2022年10月5日公開のテルグ語映画「Godfather」は、タミル語映画界のメガスター、チランジーヴィーの主演作だ。チランジーヴィーは現在日本でも大ヒット中のテルグ語映画「RRR」(2022年/邦題:RRR)の主演ラーム・チャランの父親である。チランジーヴィーは1980年代から2000年代まで旧アーンドラ・プラデーシュ州で圧倒的な人気を誇ったが、2008年に政界進出し、一時的に俳優活動をほぼ停止した。ただし、彼の政治家としてのキャリアは映画スターとしてのキャリアほど順風満帆ではなく、せっかく立ち上げた政党を国民会議派に吸収合併されたり、アーンドラ・プラデーシュ州分割を許したりと、失点が目立つ。近年は再び映画スターの道に戻っているが、コロナ禍以降、満足なヒット作がない。
「Godfather」にはヒンディー語映画界のスター、サルマーン・カーンも出演しており、話題だ。チランジーヴィーとサルマーン・カーンの共演は初である。そもそも、ヒンディー語映画界のスターとテルグ語映画界のスターの共演自体が非常に珍しい。最近、ヒンディー語映画は不振に陥っており、絶好調のテルグ語映画界のエネルギーをお裾分けして欲しくてこのような共演が実現したと考えることもできるが、チランジーヴィー自体もヒットが喉から手が出るほど欲しい状態で、お互いの利害が一致した結果とした方がより正確に状況を言い表しているだろう。
監督はタミル語映画界で活躍するモーハン・ラージャー。テルグ語映画のタミル語リメイクをしてヒットを飛ばしてきており、「リメイク王」と呼ばれる監督だが、今回の「Godfather」はマラヤーラム語映画「Lucifer」(2019年)のリメイクである。
チランジーヴィーとサルマーン・カーンに加えて、「レディー・スーパースター」と呼ばれるナヤンターラーが重要な役で出演している。他には、サルヴァダマン・D・バナルジー、サティヤ・デーヴ、タニヤー・ラヴィチャンドラン、プリー・ジャガンナート、ムラリー・シャルマーなどが出演している。また、コレオグラファーのプラブデーヴァーがエンドクレジット曲「Thaar Maar Thakkar Maar」に出演し踊りを披露している。
ヒンディー語吹替版やタミル語吹替版も公開されているが、鑑賞したのはNetflixで配信されたテルグ語オリジナル版(英語字幕)である。
舞台はアーンドラ・プラデーシュ州。パドマカーント・レッディー州首相、通称PKR(サルヴァダマン・D・バナルジー)が急死し、与党である国民覚醒党(JJP)内では次期州首相選びが本格化していた。ナーラーヤナ・ヴァルマー州内務大臣(ムラリー・シャルマー)は年功序列で自分が州首相になろうとするが、PKRの娘婿であるジャイデーヴ・ダース(サティヤ・デーヴ)がそれを制止する。ジャイデーヴは、ヴァルマー内相と共にムンバイーを訪れ、麻薬密輸マフィアのアブドゥルと交渉し、そのボスのルーカスとも話をして、アーンドラ・プラデーシュ州内に麻薬密造工場を建造することを条件に毎月多額の資金提供を受ける密約を取り交わす。 PKRの娘でジャイデーヴの妻サティヤプリヤー・レッディー・ダース(ナヤンターラー)は、腹違いの兄ブラフマー(チランジーヴィー)を目の敵にしていた。サティヤプリヤーはブラフマーの州首相就任を阻止し、ジャイデーヴを州首相にしようとする。彼女はJJPの党首に選ばれる。 ジャイデーヴの動きを察知したブラフマーは麻薬密造工場の建設を妨害する。ジャイデーヴも、ブラフマーに対して濡れ衣を着せ、彼を牢屋にぶち込む。しかしながら、ブラフマーは牢屋の中から全てをコントロールしていた。ブラフマーはムンバイーに住む相棒マースーム・バーイー(サルマーン・カーン)に連絡を取り、麻薬がアーンドラ・プラデーシュ州に運び込まれるのを妨害させた。 ブラフマーは無罪放免となって娑婆に出て来る。サティヤプリヤーは、ジャイデーヴが妹のジャーンヴィー(タニヤー・ラヴィチャンドラン)を麻薬漬けにしていたことを知り、彼を糾弾する。ジャイデーヴは、ジャーンヴィーを麻薬漬けにしたことに加え、自分がPKRを毒殺したことまで曝露する。そして、ジャーンヴィーを人質に取り、自分を州首相にするように強要する。サティヤプリヤーは、子供の頃から毛嫌いしていたブラフマーに連絡をし、全てを明かす。ブラフマーはサティヤプリヤーに協力することを約束する。 ルーカスとアブドゥルが自らアーンドラ・プラデーシュ州にやって来た。彼らの密会場所にマースーム・バーイーが突撃してきて、ジャイデーヴは追い詰められる。そこにブラフマーも現れるが、彼の顔を見たルーカスとアブドゥルは、彼こそが世界中のマフィアを統轄するゴッドファーザーのアブラーム・クライシーだと見抜く。ジャイデーヴは毒によって自殺する。 サティヤプリヤーはブラフマーを次期州首相に任命しようとし、原稿を用意するが、いざそれを読み上げると、州首相は自分になっていた。ブラフマーはマースーム・バーイーと共にパリに向かっていた。
テルグ語映画を観ていると、時々、昔のヒンディー語映画を観ている気分になる。「Godfather」は、チランジーヴィーとサルマーン・カーンの初共演ということで話題性たっぷりの娯楽映画だが、そのストーリーはかなり散らかっている。チランジーヴィー演じるブラフマーにあらゆるかっこよさを凝縮しているために、その周辺で起こる破綻が放置されているのである。
ブラフマーは偉大な州首相PKRの息子であったが、前妻の子だったために冷遇され、孤児同然の育ち方をした。腹違いの妹サティヤプリヤーもブラフマーを目の敵にしていた。このように育ちに不幸を盛り込み、まずは悲劇のヒーローとしてチランジーヴィーを演出している。
次に、PKRの急死によって、ブラフマーは次期州首相の候補に名前が挙がることになる。だが、ブラフマーに政治的な野心はなく、州民の福祉に人生を捧げた父親の夢の実現をただ求めていた。与党JJPは汚職にまみれていたが、その党内にも良心は残っており、ブラフマーの支持者が少なからずいた。このように、善玉としてのキャラ作りにも余念がない。
それとは対照的にブラフマーには裏の顔もある。彼は人々から信頼される政治家でありながら、裏で違法行為にも従事しており、莫大な資金を密かに蓄えていた。彼はその資金をJJPに供給していた。しかも、映画のエンディングで明かされたところでは、彼は世界中のマフィアのドン、ゴッドファーザーであった。庶民から慕われる政治家でありながらマフィアのドンという極端な二面性を持ったキャラをチランジーヴィーがガッチリと受け止めて作り出されたのがこの「Godfather」なのである。
ヒーローだから何でもありと言ってしまえばそれまでなのだが、この非現実的な主人公を成立させるため、ストーリーではかなり無理をしていた。細部から大まかな流れまで、それらを論理的に解釈しようとしても無駄であり、これはチランジーヴィーが全能の神として君臨するパラレルワールドの物語だと自分に言い聞かせてから見始める必要がある。そうすれば、どんな無茶な展開が来てもすんなりと受け入れられるだろう。
「Godfather」を観ていて不安になったのは、この映画が「目的さえ正しければ何をやってもいい」という価値観を発信しているように思えることだ。かつてマハートマー・ガーンディーは「正しい目的の実行のためには正しい手段と採らなければならない」と語ったが、この映画はそれを全く無視している。ブラフマーは、政治献金を受けた企業の言いなりにならざるを得なかった父親と同じ轍を踏まないため、違法行為であっても貪欲に金を貯め込むようになった。それが高じて彼はゴッドファーザーと呼ばれるマフィアのビッグボスにまで上り詰める。だが、いかに善政を敷くためとはいえ、麻薬密輸で資金を集める政治家をそのままヒーローとして認めてしまっていいのだろうか。あまりに短絡的なストーリーである。
ナヤンターラーのキャラも不完全燃焼気味だった。序盤では、チランジーヴィーと肩を並べるほど強力なキャラに見え、テルグ語映画界でも自立した女性像がもてはやされるようになっているのかと思ったのだが、後半になると急に弱くなり、最後は結局主導権を男性キャラに握られてしまっていた。テルグ語映画はインド映画全体の中でも男尊女卑的な人物設定が依然として多いと感じていたが、この「Godfather」を観てもその印象に変わりはなかった。
サルマーン・カーンは中盤以降の登場になる。出番は多くなかったが、アクションシーンで派手に暴れていた。チランジーヴィーとガッチリ抱き合うシーンもある。エンドクレジット曲「Thaar Maar Thakkar Maar」の歌詞には、「ボリウッド(ヒンディー語映画界)とトリウッド(テルグ語映画界)の融合」というフレーズもあり、これらのスターたちの抱擁はそれ以上の大きな意味を持つ。今後もこのようなスターの相互交流が活発化していけば、インド映画を言語で区別する必要がなくなって行く可能性もある。
意外にダンスシーンは多くなく、まともな群舞は上記の「Thaar Maar Thakkar Maar」と、「Blast Baby」くらいだった。しかも前者はエンドクレジットで流れるボーナス的なダンスシーンであり、劇中に挿入されたダンスシーンは、実質的にはひとつだけだった。ヒンディー語映画界では既にダンスシーンの削減が行われて久しいが、テルグ語映画界でも似た傾向が見られる。
「Godfather」は、テルグ語映画界のメガスター、チランジーヴィーが、ヒンディー語映画界の「3カーン」の一人、サルマーン・カーンと初めて共演した映画である。それだけで観る価値はあるのだが、残念ながらストーリーの方はまとまりに欠く内容になっている。 興行収入は軽々と10億ルピーを突破しており、フロップではないが、期待ほどは伸びなかったようである。内容を見ればさもありなんといった感じだ。