「Kofuku」はJioCinema映画祭の上映作品として2023年10月9日から配信開始された20分弱の短編映画である。日本人なら題名を見てピンと来るだろう。そう、これは日本語の「幸福」から来ている。最近、インドの知識層の間では日本の文化や哲学が流行しており、映画の題名にも使われるようになった。
監督はスミト・スレーシュ・クマール。主演はアダー・シャルマーとジャティン・サルナー。アダーは「1920」(2008年)でデビューした女優で、最近は「The Kerala Story」(2023年)の出演で話題になった。ジャティンは「Sonchiriya」(2019年)や「83」(2021年)に出演していた男優だ。「Kofuku」はほぼこの2人の会話のみで物語が進行する。ウッタラーカンド州マスーリーで撮影されている。
サダフ(アダー・シャルマー)は亡くなった祖父母の家の売却手続きのためにマスーリーにやって来る。彼女はカフェで盲目のアーローク(ジャティン・サルナー)と出会い、彼のガイドでマスーリーを巡る。彼と会話する内にサダフの心に変化が訪れ、家の売却を止め、マスーリーに戻ることを決める。
「幸福」は、盲目のアーロークの口から語られる。彼は19歳のときに視力を失い、人生に絶望していたが、日本人のNGOと出会ってこの言葉を教えてもらったという。以来、彼は前向きに人生を生きることができるようになった。そして、アーロークから「幸福」の考え方を聞いたサダフの価値観にも変化が訪れる。
もっとも、日本語の「幸福」は、英語の「Happiness」などに対応する単語であり、そこに特に日本人の美学や哲学が含まれているわけではない。しかしながら、映画の中では、「一瞬一瞬の中に存在する幸せ」みたいに独自の意味づけをされており、それらを集めることが人生を豊かに生きるための秘訣であると説明されていた。
北インドの有名な避暑地のひとつ、マスーリーの美しい山岳風景を背景にしながら、幸福とは何かが語られる、美しく哲学的な映画であった。多くのことは語られていない。たとえばサダフがどんな人生を送っているのかは分からない。ただ、煙草を吸おうとしていたシーンから、何か人生にストレスを抱えていることが示唆される。アーロークが視力を失ったきっかけも不明である。分かっているのは、19歳のときに突然視力を失ったことだけだ。彼は、「真っ暗闇の部屋の中に閉じ込められ、電灯のスイッチを探し続けた」とだけ語っていた。サダフとアーロークが今後どのような関係を構築するのかも、観客の想像に任せられている。もしかしたらサダフはマスーリーに移住し、このままアーロークと親交を続け、最終的には結婚することもあるかもしれない。だが、映画の最後に、サダフが眺めの良い丘の上に座ってマスーリーの自然を満喫している姿が映し出されているため、この二人の恋愛にストーリーを還元するのは野暮なのかもしれないとも感じた。
しかしながら、このように観客が想像を膨らませることができるのは良い映画の証である。アダーの表情の使い方もうまかったし、ジャティンの演技もこなれていた。20分弱の短い映画ではあるが、監督や俳優たちの優れた才能が感じられる佳作であった。