インド人の日常会話の中で割とよく聞く言葉に「Desi」がある。デーヴァナーガリー文字で書くと「देसी」または「देशी」になる。語源から判断するならば、アルファベット表記は「Deshi」の方が正しいのだが、「Desi」と書かれることがほとんどだ。インド人の発音にも「デースィー」「デーシー」どちらもあるが、「デースィー」の方が主流であろうか。カタカナ表記ではシンプルに「デーシー」でいいだろう。
語源になっている単語「देश」とは「国」という意味である。「Bangladesh」の「Desh」である。「バングラデシュ」の意味は「ベンガル人の国」という意味になる。これに接尾語の「~i」が付くことで、「国の」という形容詞になる。
インド人の間での「Desi」の使い方は、「インドの」という意味になる。この言葉はインド以外の南アジア諸国でも使われることがあり、パーキスターン人が「Desi」といえばパーキスターンのことになるし、バングラデシュ人が「Desi」といえばバングラデシュのことになる。ここではインドに限定して話を進める。
「देश」と対になる言葉は「विदेश」、つまり外国である。我々日本人を含む外国人は「विदेशी」と呼ばれるし、この言葉は「外国の」という意味の形容詞にもなる。
「Desi」は、日本語の漢字「邦」に使い方がよく似ている。「邦」とは元々「国」という意味という点でも同じであるし、「洋画」に対しての「邦画」、「外人」に対しての「邦人」など、使い方もそっくりだ。英語でいえば「国」「国民」「民族」を意味する「Nation」およびその形容詞形「National」がもっとも近い単語になる。
インドでは一般的に、外国のものはいいという先入観がある。これは、英国による植民地時代が長かったトラウマとして説明もできるし、独立後も国産品よりも輸入品の方が品質がいいという時代が長く続いたからと説明もできる。
その影響で、「Desi」という言葉には、「インドの」という第一義の他に、「品質の劣った」というようなニュアンスも含まれる。例えば「Desi Daru」、つまり「国産の酒」という言葉には、外国製の酒よりも「安かろう悪かろう」の、大衆の酒という意味合いがある。
その一方で、「Desi」には「純国産」といういい意味も含まれる。例えば「Desi Ghee」、つまり「国産のギー(精製油)」という言葉を聞くと、不純物のない高級なギーというイメージが浮かび上がる。「Desi」という言葉には、田舎臭さと共に、汚れを知らない純朴な原インド及び原インド人の姿も込められている。
インド系移民の多い国では、「Desi」という言葉には、インド人としてのルーツを自嘲するニュアンスもあるようだ。一昔前、「ABCD」という言葉が流行した。これは「American Born Confused Desi」の頭文字で、「米国生まれの倒錯したインド人」を意味する。インド系移民2世は、学校や地域で直面する現地の文化と、家族内で教育されるインドの文化の板挟みになって育つことが多いが、それによってアイデンティティーの混乱をきたしている人々のことを「ABCD」と呼んでいたのである。
よって、インド映画を観ていて「Desi」という言葉が出て来た場合、単なる「インドの」という意味なのか、それともいい意味で使っているのか、悪い意味で使っているのか、正確に読み取る必要がある。
ヒンディー語映画で「Desi」と聞いて真っ先に思い付くのは、「Dostana」(2008年)の挿入歌「Desi Girl」だ。「Desi Girl」とはつまり「インドの女の子」。この映画は基本的に米国を舞台にしており、この言葉はヒロインのプリヤンカー・チョープラーが演じるインド系キャリアウーマンを指している。
「Desi Girl」での「Desi」は好意的な使われ方がされているといえる。歌詞の一節を見てみよう。
देखी लख लख परदेसी गर्ल
Ain’t Nobody Like My Desi Girl
देखी लख लख परदेसी गर्ल
सब तो सोनी सादी देसी गर्ल
Who’s the Hottest Girl in the World?
My Desi Girl
多くの外国人女性を見てきた
デーシーガールみたいな人はいなかった
多くの外国人女性を見てきた
デーシーガールはみんなかわいい
世界で一番ホットな女の子は誰?
僕のデーシーガール
外国人女性と比較してインド人女性の良さが強調されており、そこにこの「Desi」という言葉が使われている。ちなみに、「Dostana」はヒットし、「Desi Girl」はプリヤンカーの代名詞になった。皮肉なことに、プリヤンカーはその後、米国人歌手ニック・ジョナスと結婚し、米ロサンゼルスへ移住して、「Videshi Girl(外国の女の子)」になってしまった。
もう一曲、「Desi」で有名な挿入歌を挙げるとしたら、「Cocktail」(2012年)の「Daru Desi」がいいだろう。「デーシーダールー」は「地酒」みたいな意味になる。
こちらの「Desi」の使い方にはいい意味と悪い意味が混在しているので、「Desi」の用法を理解する上で参考になるだろう。冒頭の一節を抜き出してみる。
चढ़ी मुझे यारी तेरी ऐसी
जैसे दारू देसी
खट्टी मीठी बातें हैं नशे सी
जैसे दारू देसी
君の友情が僕を酔わせる
デーシーダールーのように
甘酸っぱい会話が酔わせる
デーシーダールーのように
何となくデーシーダールーは悪酔いする酒のようなニュアンスだが、必ずしも粗悪なものとして捉えているのではない。絶対に二日酔いするような安酒だが、一度経験すると癖になってしまうような酔い、と表現すればいいだろうか。これはそのままインド人の特徴を言い表しているといっていいだろう。
「Desi」は映画の題名にも比較的よく使われる言葉で、「Desi Boyz」(2011年)、「Shuddh Desi Romance」(2013年)、「Desi Kattey」(2014年)などが挙げられる。それぞれ「Desi」のニュアンスは異なるが、題名に限定すれば、全く悪い意味で使われることは少ないかもしれない。
ちなみに、2023年にアカデミー賞歌曲賞を受賞した、「RRR」(2022年/邦題:RRR)の「Naatu Naatu」の「Naatu」も、ヒンディー語の「Desi」と全く同じ使い方をする言葉のようだ。この言葉はタミル語では「Naadu」になり、タミル・ナードゥ州の「ナードゥ」になっている。