2018年5月18日公開の「Khajoor Pe Atke」は、危篤になりながらなかなか死なない患者に家族や親戚が振り回されるという、ドタバタ系のコメディー映画である。ヒンディー語の慣用句に「आसमान से गिरा खजूर पर अटका」がある。直訳すると「空から落ちてナツメヤシにめり込んだ」になるが、その意味するところは「一難去ってまた一難」になる。映画の題名はこの慣用句から取られたものだ。
監督はハルシュ・チャーヤー。本業は俳優で、「Company」(2002年)、「Ramji Londonwaley」(2005年)、「Bheja Fry」(2007年)など、いくつかの映画に端役で出演している。監督をするのは初である。キャストは、マノージ・パーワー、ヴィナイ・パータク、スィーマー・パーワー、ドリー・アフルワーリヤー、サナー・カプール、アルカー・アミーン、スニーター・セーングプター、ヴィッキー・アローラー、プラタメーシュ・パラブ、ボーマン・イーラーニーなどが出演している。また、チャーヤー監督自身もカメオ出演している。
ラクナウー在住のジーテーンダル(マノージ・パーワー)は深夜に電話を受ける。ムンバイーに住む兄デーヴェーンダルが昏睡状態になったとのことだった。ジーテーンダルはすぐさま、妻のスシーラー(スィーマー・パータク)、息子のアミト、娘のナヤンターラー(サナー・カプール)を連れて飛行機でムンバイーへ向かう。デーヴェーンダルの容体が心配だったこともあるが、実はそれよりもデーヴェーンダルが父親から相続した家の方が気になっていた。 ムンバイーの病院でジーテーンダルはデーヴェーンダルの妻カーダンバリー(アルカー・アミーン)や息子のアーロークと久々に会う。だが、デーヴェーンダルは昏睡状態にあり面会できなかった。ジーテーンダルに続けて、インドール在住の弟ラヴィンダル(ヴィナイ・パータク)とボーパール在住の姉ラリター(ドリー・アフルワーリヤー)もムンバイーにやって来る。 デーヴェーンダルは回復せず、医師は人工呼吸器を付けなければならないと言う。高額ではあったが、カーダンバリーはそれを承諾する。人工呼吸器を付けたせいか、デーヴェーンダルはなかなか死ななかった。 ナヤンターラーはムンバイーに着いた途端、かねてからFacebookでつながりのあったロッキー(プラタメーシュ・パラブ)と会う。ナヤンターラーは女優になることを夢見ており、ロッキーがその仲介をしてくれると約束してくれていた。また、アミトは従兄弟たちと共にダンスバーへ行ったりして遊ぶが、その都度警察に捕まって叱られていた。 ムンバイー滞在期間が2週間になった。ジーテーンダルは、デーヴェーンダルが内緒で別に家を買っていたことを知り失望する。ジーテーンダルはカーダンバリーに人工呼吸器を外すように助言する。人工呼吸器は外される。だが、まだデーヴェーンダルが生きている間、ナヤンターラーが行方不明になってしまう。ジーテーンダルたちは必死で探すが、ロッキーと結婚しようとしていたところで見つけ出され、警察署に連行される。そのときデーヴェーンダルの訃報が届き、ジーテーンダルたちは葬儀を行う。 デーヴェーンダルの死後、カーダンバリーから、相続した家は売って、その金を兄弟や息子で分配するように遺言を残したこと、そして、生前に彼が別の家を建てており、いつかは売って兄弟で金を分け合おうとしていたことを明かされる。
建前の上では、誰かの死は悲しむべきものであり、最期の別れは厳かに、そしてしめやかに執り行われるのが常識だ。ところがそのような粗相を許さない場面にこそ笑いの種が隠れている。「Khajoor Pe Atke」は正にそこを突いたコメディー映画だ。葬式コメディーは古今東西で作られており、「お葬式」(1984年)、「お葬式だよ全員集合!」(1992年)、「寝ずの番」(2005年)、「お葬式に乾杯!」(2010年)など多くの似たような作品があるが、「Khajoor Pe Atke」がユニークなのは、なかなか死なない危篤患者を巡るコメディー映画である点だ。
登場人物を整理すると、デーヴェーンダル、ジーテーンダル、ラヴィンダル、ラリターが血の繋がった兄弟姉妹になる。一番年長なのが姉のラリターで、その下にデーヴェーンダル、ジーテーンダル、ラヴィンダルと3人の弟が続く。主人公ジーテーンダルは上から3番目の次男であり、今回危篤になったのは上から2番目の長男デーヴェーンダルになる。
この4人はそれぞれ結婚して家族を持っている。ラリターの妻はアビシェーク、デーヴェーンダルの妻はカーダンバリー、ジーテーンダルの妻はスシーラー、ラヴィンダルの妻はアヌラーダーである。彼らの父親は既に亡く、家は長男のデーヴェーンダルが継いでいた。デーヴェーンダルが危篤になったことで兄弟姉妹たちの視線はその家の相続に集中していた。ムンバイーの住宅なので売れば結構な金になることが予想された。
ここで第一のコメディーが生じる。ジーテーンダルやラヴィンダルは家目当てでムンバイーに飛ぶが、表向きはデーヴェーンダルのことが心配で飛んできたと見せ掛けていた。彼らの妻も同じで、お互いにわざとらしく泣いては雰囲気を盛り上げていた。
デーヴェーンダルはすぐに死ぬかと思われたがなかなか死ななかった。ジーテーンダルもラヴィンダルも仕事を休んでムンバイーに来ているため、だんだん焦ってくる。しかも人工呼吸器の料金は1日7万5千ルピーと高額で、そんな大金を費やして兄を延命させることにも心の中では反対していた。もちろん、そんなことは口に出せない。ここに第二のコメディーがあった。
最終的に彼らはデーヴェーンダルの人工呼吸器を外すことを決める。ちなみに、インドでは2018年から消極的安楽死(延命措置の中止により自然死させること)が合法化されている。デーヴェーンダルは人工呼吸器を外してしばらくした後に死亡し、葬儀が行われる。意外にも葬儀のシーンは描写されておらず、葬儀後の会話が最後に提示される。そこでは、デーヴェーンダルが弟たちのためにきちんと遺産を残してくれていたことが明かされる。遺産を巡ってデーヴェーンダルに裏切られたと感じていたジーテーンダルとラヴィンダルは、兄を疑った自分たちを恥ながらも、兄の配慮に感謝し、しんみりとエンディングを迎える。
女優を目指すナヤンターラーや違法ダンスバーに行って逮捕されるアミトたちなど、サイドストーリーが若干ノイズになっていたが、主筋の部分は人間の本音が染み出ていて優れた風刺劇になっていた。何より、俳優たちの演技が素晴らしく、リアルな会話が交わされる。マノージ・パーワー、ヴィナイ・パータク、スィーマー・パーワーなど、パワフルな個性派俳優たちが揃っており、彼らの共演が面白くないはずがない。
「Khajoor Pe Atke」は、なかなか死なない兄、兄が父から相続した家、そして登場人物それぞれの欲望が絡み合うコメディー映画である。当代一流の個性派俳優たちが見事な共演をしており、楽しく鑑賞できる。観て損はない映画である。