「Kal Kissne Dekha」(2009年)のメジャーリリースがあった2009年6月12日だが、密かに変わり種の作品もいくつか公開されている。その中でもっとも異色を放っていたのが「Frozen」。ラダッキー語(部分的にヒンディー語)の白黒映画で、全編ラダック地方でロケが行われている。初公開は2007年で、世界各地の映画祭で上映されて来たが、インドでの一般公開は今回が初めてとなる。プロデューサ対マルチプレックスの抗争のおかげで日の目を見た作品のひとつと言えるだろう。インドで白黒映画の新作がリリースされるのは、1965年の「Aasmaan Mahal」以来のことだと言う。
監督:シヴァージー・チャンドラブーシャン
制作:シヴァージー・チャンドラブーシャン
音楽:ジョン・P・ヴァーキー
出演:スカルザン・アンチュク、ガウリー・クルカルニー(新人)、ダニー・デンゾンパ、ヤシュパール・シャルマー、ラージ・ズトシー、アーミル・バシール、デンジル・スミス、サンジャイ・スワラージ、アヌラーダー・バラール、シルパー・シュクラー(特別出演)など
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。
10代後半の少女ラシア(ガウリー・クルカルニー)は、アプリコットのジャムを作って生計を立てる父親カルマ(ダニー・デンゾンパ)と、弟のチョモ(スカルザン・アンチュク)と共に、ラダック地方の人里離れた荒野に住んでいた。母親は、チョモの出産時に亡くなっていた。家では、スィーターという家政婦が家事をしていた。 あるとき、インド陸軍が家のすぐ近くに駐屯地を造営した。セキュリティー上の要件から、次第にカルマの一家は不自由な生活を強いられるようになる。やがて陸軍から、別の場所へ移住するように命令を受ける。また、カルマの作ったアプリコットのジャムによる稼ぎは年々減っており、レーの街に住む高利貸しシャルマー(ヤシュパール・シャルマー)やダワー(ラージ・ズトシー)から借りた借金はどんどん膨らむばかりであった。シャルマーやダーワーは、借金の形にラシアを要求するようになる。 ラシアは、レーの街へ行ったときに、ダーワーの息子ロミオ(シャキール・カーン)に言い寄られる。ロミオはレーを去ることになり、ラシアの家にまで来て彼女を連れ出そうとするが、ラシアは彼を受け容れなかった。ちょうどそのとき、チョモは姉の道具箱からヘンテコな物体を見つけ、それを分解しようとする。だが、それは実は爆弾だった。チョモがいじったことで爆弾は爆発し、家ごと吹っ飛んでしまう。また、水を持ちに行っていたカルマは、途中で疲労から息絶えてしまう。 1年後・・・。父と弟を同時に失ったラシアは、小間使いなどをして細々と生計を立てていた。だが、彼女は今までには感じたことのない自由を感じていた・・・。
ラダック地方は、ジャンムー&カシュミール州の東部に位置する広大な高山性砂漠地帯で、住民の多くはチベット仏教を信仰しており、小チベットとも呼ばれる、インドの中でも特殊な地域である。また、パーキスターンや中国との国境に囲まれているため、軍事的にも非常に重要なエリアとなっている。「Frozen」は、真冬のラダック僻地で繰り広げられる、ある貧しい家族の物語である。
「Frozen」の題名が示す通り、映像はまるで写真のような凍結感を持っている。冬のラダックの厳寒を表現するのに、白黒の映像が一役買っている。監督の弁によると、ラダックの空は青すぎて、冬に撮影しても夏のように見えてしまうため、敢えて白黒を選んだとのことである。間違いなくラダックの自然や風俗をもっとも美しく映像化した作品の一本である。そして、音。映像がシンプルなだけあり、音声情報が通常の映画よりもよく入って来る。それは静寂だけではない。家のすぐ近くにできた陸軍駐屯地から響いて来る銃声やトラックの音、それが主人公の家族に忍び寄る不気味な脅威として強調されていた。
映画は基本的に、父親カルマ、長女ラシヤ、その弟チョモの三人家族を中心に進んで行く。チョモが一人称でナレーションをするため、チョモの視点から物語が語られているという前提で理解される。だが、観客は最後で不思議な倒錯感を味わうことになる。なぜなら急にナレーションの主はラシヤだったことが判明し、チョモは最初から存在しなかったことが明かされるからである。チョモは、出産時に母親と共に死んでしまった。だが、ラシヤは想像上の遊び相手として、この世に生まれ出ることができなかった弟チョモを設定し、空想の中でチョモを生かしていたのである。よって、最後に爆弾が爆発するのも、実際はチョモが不発弾をいじっていて爆発したのではない。爆発の原因は謎のままである。だが、少なくともその爆発によって、ラシヤの空想の中にいたチョモは死んでしまったのだった。よって、この要素を反映させると、上のあらすじは微妙に別のものとなる。
最後に一部だけカラーになった部分があったが、それはラシヤの心を表しているのだろう。父親を失ったラシヤはさらに貧しい生活を余儀なくされていたが、仏教的悟りの境地に達しており、必ずしも不幸な終わり方にはなっていなかった。
ダニー・デンゾンパはスィッキム出身のダンディーな男優で、貧困の中、男手一人で子供を育てるたくましい父親役をしっかりと演じていた。ヤシュパール・シャルマーやラージ・ズトシーと言った、ヒンディー語映画の曲者俳優たちも登場する。変わったところでは、カルマの死んだ妻役として一瞬だけシルパー・シュクラーが出て来る。シルパーは、「Chak De! India」(2007年)でお局さんプレーヤーを演じた女優である。ラシヤを演じたガウリー・クルカルニーは本作がデビュー作となる。
音楽は新人のジョン・P・ヴァーキー。意外なことに音楽はロック調のものが多く、ラダックの壮大な雪景色やレーの市街地とのギャップが楽しめた。
言語はラダッキー語とヒンディー語である。全ての台詞には英語字幕が付く。だが、背景と一体化してしまっていて読めない部分がいくつかあった。テクニカルな部分だが、その辺りの配慮をもう少ししてもらいたかった。
「Frozen」は、ラダックを舞台にした貧しい家庭の戦い、現実と空想の倒錯に満ちた物語、そして強烈な白黒の映像が取り柄の芸術映画である。サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)映画を思わせる作りだが、決してそれだけではない。芸術映画ファンには必見の映画である。