが、アヌラーグ・カシヤプ、イムティヤーズ・アリー、ラージクマール・ヒラーニーら、ヒンディー語映画界を代表する映画監督に推薦され、一般公開に漕ぎ着けた作品である。テーマはビハール州のパカルワー・シャーディー(誘拐結婚)。実際の事件をもとに作られた映画である。上映が終わらない内に観ておこうと思い、本日映画館で鑑賞した。

監督:スシール・ラージパール
制作:スシール・ラージパール
音楽:バーピー・トゥトゥル
歌詞:アミターブ・ヴァルマー
出演:ヴィナイ・パータク、スワーティー・セーン(新人)、ラージ・スィン・チャウダリー、アキレーンドラ・ミシュラーなど
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 デリー大学で学ぶラグヴィール(ラージ・スィン・チャウドリー)は、国家公務員試験の結果を待っている中、ガールフレンドのスィヤーが妊娠したことを知る。ラグヴィールはスィヤーと結婚することを決め、ビハール州の田舎に住む父親マドゥカル・サーヒー(ヴィナイ・パータク)にそのことを伝えに帰る。

 村の実家には多くの家から結婚の申し込みが来ていた。中でも本気だったのはマヘーンドラ・バーブー(アキレーンドラ・ミシュラー)であった。マヘーンドラは娘のジャーナキー(スワーティー・セーン)を無理矢理ラグヴィールと結婚させようとしていた。だが、マドゥカルは地元の有力者と息子を結婚させようとしており、それを拒絶していた。マドゥカルとマヘーンドラが話し合っているときに突然ラグヴィールが帰って来たが、マドゥカルの返事は変わらなかった。

 ラグヴィールは両親にスィヤーのことを話すが、マドゥカルは断じてそれを認めなかった。怒ったラグヴィールは夜明けと共に家を出る。だが、その瞬間に彼は何者かに誘拐されてしまう。それは、マヘーンドラの手下であった。僻地に監禁されたラグヴィールは、暴行を受けるが、結婚を認めようとしなかった。また、ジャーナキーは女子大生であったが、マヘーンドラは通学を止めさせ、結婚の準備をさせた。

 結婚式の日、ラグヴィールは気絶させられ、無理矢理ジャーナキーと結婚の儀式をさせられる。そして結婚後はジャーナキーと同じ部屋に住まわされる。監禁された上に強制的に結婚させられたことを知ったラグヴィールは、結婚から数日間、ジャーナキーと話そうともしなかった。だが、酔っぱらわされたラグヴィールは自暴自棄になり、ジャーナキーを押し倒してしまう。

 その間、国家公務員試験の結果が発表され、ラグヴィールの合格が伝えられる。だが、同時にラグヴィールがデリーに到着していないことを知ったマヘーンドラは、警察に通報して捜索を開始する。だが、ラグヴィールの手掛かりは得られなかった。

 表向きはジャーナキーと夫婦生活を送っているように見せかけたラグヴィールは隙を見て逃亡する。デリーでスィヤーと会うが、ラグヴィールが行方不明になっていた間、彼女は別の人と結婚することに決めていた。絶望したラグヴィールは父親に電話をして今まで起こったことを話す。マドゥカルは、ラグヴィールをデリー近郊の街ノイダに住む親戚の家へ向かわせる。

 一方、マヘーンドラの家ではジャーナキーの妊娠が発覚する。ラグヴィールを逃がしてしまったために窮地に追い込まれたマヘーンドラは、ジャーナキーをマドゥカルの家へ送る。だが、マドゥカルは公衆の面前で罵声を浴びせかけ、マドゥカルやジャーナキーを追い返す。そこでマヘーンドラは、ジャーナキーを中絶させ、別の男と再婚させることを考え出す。

 辱めを受けたジャーナキーは、父親が中絶を考えていることを知って我慢ならなくなり、父親の反対を押し切って家を飛び出す。

 この映画のテーマとなっているパカルワー・シャーディー=誘拐結婚と聞くと、日本で一般的(?)な略奪結婚や略奪婚をイメージするかもしれない。日本の略奪結婚を定義するならば、他に恋人や許嫁がいる人を奪って結婚してしまうことだと一言で言ってしまって差し支えないだろう。だが、ビハール州で横行するパクルワー・シャーディーはそんな恋愛ゲームの延長線上のような子供だましではない。

 パカルワー・シャーディーとは、親が他の家から花婿を誘拐して来て、自分の娘と無理矢理結婚させてしまう形態の結婚のことを言う。花嫁を略奪しての結婚なら、まだ何となく騎馬民族的習慣っぽいな、として頭では理解できるのだが、花婿を誘拐して娘を結婚させるというのはどういう目的の行為であろうか?それはやはり金や名誉目当てのものであることがほとんどであると言う。裕福で権力を持った独身男性を娘の婿にして自身の力を強めたり、縁談が破談となったことで面目を潰されるのを避けたりするのが目的だ。そのため、ターゲットは、ビハール州で絶対的ステータスを誇るIAS(インド行政官僚)や政府エンジニアであることが多く、実行者も地元の有力者であることが多い。パカルワー・シャーディーの行使に及ぶ過程には当然のことながら持参金問題も絡んで来る。縁談が破談となる大きな理由のひとつが持参金の額の不一致だからである。

 パカルワー・シャーディーでは、結婚適齢期の娘を持つ親が、ターゲットとする独身男性を誘拐し、無理矢理娘と結婚させて同室に閉じ込め夜を過ごさせ、結婚を既成事実化させてしまう。一般認識では、そんな無理強いして結婚が成立するはずがないと考えてしまうのだが、なんと成功率は80%以上で、そのせいでパカルワー・シャーディーは半ば社会的に認知された結婚形態となってしまっている。また、一度結婚が成立してしまうと、男性にとって離婚することは難しくなる。インドでは戸籍制度がないために、結婚式の写真が結婚の証拠として大きな力を持つ。パカルワー・シャーディーでは当然結婚式の写真が撮られ、結婚の証とされてしまう。また、結婚無効や離婚を申し立てようとも、インドの司法プロセスは果てしなく時間が掛かるし、妻には夫の財産の数割を主張する権利が発生するため、もはや無傷ではいられない。蟻地獄のようなものである。また、パカルワー・シャーディーをさせられた花嫁側も大きな犠牲者であり、その後幸せな人生が送れることは少ない。それでも、父親の方はパカルワー・シャーディーによって娘のためにいいことをしたと思い込むため、問題はさらに深刻となる。

 「Antardwand」は、監督の友人の身に実際に起こったことをベースに作られた映画であり、非常にリアルであった。言語もビハール州の方言をフル活用し、自然な方言をしゃべれる俳優をキャスティングしてある。「Peepli Live」(2010年)ほどのウィットはなく、全体的に悲壮感が溢れていたが、「Peepli Live」に続き、農村を舞台にした真面目な作品だと言える。ただ、娯楽性には乏しく、背筋を伸ばして見ることを要求される。最後もいくつか問題を残したままの終わり方をしており、インドの未来に不安をかき立てられる。

 主人公ラージ・スィン・チャウドリーは、「Gulaal」(2009年)などに出演していた俳優である。元々は脚本家志望のようで、アヌラーグ・カシヤプの指導の下、「Gulaal」や「No Smoking」(2007年)の下地となる脚本を書いたことでも知られている。デリーでよく見るタイプの顔だが、演技力はしっかりしている。ジャーナキーを演じたスワーティー・セーンは、プネーの映画テレビ学院の卒業生で、「Antardwand」がデビュー作となるが、本作でインド映画賞の主演女優賞を受賞した他、アヌラーグ・カシヤプに絶賛された。他に、ヴィナイ・パータクやアキレーンドラ・ミシュラーなどの演技派俳優の名演が光った。

 真面目な社会派映画なので、基本的にダンスシーンなどはなかったが、結婚式のシーンでムジュラー(踊り子による踊り)があった他、途中いくつか挿入歌が入っていた。悲壮感を醸し出す暗い音楽が多かった。

 上述の通り言語はビハール州の方言ボージプリー語となっているが、コテコテに訛ってはおらず、標準ヒンディー語の知識でほとんどの台詞の意味は推測可能である。よって、ボージプリー語映画の範疇には入らないだろう。

 「Antardwand」は、2010年のヒンディー語映画において、ひとつのキーワードとなりそうな「農村」を体現する映画のひとつである。大きな反響はないが、インド映画賞を受賞したことからも分かる通り、社会派映画愛好家を中心に密かに高い評価を得ている。そもそも、このような非商業ベースの映画が映画館で一般公開されるようになったことは歓迎すべきだ。