2010年8月27日には少なくとも6本の新作ヒンディー語映画が同時に公開となった。こんなに多くの映画が同時公開されることは稀だ。おそらく9月2日(一部では1日)のクリシュナ・ジャナマーシュトミー祭の影響であろう。もしくは、カラン・ジョーハル制作の話題作「We Are Family」の公開が、サルマーン・カーン主演の話題作「Dabangg」との衝突を避けて、9月10日から3日に前倒しとなったため、元々3日に公開予定だった映画がこぞって8月27日に移動したのかもしれない。
「We Are Family」や「Dabangg」に比べたら、本日公開の映画はどれも小粒でスターパワーも無きに等しい。だが、その内のいくつかは時間があれば観てみる予定である。まずは上映スケジュールがちょうど良かった「Hello Darling」を鑑賞することにした。監督はマノージ・ティワーリーという新人監督だが、同名のボージプリー俳優とは無関係である。グル・パナーグ、セリナ・ジェートリー、イーシャー・コッピカルという3人のB級女優が出演しており、テーマはオフィスにおけるセクシャルハラスメントとパワーハラスメントである。
監督:マノージ・ティワーリー
制作:アショーク・ガイー
音楽:プリータム
歌詞:シャッビール・アハマド、クマール、アーシーシュ・パンディト
振付:ラージュー・カーン、レモ、ポニー・ヴァルマー、リッチー・ラカ
出演:グル・パナーグ、セリナ・ジェートリー、イーシャー・コッピカル、ジャーヴェード・ジャーフリー、ディヴィヤー・ダッター、チャンキー・パーンデーイ、スィーマー・ビシュワース、サニー・デーオール(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
国際的アパレル企業RBグループのムンバイー支社長を務めるハールディク・ヴァス(ジャーヴェード・ジャーファリー)は、プールヴィー(ディヴィヤー・ダッター)という妻がいたが、部下の女性社員にセクシャルハラスメントやパワーハラスメントを繰り返ししていた。社員の一人マーンスィー・ジョーシー(グル・パナーグ)は、彼の性的要求をはねのけたため冷遇されていたが、いつか見返そうと仕事に没頭していた。マーンスィーには、ロンドンで働くボーイフレンドがいたが、彼の再三の呼びかけにも関わらず、ムンバイーで働き続けていた。 ある日、ムンバイー支社に、ハリヤーナー州の片田舎出身でデザイナー志望の女の子サトヴァティー(イーシャー・コッピカル)が入社して来る。早速ハールディクの魔の手はサトヴァティーにも延びるが、彼女は間一髪で逃げ出す。サトヴァティーはマーンスィーと仲良くなる。また、ハールディクの秘書キャンディー・フェルナンデス(セリナ・ジェートリー)は、ロッキーというアメリカかぶれのミュージシャン、ロッキー(チャンキー・パーンデーイ)と同棲していたが、もっともハールディクのセクハラ被害を受けていた。さらに、ハールディクはキャンディーとの情事を捏造してSMSで社員に送っていたため、彼女は他の社員から白い目で見られていた。不憫に思ったマーンスィーとサトヴァティーはキャンディーを仲間に引き入れる。こうして、ハールディクに復讐を誓う3人の女性社員グループが結成された。 ある日、いつも通りハールディクにコーヒーを入れるように命令されたマーンスィーは、自分の仕事ではないと怒りながらもコーヒーを作って出した。ところが誤ってミルクの代わりにネズミ退治のための毒を入れてしまった。オフィスで倒れる音がし、ハールディクは病院に運ばれた。失敗に気付いたマーンスィーは、このままでは自分がハールディクを毒殺したことになってしまうと慌て、何とかしようとする。ところが、実はハールディクはコーヒーを飲む前に自分で倒れて頭をぶつけただけだった。よって、ハールディクの命に別状はなかった。しかし、ちょうどハールディクと同じICUに運び込まれた警察官僚が毒を盛られて死亡していた。部下の警官からその知らせを耳にしたマーンスィーらは、ハールディクが死んだと勘違いしてしまう。司法解剖される前に遺体をどこかに廃棄することを思い付いたマーンスィー、キャンディー、サトヴァティーの3人は、警備していた警官の目を盗んで遺体を持ち出す。ところが、廃棄する段階になって、それは別人の遺体であることに気付く。一方、ハールディクは三人が相談しているところに偶然居合わせ、自分を毒殺しようとしていたことを知ってしまう。ハールディクは三人を尾行し、要所要所で彼女たちの行動を盗撮していた。 翌日出社した三人は、目の前にハールディクがいるのを見て驚く。しかも会社には警官が来て取り調べを行っていた。ハールディクは、警官が帰った後、マーンスィー、キャンディー、サトヴァティーを呼び出し、2つの選択肢を与える。ひとつは殺人未遂の罪で牢屋へ行くこと、もうひとつは明日から7日間三人で彼に性的奉仕をすることであった。相談した三人は、ハールディクをマーンスィーの家に呼び、誘惑した後で睡眠薬によって眠らせ、一室に監禁する。そして、会社の人々にはハールディクが出張に行ったと伝え、その間マーンスィーが支社長を代行することになる。 ところで、ハールディクの妻プールヴィーは、夫の浮気癖に困っており、NGOのパティ・スダール・サミティ(夫更生の会)に相談していた。パティ・スダール・サミティの長プーラン・ターイー(スィーマー・ビシュワース)は、4週間夫を拉致して更生させると約束する。ところが間違えてキャンディーの同棲相手ロッキーが拉致されてしまう。ハールディクはマーンスィーの家に監禁されていたため、てっきりプールヴィーは夫がパティ・スダール・サミティにいると思い、夫の更生を期待して過ごす。 マーンスィーの経営手腕により、ムンバイー支社は瞬く間に業績を上げ、働く既婚女性にとっても働きやすい環境が整った。社員総出のファッションショーも成功させ、絶好調だった。ところが、ロンドン本社から社長がムンバイーに来ることになり、大きなトラブルに直面する。しかも、同じ頃にハールディクが脱走したことが分かる。何とかハールディクの前に社長に会って事情を説明しようとするが、ハールディクの妨害に遭って失敗する。社長(サニー・デーオール)はムンバイー支社を訪れ、会社の様子を点検する。社長は、マーンスィーが改革した点をひとつひとつ褒めるが、ハールディクは毎度のようにそれを自分の実績にしようとする。業績上昇を喜んだ社長はハールディクの昇進を決め、バングラデシュ支社長に任命する。驚くハールディク。それは言わば左遷であった。実は社長は、マーンスィーのロンドン在住のボーイフレンドからムンバイー支社で起こっていることを全て聞いていたのだった。社長は、仕事が多忙のためにボーイフレンドのプロポーズを断ったマーンスィーに対し、彼のようないい男を捨てるなと助言し、彼女を新しいムンバイー支社長に任命する。マーンスィーの結婚もすぐに決まった。 ところでバングラデシュに飛ばされたハールディクは、現地で同性愛者に言い寄られていた・・・。
「Fashion」(2008年)や「Aisha」(2010年)に続く、女性を主人公に据えたガールズ映画のひとつと位置づけられる。女性を主人公にし、インド人女性が抱える様々な問題を扱ったヒンディー語映画は、「Lajja」(2001年)、「Water」(2005年/厳密にはカナダ映画)、「Dor」(2006年)など少なくないのだが、ターゲットを完全に女性観客に合わせて演出する作り方はヒンディー語映画界では新しいと言えるのではないかと思う。そういう映画をこれからもガールズ映画と呼んで行きたい。
しかし、「Hello Darling」の脚本はパンカジ&サチンのコンビが担当している。彼らは「Kyaa Kool Hai Hum」(2005年)や「Apna Sapna Money Money…?」(2006年)など、下世話なコメディー映画の脚本を書いてきた脚本家コンビであり、今回も下ネタ満載となっている。露骨な卑猥シーンはないものの、台詞で結構際どいことを口走っている。年齢認証はU/A(未成年者は要保護者同伴)だが、A(大人向け)でもおかしくない。そういう意味では、下ネタOKの女性向け映画という微妙な位置づけの作品だと言える。ただ、ハリウッド映画「Nine to Five」(1980年)との極度の類似も指摘されている。
テーマは冒頭にも述べた通り、働く女性がオフィスで直面するセクハラ、パワハラである。予告編では、インドでは働く女性の10人に3人がオフィスでセクハラに遭っているとされていた。劇中におけるセクハラ、パワハラの張本人はジャーヴェード・ジャーフリー演じるハールディク・ヴァスである。全く同情の余地なしの諸悪の根源として描写されており、彼の末路も哀れである。ちなみにハールディクは「心から」という意味のヒンディー語で、一般的な単語であるが、英語アルファベットが「Harddick(固い男性器)」になっており、早速下ネタとなっている。そのハールディクの被害に遭っている3人の女性主人公を通して、セクハラ、パワハラが描写される。一方、ハールディクは既婚であるため、セクハラ趣味の夫を持った妻についても平行して多少触れられている。ただ、こちらはどちらかというと「夫の浮気を見抜けない馬鹿な女」という感じの描写の仕方で、物語の中心でもなかった。
やはり物語の中心は、グル・パナーグ演じるマーンスィー、セリナ・ジェートリー演じるキャンディー、イーシャー・コッピカル演じるサトヴァティーの三人である。この三人の女優は各々の事情からヒンディー語映画界において成功の階段を順調に上れずにB級女優に留まっているのだが、今回はこの三人の中でも明暗が分かれていると思う。まずもっとも輝いていたのはグル・パナーグである。1999年のミス・インディアであると同時に、元々知的でかつ凛とした表情が持ち得であり、「Hello Darling」で演じたような賢く勝ち気な女性の役はお手の物である。望めばもっと上位の女優を目指せたはずだが、本人が多趣味かつマイペースなためか、それともヒンディー語映画界にフィットしないのか、大したブレイクもなしに30歳を越えてしまった。しかし、この三人の中では圧倒的に演技力、迫力、魅力があり、今後も活躍の場をうまく見つけて行ってもらいたいものである。
イーシャー・コッピカルも遂にB級に留まってしまった残念な女優だ。「Company」(2002年)でのアイテムナンバー「Khallas」が大ブレイクし、一躍時の人となったのだが、アイテムガールとしてのイメージが先行してしまったのが仇となり、その後いい役がなかなかもらえなかった。2009年に結婚したため、このまま引退の道を歩むかもしれない。しかし「Hello Darling」の中での彼女は、ハリヤーナー州の方言ハリヤーンヴィー語を使いこなし、なかなか小回りの利く演技をしていた。彼女も作品に恵まれればもっと上を目指せたのに、とても残念なことである。
セリナ・ジェートリーは全く駄目だ。彼女もアイテムガールとしてのイメージが定着してしまった不幸な女優の一人であるが、それ以上に美容整形を受けたことを度々公言して女優としての品格を落としてしまった。もしかして整形の後遺症が出て来ているのか、単に髪型が似合っていないのか、「Hello Darling」での彼女は非常に醜く感じた。そしてかつてはかろうじて残っていた女優としてのオーラまで感じられなくなってしまっていた。過去の出演作品のグレードでは三人の中では一番なのだが、個人的なアピールでは三人の中ではもっとも低かった。
オフィスでのセクハラ、パワハラを題材にした映画は珍しく、その着眼点は良かったと思う。だが、話を単純化し過ぎており、ハールディクに対する復讐も浅はかで、セクハラ、パワハラに対する何らかの解決策を提示するような努力も払われていなかった。単なるコメディー映画と見ればなかなか笑えるが、着眼点が良かっただけに、雑な作りが残念だった。同性愛支持者として有名なセリナ・ジェートリーが出演している割には、同性愛を小馬鹿にしたようなストーリーだったのも批判の対象になりそうだ。
面白顔・面白声俳優のジャーヴェード・ジャーフリーは、セクハラ、パワハラ上司役を気持ち悪く熱演。ディヴィヤー・ダッター、チャンキー・パーンデーイ、スィーマー・ビシュワースなども限定的ながら映画に貢献していた。サプライズ出演はサニー・デーオールである。全く予想もしないところから登場するので、前知識なしに観ると驚く。
音楽はプリータム。途中数曲が挿入され、ダンスシーンもあるが、耳に残ったものはなかった。音楽や踊りに力が入っていた映画ではなかった。
ところで、映画に登場する女性たちはそれぞれ特徴的な言葉をしゃべっていた。グル・パナーグ演じるマーンスィーは標準ヒンディー語であるが、セリナ・ジェートリー演じるキャンディーはゴア州辺り出身のキリスト教徒でコーンカニー語っぽいヒンディー語を話し、イーシャー・コッピカル演じるサトヴァティーはハリヤーンヴィー語を話す。そしてディヴィヤー・ダッター演じるプールヴィーはグジャラーティー語ミックスのヒンディー語を話す。おまけにスィーマー・ビシュワース演じるプーラン・ターイーは、ドスの利いたムンバイヤー・ヒンディーであった。言語の多様性はこの映画の面白い点である。
「Hello Darling」は、オフィスのセクハラ、パワハラを題材にしたコメディー映画であり、働く女性の共感を呼ぶような導入となっているが、「Kyaa Kool Hai Hum」並みの下ネタで満ち溢れており、家族向けではない。取って付けたようなストーリーで深みはないが、ちょっとした大人の笑いを楽しみたいのなら観てもいいだろう。