London Dreams

3.0
London Dreams
「London Dreams」

 昔から音楽とは切っても切れない関係にあるインド映画だが、意外にも映画の挿入歌にロック音楽を取り込むことは少なく、昨年公開されてヒットとなった、ロックバンドをテーマにした「Rock On!!」(2008年)は非常に新鮮であった。「Rock On!!」のヒットに刺激を受けたのか、「Namastey London」(2007年)のヴィプル・アムルトラール・シャー監督が、2009年10月30日、同じくロックバンドをテーマにした映画「London Dreams」を世に送り出した。ヴィプル監督はアクシャイ・クマール主演の映画を続けて撮って来たのだが、今回はサルマーン・カーンとアジャイ・デーヴガンが主演である。

監督:ヴィプル・アムルトラール・シャー
制作:アーシン・シャー
音楽:シャンカル=エヘサーン=ロイ
歌詞:プラスーン・ジョーシー
振付:レモ、チンニー・パレーク、レーカー・パレーク、ボスコ=シーザー、ラージーヴ・スルティー
衣装:アシュリー・レベロ、アルヴィラ・アグニホートリー・カーン、アンナ・スィン、アーチー
出演:サルマーン・カーン、アジャイ・デーヴガン、アシン、ランヴィジャイ・スィン(新人)、アーディティヤ・ロイ・カプール(新人)、オーム・プリー、マノージ・パーワー、ブリンダー・パレーク
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 パンジャーブ州バティンダーの農村に生まれ育ったアルジュン(アジャイ・デーヴガン)は、子供の頃から音楽に傾倒しており、マイケル・ジャクソンのようなポップスターになることを夢見ていた。だが、アルジュンの家庭は音楽を毛嫌いしていた。アルジュンの祖父は有名なスーフィヤーナー音楽の歌手であったが、ロンドンのウィンブリー・スタジアムでの晴れ舞台で9万人の観衆を前に恐れをなして声が出なくなってしまい、それを苦にして自殺してしまった。それが原因で、アルジュンは家族から音楽の夢を追うことを許されなかった。

 一方、アルジュンの幼馴染みのマンジート・コースラー、通称マンヌー(サルマーン・カーン)は、父親が音楽の教師であることもあり、子供の頃から音楽に囲まれて育っていた。しかし、マンヌー自身は音楽に何の思い入れも持っておらず、女の尻を追いかけてばかりいた。

 アルジュンは、父親の死をきっかけに、叔父(オーム・プリー)に連れられてロンドンに住み始める。だが、叔父と一緒にいたら音楽に打ち込めないと悟ったアルジュンは空港に着いた途端に逃げ出し、そのまま音楽学校に転がりこんで音楽の勉強を始める。やがてアルジュンはパーキスターン人兄弟のゾヘーブ(ランヴィジャイ・スィン)とワスィーム(アーディティヤ・ロイ・カプール)や、ダンサー志望の南インド人女性プリヤー(アシン)と出会い、バンドを組む。バンド名は「ロンドン・ドリームス」であった。

 ロンドン・ドリームスはオーディションで合格し、人気を集めるようになる。アルジュンは密かにプリヤーに思いを寄せていたが、祖父が果たせなかった夢、ウィンブリー・スタジアムでの公演を実現するまでは音楽一筋で生きることを誓い、その思いを胸にしまっていた。

 アルジュンは久し振りにバティンダーに戻る。そこでマンヌーと再会したアルジュンは、彼に音楽の才能があることを見抜き、ロンドンに連れて行くことにする。ロンドンに来てロンドン・ドリームスと合流したマンヌーは、たちまち類い稀な才能を発揮し、バンドのメイン・ボーカルになる。また、マンヌーはプリヤーに一目惚れし、彼女を一生懸命口説く。アルジュンは、プリヤーが不真面目で女ったらしのマンヌーを好きになるはずがないと高を括っていたが、彼の目の前で徐々に2人の仲は接近して行く。そして遂にプリヤーはアルジュンの求愛を受け容れる。

 夢と愛の両方をマンヌーに奪われたアルジュンは、マンヌーを潰すことを画策し始める。同じくマンヌーの言動を面白く思っていなかったゾヘーブと共謀し、マンヌーに謎の美女(ブリンダー・パレーク)を引き合わせ、彼女を使ってマンヌーをドラッグ漬けにさせる。ロンドン・ドリームスはパリ、ローマ、アムステルダムの3都市ツアー中であったが、マンヌーはドラッグ中毒になってしまい、スキャンダルにも発展する。プリヤーもマンヌーの堕落に失望する。マンヌーは、もう2度とドラッグには手を出さないと誓うが、彼の身体を禁断症状が襲うようになっていた。

 3都市ツアーは散々な結果に終わってしまったが、ロンドン・ドリームスはもう一度チャンスを与えられる。それは、アルジュンの夢であった、ウィンブリー・スタジアムでの公演であった。アルジュンは、この舞台でロンドン・ドリームスの名声をマンヌーから取り戻そうと考える。一方、マンヌーはアルジュンの夢であるウィンブリー・スタジアムでの公演を必ず成功させようと、ドラッグ断ちに打ち込むが、なかなか身体から禁断症状がなくならなかった。

 ウィンブリー・スタジアムでの公演当日。アルジュンは謎の美女とゾヘーブを使ってマンヌーに再びドラッグを与えようとする。策謀にはまってプリヤーに見捨てられたマンヌーは、そのショックを癒すためにドラッグに手を出そうとするが、思い留まる。一方、既にコンサートは始まっており、アルジュンは9万人の観衆の前で、マンヌー抜きで歌を歌っていた。大きな歓声が上がったが、観衆はマンヌーを求め始めた。それを聞いたアルジュンは、もはやマンヌーは来ないと観客に叫ぶ。それでもマンヌーはステージに上がって来るが、観客の前でアルジュンはマンヌーへの嫉妬を露にし、コンサートを台無しにする。マンヌーはショックを受けてどのままインドへ帰り、ロンドン・ドリームスは自然に解散となってしまった。

 それ以来アルジュンは引きこもりの生活を続けていた。そんな彼を訪ねて来たのが叔父であった。叔父はアルジュンに、マンヌーに謝罪し、もう一度ロンドンに連れ戻すことを勧める。バティンダーに戻ったアルジュンを待ち構えていたのはマンヌーと村人たちであった。マンヌーは、アルジュンの仕打ちを全く気にしていなかったばかりか、親友の気持ちを読み取れなかった自分を責めていた。そしてバティンダーに戻って来てくれたアルジュンを心から歓迎した。アルジュンはマンヌーの心の大きさを思い知り、もう一度ロンドン・ドリームスを組もうと伝える。マンヌーはそれを受け容れる。

 「Rock On!!」では、バンドメンバーの確執と融和がプロットの核となっていたが、この「London Dreams」でもそれは変わらなかった。しかし、むしろ「London Dreams」が主題としたのは、天才に対する努力家の嫉妬である。同じようなテーマの映画は、ヒンディー語映画内では「Shakalaka Boom Boom」(2007年)が記憶に新しいが、もっと視野を広げれば、正に「アマデウス」(1984年)のサリエリとモーツァルトである。脚本の手綱裁き次第では非常に暗い映画になるところであったが、バッドエンドを避け、観客の心を必要以上に重くしないように腐心するインド映画の本能が働いたのであろう、底抜けの友情が映画を感動的にまとめていた。また、パンジャーブ地方出身の田舎者がロンドンに行くという筋は、ヴィプル・アムルトラール・シャー監督の前作「Namastey London」を想起させたものの、映画のコメディー要素に貢献していた。もし映画の全体的な完成度について「Rock On!!」と「London Dreams」のどちらが優れているかを判断しなければならないならば、僕は「Rock On!!」の方に軍配を上げる。だが、「London Dreams」もよくできたドラマだ。

 音楽をテーマにした映画では、音楽の質も映画の完成度に大きな影響を与える。物語の重要な節目に流れる曲――例えば才能を認められる曲だったり、成功のきっかけとなる曲だったり――は、他の曲に比べて頭一つ飛び抜けた優れた曲であることを求められる。「Rock On!!」ではその辺の選曲がうまかったのだが、「London Dreams」では各曲の差があまり感じられなかった。だが、「London Dreams」の場合は、天才肌のマンヌーの才能を際立たせることに力が入れられていたと言える。努力家のアルジュンが作った歌詞の一節を、マンヌーが自由自在にアレンジし、天賦の才能が発揮されるシーンがあったが、それは同時にインド映画音楽の守備範囲の広さも示されており、ひとつの見所となっていた。ちなみにどちらも音楽監督はシャンカル=エヘサーン=ロイである。

 やはりこれだけロック音楽をフィーチャーして来たため、エンディングは一発勢いのいい曲で威勢良く閉めてもらいたかった。だが、意外にもエンディングに使われたのはバラード系の曲であった。

 「Rock On!!」はムンバイーが舞台であったが、「London Dreams」の舞台はロンドンである。そして両映画ともバンドが歌う曲は基本的にヒンディー語である。ムンバイーでヒンディー語の曲が受け容れられるのは自然に納得できた。だが、ロンドンで南アジア人だけでなく白人までもがヒンディー語の曲に熱狂する様子を受け容れるためには、相当理性を抑え込む必要があった。

 キャスト面から見たら、「London Dreams」は完全にサルマーン・カーンのための映画だ。シャールク・カーンやアーミル・カーンと並び、ヒンディー語映画界の「3カーン」の一人に数えられるサルマーンは、最近他の2カーンの後塵を拝していた感が否めなかった。だが、「London Dreams」の彼はまるで水を得た魚のように伸び伸びとした演技をしており、彼が魅力ある俳優であることを再確認させられた。サルマーンが劇中で演じたのは天才肌の音楽家マンヌーだが、それ以上に、親友に愚かなまでに無償の愛を投げかけ続ける姿が印象的で共感を呼んだ。おそらくサルマーン本人の性格が染み出ていたのだと思う。先日公開されたサルマーン・カーン主演アクション映画「Wanted」(2009年)はヒットとなっているが、それに加えてこの「London Dreams」での好演により、2カーンへの反撃態勢は完全に整ったと言える。

 マンヌーの才能に嫉妬するアジャイ・デーヴガンも悪い演技ではなかったが、ロックスターという顔でもなく、ミスキャスティングに感じた。ヒロインはアシン。バンドの中では踊りを踊っているだけで、演技もオーバーなところが目立ち、「Ghajini」(2008年)の頃と比べると小者感が漂っていたが、今後の活躍に期待したい。

 他に、ランヴィジャイ・スィンとアーディティヤ・ロイ・カプールという新人がバンド「ロンドン・ドリームス」のメンバーだった。劇中では二人はパーキスターン人ということになっていたが、れっきとしたインド人である。二人ともVJなどとしてテレビ界で活躍しており、一定の知名度はあると思われる。脇役ながらそれぞれ個性に合った色分けがされており、今後につなげて行けそうだ。

 音楽は基本的にロックだが、パンジャービー風の曲もある。ハードロック系の「Barson Yaaron」は、途中からハヌマーン・チャーリーサー(宗教賛歌の一種)の早口な歌唱が入り、かなり迫力がある。劇中ではマンヌーの衝撃デビュー曲として使われていた。「Tapkey Masti」や「Yaari Bina」はバーングラー曲、「Khanabadosh」はサビが印象的なアップテンポのロックナンバー。「London Dreams」のサントラCDは買っても損はない。

 幼年時代のマンヌーが、靴に鏡を貼り付けて、女の子のスカートの中を覗くシーンがあった。マンヌーの女好きが幼年時代から始まっていたことを示していたのだが、インド人でもスカートの中を覗くという発想があることに少し驚いた。てっきりインド人はそんな無意味なことはしないと思っていたのだが・・・。

 「London Dreams」は、「Rock On!!」に続くインド製ロックバンド映画。音楽も悪くなく、感動できるシーンも多いが、「Rock On!!」ほどの衝撃はない。サルマーン・カーンの羽を伸ばした演技は大きな見所だ。