2007年8月15日公開のテルグ語映画「Yamadonga(閻魔泥棒)」は、「Baahubali」シリーズ(2015年、2017年)などで知られるSSラージャマウリ監督の6本目の監督作である。人間の主人公が、冥界の王であるヤマ(日本でいう閻魔様)とあの世で選挙戦を繰り広げるという奇想天外な物語だが、底抜けに楽しい娯楽映画に仕上がっており、ラージャモウリ監督の才能が早くも開花しているのを確認することができる。2023年7月4日に、動画配信サイトJAIHOで配信されていた日本語字幕付きの「ヤマドンガ」を鑑賞した。
主演は「RRR」(2022年/邦題:RRR)のNTRジュニアである。他に、モーハン・バーブー、プリヤーマニ、マムター・モーハンダース、アリー、ブラフマーナンダム、クシュブーなどが出演している。また、ランバーが「Nachore」にてアイテムガール出演している他、ナヴニート・カウル、プリーティ・ジャーンギヤーニー、アルチャナー・ヴェーダーが「Young Yama」にて同じくアイテムガール出演している。さらに、NTRジュニアの祖父で、テルグ語映画界の大御所であるNTRの映像が使われ、NTRジュニアと共演している。
ハイダラーバード在住のラージャー(NTRジュニア)は相棒のサティー(アリー)と共に泥棒をして暮らしていた。だが、高利貸しのダナラクシュミー(マムター・モーハンダース)に多額の借金をしており、どんなに盗みを働いても一向に借金はなくならなかった。大金持ちから依頼され、高級ドレスを盗んできたものの、報酬を受け取る前に依頼主が死んでしまう。ラージャーはヤマを呪う。 ヤマは人間から罵られたことを不快に思い、書記官チトラグプタ(ブラフマーナンダム)に命じて彼の寿命を調べさせる。なんとラージャーは100年生きることになっていたが、もうすぐ命の危機が2回来るとのことだった。ヤマはラージャーの運命を書き換え、早めに死なせることにする。 ラージャーはマヒー(プリヤーマニ)という女の子を救い、彼女と一緒に過ごすようになっていた。マヒーの祖父は大富豪だったが、祖父の死後、強欲な親戚たちによって屋敷が強奪され、マヒーは召使いにされてしまっていた。ラージャーはマヒーが巨額の遺産の相続人だと知り、身代金をせしめようと考えたのである。ところがその親戚に雇われた殺し屋にラージャーは殺されてしまう。 ラージャーは冥界でヤマの審判を受けることになるが、その前に隙を見て彼が持っていたヤマパーシャム(死の鞭)を奪う。ラージャーはヤマと冥界の王の地位を掛けて選挙戦を戦うことになる。ラージャーは冥界の住民たちの支持を受けて勝利するが、ヤマにヤマパーシャムを奪われ、地上に追い返される。 人間界に戻ったラージャーはマヒーの親戚たちのところへ直行し身代金を取り上げようとするが、マヒーの境遇に同情し、親戚たちを召使いにしてしまう。また、ラージャーは子供の頃にマヒーと会っていたことも思い出す。二人は相思相愛となった。その愛の力がヤマによる死を防いでいた。そこでヤマはチトラグプタと共に地上に現れ、ラージャーとマヒーの仲を裂こうとする。 ヤマはダナラクシュミーの姿に化け、ラージャーを誘惑する。だが、ラージャーは彼女がヤマの化けた姿であることにいち早く気付き、ヤマを翻弄する。しかし、かつて彼がマヒーを人質にして身代金を取ろうとしていたことが彼女にばれてしまう。愛の力が解け、チャンスが訪れた。ヤマはヤマパーシャムを放ち、殺し屋がラージャーに襲い掛かる。だが、子供の頃にマヒーからもらった首飾りがラージャーを銃弾から救う。ヤマもこの奇跡を見てラージャーとマヒーの愛を賞賛する。
インド神話には死を克服した人間の物語がいくつか見られる。貞女サーヴィトリーは早死を運命づけられていた夫を、彼を連れに来たヤマから救い出した。やはり早死する運命にあったマールカンデーヤはシヴァ神に助けを求め、その願いを聞いたシヴァ神は彼を連れに来たヤマを殺してしまった。ヤマは生き物に死をもたらすため、人間からは恐れられる神であるが、インド神話はヤマを必ずしも絶対的な存在として描いていないことが注目される。
「Yamadonga」も死を克服した人間の物語である。ただし、主人公のラージャーは、元々は100歳まで長生きする運命にあった。ヤマを罵ったばかりにヤマの怒りを買い、寿命を縮められてしまったのである。
ラージャーが地上にいる間は、一般的な現代劇のノリで物語が進む。しかし、天界や冥界に舞台が移ると、大げさな台詞回しと決めポーズが特徴的な一昔前の舞台劇のような雰囲気になる。ひとつの映画にふたつの異なる映画が詰め込まれているようで、気分転換になる。
また、地上シーンよりも冥界シーンの方がハチャメチャだ。急に選挙が始まったり、在りし日のNTRをCGで登場させてNTRジュニアと踊らせてみたりと、好き邦題だ。ラージャマウリ監督の遊び心が爆発している。一見すると堅苦しい演劇調のシーンに敢えて笑いとサプライズを詰め込み、この上なく楽しい映画に昇華させている。さすがとしかいいようがない。
ラージャーを死から救ったものはふたつある。ひとつは愛。彼はマヒーと恋仲になり、その愛が彼を死から守っていた。もうひとつはナラスィンハ神である。ナラスィンハ神はヴィシュヌ神の化身のひとつであり、人と獅子が合わさった姿をした神である。ヒラニヤカシヤプという悪魔を退治したことで知られている。ナラスィンハ神は特に南インドで篤く信仰されており、この神様が映画に登場するのはいかにも南インドらしい。ナラスィンハ神は、ヒラニヤカシヤプの息子でありながらヴィシュヌ神の信徒であったプラフラーダが父親によって殺されるのを防いでおり、やはり死から守ってくれる神様だといえるが、ヤマのヤマパーシャムすらも無効化するほどの力を持っているというのは驚きだ。
「Yamadonga」からはラージャマウリ監督の後の作品に通じる要素がいくつも見出せる。冥界シーンのコスチュームドラマは叙事詩映画「Baahubali」シリーズの原型といえるし、ナラスィンハ寺院から出たら死ぬという設定は「Maryada Ramanna」(2010年/邦題:あなたがいてこそ)を思わせるものだ。CGの使い方も後の作品でさらに洗練されるし、死や転生を主題にしている点も「Magadheera」(2009年/邦題:マガディーラ 勇者転生)や「Makkhi」(2012年/邦題:マッキー)と共通している。
主演NTRジュニアはこの映画で多様な魅力を掘り起こされていた。地上シーンではお調子者の泥棒役をチープに演じていたし、冥界シーンでは祖父の再来を思わせる堂々とした演劇調台詞回しを披露していた。ダンスも相当な腕前で、時空を超えて祖父と一緒に踊るシーンもあった。
メインヒロインはマヒーを演じたプリヤーマニになるだろうが、演技面ではセカンドヒロインのダナラクシュミーを演じたマムター・モーハンダースの方に軍配が上がる。特にヤマが化身した姿を彼女は全く違和感なく演じていた。ヤマ役のモーハン・バーブーも堂々とした演技であった。
「Yamadonga」は、もはや日本でもっとも有名なインド人映画監督となったSSラージャマウリ監督が「Magadheera」以前にNTRジュニアを主演に据えて撮った娯楽大作である。主人公が地上と冥界を往き来する筋書きであり、下手するとチープな作りなってしまうのだが、娯楽映画の名手ラージャマウリ監督の手に掛かるとここまで面白い作品になる。「RRR」からインド映画の世界に入った人には、監督と主演が共通しているため、取っつきやすい映画であろう。