2013年2月1日公開の「Listen… Amaya」は、夫を亡くした母親が再婚しようとしていることに動揺する娘の物語である。映画公開時にインドに滞在していたが見逃していた。2023年9月7日に鑑賞し、このレビューを書いている。
監督はアヴィナーシュ・クマール・スィン。過去にTVドラマや短編映画の監督経験はあるが、長編映画の監督は初である。フィクション映画の世界は性に合わなかったようで、この映画の後はインド各地の聖地をテーマにしたドキュメンタリー映画を精力的に作っているようだ。
キャストは、ファールーク・シェーク、ディープティー・ナヴァル、スワラー・バースカル、アマラー・アッキネーニ、スィッダーント・カールニクなどである。ファールークとディープティーは同年代の名優であり、スクリーン上の相性も良く、共演映画が多数ある。昔からのヒンディー語映画ファンにはこの二人の再共演は嬉しいだろう。スワラーは「Raanjhanaa」(2013年)や「Prem Ratan Dhan Payo」(2015年/邦題:プレーム兄貴、王になる)などでの脇役出演で頭角を現した女優だが、「Listen… Amaya」はその前の彼女の出演作になる。アマラーはテルグ語映画界のスター、ナーガールジュナの妻だ。ただし、出身はカルカッタ(現コルカタ)であり、ベンガル人である。
デリーに住むアマーヤー・クリシュナムールティ(スワラー・バースカル)は、母親リーラー(ディープティー・ナヴァル)が経営するカフェ「Book A Coffee」を手伝っていながら作家を目指していた。リーラーの夫は既に亡く、二人は一緒に暮らしていた。カフェには多くの常連客がコーヒーを飲みに来ていたが、中でもここ3年ほどよく来ていたのが老齢の写真家ジャヤント・スィナー(ファールク・シェーク)であった。ジャヤントも事故で妻と子を亡くしており独身だった。 ジャヤントはアマーヤーと共に本を作ることにする。だが、アマーヤーは次第に母親とジャヤントの仲を疑い出す。アマーヤーは死んだ父親のことを忘れられず、母親の再婚を認めたくなかった。アマーヤーは何かと彼らに冷たく当たるようになる。リーラーはジャヤントと再婚に向けて話を始めたところだったが、娘が強く反対しているのを知り、再婚を諦める。だが、母親がずっと一人で自分を育ててくれたことを振り返り、アマーヤーは自分のエゴを母親に押しつけてはいけないと考え直す。 ジャヤントとアマーヤーの本が出版された。アマーヤーはジャヤントに会いに行き、彼に謝る。そしてジャヤントとリーラーの再婚を支持する。二人は祝福されながら結婚する。だが、ジャヤントはアルツハイマー症候群を発症しつつあった。ジャヤントの記憶力は急速に衰えていったが、リーラーは彼と共にこのまま生きることを決意する。
記憶と時間が主題の映画だった。主人公アマーヤーは、死んだ父親との記憶から、母親の再婚に反対する。父親が死んだのは遙か昔のことだったが、その記憶は現在の彼女を縛り続けた。一方でジャヤントは急に物忘れが酷くなっていき、最後にはアルツハイマー症候群と診断される。だが、彼は全てを忘れてしまったわけではなく、アマーヤーに対し事故で死んだ娘の名前を呼びかけるようになる。我があってこその記憶なのか、記憶あってこその我なのか。映画は、そんな哲学的な問いと共に幕を閉じる。ジャヤントは写真家だったが、写真を撮る理由を聞かれた彼は、「時間を止めて記憶に残すために写真を撮っている」と答える。果たしてアルツハイマー症候群になったジャヤントは、自分が撮った大量の写真を見て過去を思い出せるだろうか。
そして、母親の再婚に直面し、身の振り方に迷う娘の物語でもあった。母親の再婚相手であるジャヤントとはアマーヤーも親しく、彼と一緒に共著を制作中でもあった。だが、それはあくまで他人としての関係であり、それは必ずしも母親との再婚を認めたことではなかった。アマーヤーは、母親が父親以外の男性とベッドを共にすることが許せない。アマーヤーは反発し、そして孤立感を強めていく。
アマーヤーは、学があり、自信に満ちあふれ、自立したモダンな女性として描かれている。しかし、そんな彼女でも母親の再婚はすんなり受け入れられなかった。映画の冒頭で彼女は、勤務していた会社の上司からセクハラを受け、上司を殴って辞職する。そういう度胸のある女性であったが、自分に対するセクハラよりも、母親が別の男性とセックスをするということを想像する方が我慢ならなかった。
しかしながら、最後にはアマーヤーも母親の再婚を認め、彼女に謝る。父親の死後、長い間女手一つで苦労して育ててくれた母親がいざ自分の人生を生きようとしたときに、本当は一番支えてあげなければならなかったのはアマーヤーだった。それができなかったことを後悔し、その罪滅ぼしとして、彼女はジャヤントを母親のところへ連れて行って二人の再婚の手助けをする。
アマーヤーが作家の卵という設定だったこともあるが、意外にリーラーやジャヤントによる朗読調の独白がナレーションで入る機会が多く、説明的すぎると感じるシーンがいくつかあった。映画は舞台劇とは異なり、映像で語るべき芸術である。あまりにあらゆることをセリフで説明されると興醒めてしまう。それでも終盤になると映像による無言の語り口が増え、観客が想像力を働かせる余地が生まれる。
ファールーク・シェークとディープティー・ナヴァルの演技はもはや改めて賞賛するまでもない。どちらも確立した大俳優であり、貫禄の演技を見せていた。その二人を前にしてスワラー・バースカルも一歩も引いておらず、母親の再婚に心を揺り動かされるアマーヤー役を完璧に演じ切っていた。
デリー各地でロケが行われている。ジャヤントとアマーヤーが訪れるオールドデリーは実際に現地で撮影が行われていると思われ、背景以上の存在感と共にストーリーに溶け込んでいる。他に、ハウズ・カースのフィーローズ・シャー廟、カーン・マーケット、バサント・ローク・マーケットなどが特定できた。
「Listen… Amaya」は、往年の名優たちと、新進気鋭のスワラー・バースカルによるハートウォーミングな物語だ。興行的には散々だったようだが、元から商業的成功を狙って作られたような映画ではない。何となく脚本家や監督の個人的な思いが込められていそうなストーリーで、何らかの実話にもとづいているようにも感じられた。地味ではあるが観て損はない映画である。