マドゥル・バンダールカル監督は、世間で話題になったセンセーショナルなニュースをこねくり回して映画にすることで知られる。「Chandni Bar」(2001年)や「Page 3」(2005年)などのヒット作を送り出したが、「Indu Sarkar」(2017年)以降、しばらく監督業から離れていた。コロナ禍以降、OTTリリース作「Babli Bouncer」(2022年)で復帰し、だいぶ作風が変わったと感じたが、2022年12月2日にZee5でOTT配信された「India Lockdown」を観る限り、全盛期の彼の特徴を感じることができた。題名が示す通り、今回この映画が取り上げているのは、コロナ禍に見舞われたインドが行ったロックダウンである。
インドで初めて新型コロナウイルス陽性者が発表されたのは2020年1月30日で、徐々に陽性者数が増え始めた。インド政府が最初のロックダウンを宣言したのは3月24日であり、翌日から21日間にわたってエッセンシャルワーカー以外の外出禁止が禁止された。しかしながら、陽性者数増加が抑制されず、ロックダウンはさらに19日延長された。結局ロックダウンは2020年5月31日まで続き、その後は「アンロック」と称して、徐々に規制緩和が行われた。ただ、度重なる変異株の流行などにより、インドの新型コロナウイルス陽性者数は増減を繰り返した。映画「India Lockdown」は、主に最初のロックダウン、いわゆる「ロックダウン1.0」と、一度目の延長である「ロックダウン2.0」の頃のストーリーである。過去にはコロナ禍中のロックダウンを映画化した「1232 KMS」(2021年)があるが、これはドキュメンタリー映画だった。「India Lockdown」はフィクション映画に分類される。
キャストはプラティーク・バッバル、シュエーター・バス・プラサード、サイー・ターマンカル、アハーナー・クムラー、プラカーシュ・ベーラーワーディー、リシター・バット、サートヴィク・バーティヤー(新人)、ザリーン・シハーブなどである。
2020年3月。ビハール州からムンバイーに家族と共にやって来たマーダヴ(プラティーク・バッバル)は、スラム街ダーラーヴィーに住みながら、借金をして屋台を始めたが、新型コロナウイルス感染拡大により売り上げが伸びなかった。妻のプールマティー(サイー・ターマンカル)は高級アパートに住む裕福な独居老人ナーゲーシュワル・ラーオ(プラカーシュ・ベーラーワーディー)のメイドをしていた。二人の間には2人の子供がいた。 ナーゲーシュワル・ラーオの娘スワーティー(リシター・バット)はハイダラーバードに住んでおり、臨月だった。ラーオは娘の出産に合わせてハイダラーバードを訪れる予定だった。ラーオは人一倍感染対策をしており、マスクをしようとしない隣人のコースラーに注意をしたりしていた。ラーオは感染リスクを減らすため、プールマティーに2ヶ月分の給料を渡し、休暇を与える。 大学生のデーヴ(サートヴィク・バーティヤー)は同じ大学に通うパラク(ザリーン・シハーブ)と付き合っていた。二人とも童貞・処女で、初体験の計画を立てていた。ちょうどデーヴの叔父がアパートを留守にし、デーヴに植木の世話をするために家に住まわそうとしていた。そのチャンスに二人はセックスをしようとする。 メヘルー(シュエーター・バス・プラサード)はムンバイーの赤線地帯で身体を売る娼婦だった。故郷に住む母親には看護師をしていると嘘を付き、彼女にせっせと仕送りをしていた。メヘルーの住む娼館には、まだ幼いティトリーという女の子がいた。ある日、海岸でティトリーは十徳ナイフを拾う。メヘルーはワタガシと交換でそのナイフをもらい受ける。 このとき、ロックダウンが始まる。外出は禁止され、列車は止まる。 マーダヴとプールマティーは収入源を絶たれ借金取りに追われるようになる。ダーラーヴィーのビハール州出身者が集団で歩いて故郷を目指すと聞き、彼らもそれに加わる。だが、途中で仲違いし、彼らの家族は道端に捨て置かれる。 ラーオはしばらく一人での生活を満喫していたが、コースラーが新型コロナウイルス陽性となり、しかも病院で死去したと聞かされる。ラーオは同じ階に住んでいたことから濃厚接触者扱いとなり、PCR検査を受けさせられる。数日後に結果が出るが、幸いなことに陰性だった。ラーオは我慢ができず、特別な許可を取って、自分で自動車を運転してハイダラーバードを目指す。 叔父の家に住み始めたデーヴだったが、そのままロックダウンに入ってしまい、身動きが取れなくなる。パラクも両親の監視が厳しく、なかなか家を抜け出せなかった。そんなときデーヴは同じアパートに住むムーン・アルヴェス(アハーナー・クムラー)という年上の美女と出会う。ムーンは自家用飛行機のパイロットをしていた。デーヴはムーンの家に呼ばれ食事をしたりするようになる。パラクはそれを聞き不安になる。ある日、ムーンにランチに呼ばれたデーヴは、ワインを飲んで盛り上がってしまい、ムーンにキスをする。デーヴはハッと気付いてムーンの家を飛び出すが、翌日彼を訪ねてきたムーンを部屋に上げる。だが、そのとき運悪くパラクがやって来る。そのままパラクはデーヴをベッドルームに押し倒す。ムーンはそっとデーヴの家を出る。 ロックダウンになって娼婦は商売上がったりになるが、メヘルーはテレフォンセックスなど新たな収入の方法を模索する。だが、ある日彼女の財布が盗まれてしまう。娼館をくまなく探したが、誰が盗んだか分からなかった。だが、その晩、メヘルーはティトリーが娼館を逃げ出そうとしているのを見つける。ティトリーはもうすぐ水揚げされる予定だったが、彼女は娼婦になるのが嫌で逃げ出したのだった。メヘルーの財布を盗んだのも彼女だった。メヘルーはティトリーを追い掛けて捕まえるが、考え直し、彼女を故郷に帰ろうとしていた客の一人に託す。 マーダヴの一家は空腹のまま歩き続け、とうとう歩けなくなる。マーダヴは家族を休ませて何か食べ物を手に入れようと彷徨うが、そこでラーオの自動車を見つけ、止めようとする。停止しようとしないラーオに腹を立てたマーダヴは自動車に向かって石を投げる。それが原因でラーオの自動車は交通事故を起こす。マーダヴはラーオが持っていた食料や金を奪い、家族に食べさせる。だが、プールマティーはマーダヴの話から、その相手は主人のラーオであることに気付く。そのときトラックが止まった。マーダヴはラーオから奪った金を運賃として払い、ビハール州まで連れて行ってもらえることになる。そのトラックにはティトリーも乗っていた。
新型コロナウイルスという未知のウイルスの蔓延により、長期に渡って外出が制限され経済活動が停止したロックダウンは、全ての人々にとって初めての体験であり、各者各様のドラマがあったことだろう。「India Lockdown」では、ロックダウン中にどこかで聞いたような話を組み合わせ、4つのエピソードをひとつの映画にしている。マドゥル・バンダールカル監督が2000年代によく作っていたような作風の映画である。
ロックダウンは世界中で行われたが、特にインドでユニークだったのは、大都市に出稼ぎに来ていた人々が、ロックダウンを機に一斉に故郷に徒歩で向かったことだ。これは、収入源を絶たれ、そのまま出稼ぎ先に留まっていても家賃などの経費が掛かるだけで、故郷に帰ろうにも、列車が停止して利用できなかったからである。中には何千kmもの距離を徒歩で移動する人々もいた。1947年の印パ分離独立(パーティション)時には1,400万~1,800万人が一斉に移動したとされているが、今回はそれに匹敵する人口移動が起こったとされている。
インドで実際に起こったこの大移動を象徴していたのがマーダヴとプールマティーのエピソードだった。ビハール州からムンバイーに出稼ぎに来ていた彼らは、ロックダウンにより収入源を絶たれ、徒歩で故郷に帰る選択肢しかなくなる。ムンバイーからビハール州の州都パトナーまでは陸路で1,800km前後である。人間が1日に歩ける距離はせいぜい20~25kmほどのようで、単純計算すると2~3ヶ月掛かる。正に命がけの大移動である。しかもコロナ禍のため、道中での食糧調達などは非常に困難だ。少しでも危険を避けるため、同郷の者同士が集団で移動することもあったようだが、「India Lockdown」では逆に、女性が性的嫌がらせの対象になる様子も描写されていた。
マーダヴとプールマティーは、コロナ禍前には予定していなかった移動をする羽目に陥ったが、逆に移動しようとしていてロックダウンにより移動できなくなった人々ももちろんいた。ムンバイー在住のラーオは、ハイダラーバードに住む娘の出産に合わせて現地へ飛行機で行こうとし、チケットも予約していた。だが、ロックダウンにより飛行機は欠航となり、ラーオはステイホームせざるを得なくなる。しばらくは我慢して暮らしていたが、ロックダウンが延長され、いよいよ娘の出産日が近付いてきたことにより、ラーオはハイダラーバード行きを決意する。どうやら特別な理由がある場合は都市間の移動が認められていたようで、ラーオはオンラインで申請し許可を取っていた。だが、ロックダウン中の移動に危険は付き物で、ラーオも事故に遭ってしまう。その事故の原因を作ったのがマーダヴで、そのラーオの家でメイドをしていたのがプールマティーという偶然の因縁が映画をドラマチックにしていた。
上の2つのエピソードに比べると、デーヴとパラクのエピソードは可愛らしいものだ。二人は恋人同士で、遂に初体験をしようと計画を立てていた。だが、ロックダウンによって会えなくなってしまう。その隙にデーヴの人生にはムーンという魅惑的な年上女性が現われ、欲求不満を抱えるデーヴは惹かれていくという展開である。俗っぽい映画が好きなバンダールカル監督らしいエピソードであった。
さらにもうひとつ、娼婦メヘルーのエピソードもあった。メヘルーは、看護師として働いていると故郷に住む母親に嘘を付きながら娼館で娼婦をしていた。特に身売りをされて娼婦になったというわけでもなさそうで、楽しそうに身体を売って生活していた。ロックダウンになっても、電話やビデオコールを使って顧客を性的に満足させる新たな稼ぎ方に果敢に挑戦するタフな女性であった。ただ、そんなメヘルーにも人間らしい心はあり、娼館を逃げ出した少女ティトリーを助け、故郷の母親の元に逃がす。
新型コロナウイルスが流行し始めた頃の街の様子や、ロックダウンに伴うステイホーム中の人々の様子など、時代の雰囲気をコンパクトにまとめた映画だと感じた。おそらく、10年、20年経った後に見返すと「こういうこともあった」と懐かしい気持ちがするだろうし、さらに数十年の後には、コロナ禍時代を知るための記録として価値が出て来ると思われる。ただ、映画として深みや奥行きのある作品ではなく、同時代を生きた人々の共感を呼ぶだけで終わる可能性が高い。この辺りの詰めの甘さもバンダールカル監督らしい。
それでも、演技面ではパワーを感じた。プラティーク・バッバルはいつになく土臭い演技をしていたし、シュエーター・バス・プラサードの堂々とした娼婦演技も注目される。ムーンを演じたアハーナー・クムラー、プールマティーを演じたサイー・ターマンカルも素晴らしかったし、パラクを演じたザリーン・シハーブもまだ若いが才能を感じた。いい俳優を揃え、彼らのいい演技を引き出せている。
「India Lockdown」は、2020年のコロナ禍及びロックダウンでの様々なエピソードをまとめてひとつの物語にしたフィクション映画である。主に4つのエピソードから成るが、それぞれに深みはなく、それらが合わさったところで何か新たな価値が生み出されているわけでもない。演技面では高く評価できる。インドのロックダウンがどんな様子だったか知るにはいい作品である。