2016年11月28日からYouTubeのLarge Short Filmsチャンネルで配信開始された短編映画「Chutney」は、ティスカ・チョープラーが脚本を書き、プロデューサーを務め、そして主演も演じているスリラー映画である。題名の「Chutney」とはインド料理で使われるペースト状の調味料のことで、日本語では「チャツネ」と表記されることが多い。映画の中でも重要な小道具として使われている。上映時間は17分弱である。
監督はジョーティ・カプール・ダース。「Kahaani」(2012年/邦題:女神は二度微笑む)、「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年/邦題:ミルカ)、「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)などでプロデューサーを務めた人物で、監督は実質初となる。
主演はティスカ・チョープラーだが、他にアーディル・フサイン、ラスィカー・ドゥッガル、スミト・グラーティーなどが出演している。ちなみに、ラスィカーが演じた女性役の名前が映画中で出て来ないので、下のあらすじでは便宜的に「ラスィカー」としてある。
モデルタウンに住むヴァニター(ティスカ・チョープラー)は、町内会のパーティーにて、夫のヴィーリー(アーディル・フサイン)が近所に住むラスィカー(ラスィカー・ドゥッガル)と親密にしているのを目撃する。ヴァニターは彼女を家に招く。 ラスィカーはヴァニターの家でチャトニーを食べ、そのおいしさに感動する。ヴァニターは、家庭菜園で作られた野菜を使って作っていると言い、かつて彼女の家で働いていた使用人ボーラーの話をし出す。ボーラーはヴィーリーが連れてきた使用人で、料理を作るのがとても上手だった。ボーラーは結婚し、妻も一緒に住み込むようになった。 ある日、ヴァニターはヴィーリーの弟ヴィッキーがボーラーの妻と情事を繰り広げているのを目撃してしまう。ヴァニターはそれとなくボーラーにそのことを教える。ボーラーはその夕方、マトンカレーを作り、ヴィーリーに味を絶賛される。その夜、ボーラーはヴィッキーを襲うが、逆にヴィッキーに殺される。冷静なヴァニターは、ボーラーの衣服を脱がし、家の中庭に埋めて、そこに家庭菜園を作る。それを聞いたラスィカーは戦慄する。
浮気性の夫を持つヴァニターが、夫と近しい関係にあるラスィカーを婉曲的に追い払う様子を描いた作品である。ほとんどはヴァニターとラスィカーの会話で進むが、所々で再現映像が出て来て雰囲気を盛り上げる。予算は掛けられていないが、脚本が優れていれば短くても素晴らしい映画を作ることができる好例である。
この映画は確定的な情報がほとんどなく、観客はわずかなヒントを元に推理力を働かせて、映像の裏にある真実を推測しなければならない。その中でもほぼ確定的な事実として提示されているのは、ヴィーリーがラスィカーとただならぬ関係にあることだ。それを察知したヴァニターは、ラスィカーを追い払うために、彼女を家に招待する。公衆の面前でキャットファイトを繰り広げず、彼女を表立って糾弾するわけでもない。ヴァニターがしたのは、彼女に昔話を聞かせることだった。
ヴァニターがラスィカーに話した内容が果たして事実なのかは不明である。もしかしたら全て本当なのかもしれないし、もしかしたら全てデタラメなのかもしれない。
彼女が話したのは使用人ボーラーと飼い犬ジャッキーの話だ。どちらも今はいない。ボーラーもジャッキーもヴィーリーが可愛がっていた存在であり、ヴァニターがラスィカーの行く末を暗示するために引き合いに出したのは確実である。
ジャッキーは、ヴィーリーの自動車が帰ってくるとすぐに気付いて興奮するほどヴィーリーに懐いていた。ところがあまりに懐きすぎていて、ある日ヴィーリーの自動車に轢かれて死んでしまった。このエピソードを通して、愛しすぎると死ぬ、そんな警告をヴァニターはラスィカーに送った。
より核心に迫っているのはボーラーの話の方だ。料理が上手だった使用人ボーラーは、自分の妻と浮気したヴィッキーに襲い掛かり、返り討ちにあって死んでしまう。ヴァニターの話によると、ボーラーの遺体は家の中庭に埋められ、現在その場所は家庭菜園になっている。ボーラーの遺体が栄養になって、野菜がよく育ったのだと言う。その家庭菜園で採れた野菜を使って作ったチャトニーをラスィカーは今食べているところだった。
ヴァニターはあたかもヴィーリーが主体的にボーラーの遺体を中庭に埋めたように語っていたが、映像ではむしろヴァニターが主導してボーラーの遺体を中庭に埋めさせていた。だが、ラスィカーはヴィーリーの恐ろしさを感じ取り、浮気の末には死が待っているという警告をボーラーのエピソードからも受け取るのだった。
この他にも映画の中でははっきりと語られていないが推測可能なサイドストーリーがいくつもある。例えばラスィカーが身に付けていた耳飾りである。ラスィカー自身は自分で作らせたと言っていたが、パーティーのシーンでヴィーリーが愛おしそうに触っていたのを見ると、ヴィーリーが贈ったものと受け止める方が自然であろう。ヴァニターはヴィーリーを「気前のいい性格」と言っていたが、この耳飾りのことを暗に指摘しているのだと思われる。
また、ボーラーの妻がその後どうなったのかも語られない。しかしながら、浮気発覚時点でボーラーが殺し、カレーにしてしまったという可能性も考えられる。ヴィーリーがおいしい、おいしいと言って食べたマトンカレーは、もしかしたらボーラーの妻の肉が使われていたのかもしれない。
ヴァニターの家で現在働いている使用人ムンナーの存在も気になる。どうもムンナーの働き振りはよくないようで、客に出す飲み物の中にツバを入れる嫌がらせをしていた。だが、ヴァニターの話を盗み聞きしていたムンナーは、前に働いていた使用人の最期を知って戦慄する。
このように、短い映画ながら、様々な要素を少しだけ置いておき、それについて細かい説明を加えていないので、観客が無限に想像力を働かせる余地のある映画だ。17分弱の映画にしては非常に奥行きのある物語である。
「Chutney」は名実共にティスカ・チョープラーの映画だ。「Taare Zameen Par」(2007年)や「Qissa」(2015年)などで知られ、一定の評価を受けている女優だが、決して第一線で活躍するヒロイン女優ではない。しかしながら、今回自ら映画の脚本を書き、プロデュースする側にも回ったことで、新たな才能を発揮したといる。さらに、今回の彼女の外見はあまりに艶が消されていて、彼女だと分からなかったくらいである。このような変化もできる女優であることに驚きを隠せない。
ちなみにモデルタウンという地区はデリーにある。明示されていないが、この映画はデリーを舞台にしていると考えてもおかしくないだろう。
「Chutney」は、ティスカ・チョープラーが脚本を書き、プロデュースし、そして主演を務めた短編映画であるが、脚本が突出して優れており、短編映画の枠に収まらないほど奥行きのある映画になっている。日常的な物語ながら、何が本当で何が嘘なのか分からない。フィルムフェア賞の短編映画賞などを受賞しており、間違いなくもっとも優れたインド製短編映画である。