「The Lunchbox」(2013年/邦題:めぐり逢わせのお弁当)は、初老の男やもめと夫の愛情に飢えた人妻の間の、大人のロマンス映画で、日本でも好評を博した。ただ、この映画の最後では、主人公の二人がくっ付いたのかどうなったのか、曖昧にされていて、煙に巻かれた気分にもなった。2022年11月4日からZee5で配信開始された「Tadka…」は、「The Lunchbox」とどことなく似た雰囲気の、大人のロマンス映画であり、最後までしっかり描かれていてすっきりする。
プロデューサーと監督を務めるのは、テルグ語映画を中心にヒンディー語映画でも悪役を演じることが多いプラカーシュ・ラージである。これまでにも南インド諸語の映画はプロデュースや監督をしているが、ヒンディー語映画は初めてだ。
主演はナーナー・パーテーカルとシュリヤー・サラン。他に、タープスィー・パンヌー、アリー・ファザル、ラージェーシュ・シャルマー、リレット・ドゥベー、ムラリー・スィン、イラーヴァティー・ハルシェーなどが出演している。
副題は「Love is cooking」。題名の「Tadka」とは、ヒンディー語の「तड़का」のことだ。油に香辛料の風味を付ける、いわゆるテンパリングという調理法で、これらから分かるように、映画全体に料理が関係している作りになっている。マラヤーラム語映画「Salt N’ Pepper」(2011年)のリメイクである。
舞台はゴア。考古学者のトゥカーラーム(ナーナー・パーテーカル)は子供の頃から天性の舌を持っており、料理にうるさい男性だった。既に中年になっていたが独身で、親友のテーブリー・スィン(ムラリー・シャルマー)や同僚のウルミー(イラーヴァティー・ハルシェー)は彼を早く結婚させようとしていた。年末年始のときにトゥカーラームの甥スィッダールト(アリー・ファザル)が彼の家にやって来て一緒に過ごす。また、お見合いのために訪れた家の料理を食べて気に入り、その家のコック(ラージェーシュ・シャルマー)を引き抜いてくる。 トゥカーラームの携帯電話に見知らぬ女性から電話が掛かってくる。その女性はどこかの屋台の電話番号と勘違いしており、彼にパラーターを注文する。その女性の名前はマドゥラー(シュリヤー・サラン)といった。マドゥラーはゴアのラジオ局でRJをしていた。マドゥラーには彼氏がいなかったが、彼女の大家サマンサ(リレット・ドゥベー)やその娘ニコル(タープスィー・パンヌー)は彼女に恋をするように助言していた。この電話がきっかけでトゥカーラームとマドゥラーは会話をするようになり、お互い気に入るが、顔は合わせていなかった。 とうとう二人はレストランで会うことになる。だが、トゥカーラームは偵察のためにスィッダールトを代わりに行かせ、マドゥラーの代わりにニコルがやはり偵察のために来ていた。スィッダールトは派手な格好をしたニコルを見てトゥカーラームには似合わないと感じ、ニコルはチャラそうなスィッダールトを見てマドゥラーには合わないと判断した。しかし、二人とも失恋したばかりで、お互いを見て、自分には合う相手だと直感していた。こうして、スィッダールトとニコルは勝手にトゥカーラームとマドゥラーの関係を遮断してしまい、代わりに自分たちがデートを重ねるようになる。 その後、トゥカーラームはウルミーから紹介されたプリーティという女性とお見合いするが、マドゥラーのことが忘れられず、会話を続けることができなかった。一方、マドゥラーもトゥカーラームのことを考えており、仕事がおぼつかなくなる。上司からディナーに誘われるが、身体を求められたことで嫌気が指し、レストランを飛び出る。スィッダールトもニコルも、トゥカーラームとマドゥラーの状態を見て罪悪感を感じるようになる。 トゥカーラームは思い切って自らマドゥラーに会うことにし、彼女に電話を掛ける。マドゥラーもトゥカーラームと会うことに同意する。だが、スィッダールトとニコルはそれより先に待ち合わせ場所に行き、落ち合う。そして、お互い偽名を名乗っていたことを明かす。二人とも本物ではなかったことで、二人の関係の障害は急に取り除かれる。一方、トゥカーラームとマドゥラーは遂に顔を合わせ、想像した通りの相手であることを確認し合う。
2022年にOTT配信された映画だが、観ると分かるように、俳優たちが若い。どうやら2016年に撮影された映画のようで、何らかの事情でお蔵入りしていたと思われる。また、タープスィー・パンヌーの声が別人だった。
ナーナー・パーテーカル出演の映画は久しぶりである。ヒンディー語映画界随一の演技派男優として高い評価を受けてきた人物で、2018年まで多くの映画に出演してきた。だが、2018年、ヒンディー語映画界でMeToo運動が吹き荒れたときに、ナーナーもセクハラの告発を受けてキャリアにストップが掛かってしまった。2019年には無罪の判決が出たが、2020年にはインドもコロナ禍に突入してしまったため、ナーナー出演の映画が久しぶりになってしまったというのが背景である。
2016年に撮影したこの「Tadka…」では、ナーナーは中年独身男性の役を演じている。撮影時にも60代半ばだったはずで、中年と呼ぶには年を取り過ぎている。しかも、ナーナーの相手役はシュリヤー・サランだ。撮影時には30代半ばだったと思われるが、映画の中での彼女はおそらく20代の設定だと思われる。そうなると、かなりの年の差カップルということになる。ヒンディー語映画界で年の差カップルを描いた映画というと、アミターブ・バッチャンとタブーをカップリングした「Cheeni Kum」(2007年)が思い付くが、こちらは映画中での年齢差は30歳で、実際の俳優の年齢差もそのくらいであった。
しかしながら、久しぶりに観たナーナー・パーテーカルの演技はやはり絶妙だった。アドリブと思われるようなボヤキが随所に入っていてナーナー節全開であり、彼の作り出したキャラを中心に映画が回っていた。
もちろん、シュリヤー・サラン、タープスィー・パンヌー、アリー・ファザルといった若い俳優たちもそれぞれ存在感を示していた。今でこそタープスィーはヒンディー語映画界を代表する、自立した女優に成長しているが、2016年当時はまだデビュー間もなく、脇役に甘んじていた。
間違い電話から始まる大人のロマンス映画という点では、冒頭にも示した通り、「The Lunchbox」と酷似しているが、2011年のマラヤーラム語映画を原作にしているため、「The Lunchbox」の二番煎じという評は当たらないだろう。顔を合せないまま恋に落ちてしまった男女の恋愛物語におって、最大の山場は初めて顔を合せるシーンだ。「The Lunchbox」でも「Tadka…」でも、顔見せシーンは最大の山場であった。そして、男性側が自分の年齢を改めて自覚し、女性と会うのをためらうという心理状態も似ている。「Tadka…」でユニークだったのは、トゥカーラームとマドゥラーが初めて顔を合せようとしたときに、代理でスィッダールトとニコルが会い、恋に落ちてしまうという下りである。
トゥカーラームは子供の頃から味に敏感という設定で、大人になってからも、味覚を最優先して人を選り好みしていた。それが中年まで独身だった最大の理由でもあった。映画の中でも料理のシーンが多めだ。味覚と胃袋に訴えかけるロマンス映画というのも面白いものだが、「Tadka…」において料理という要素が映画の味に最大限寄与していたかというと、そういうわけでもなかった。もう少し煮込みが必要だったのではないかと思われる。
「Tadka…」は、突如としてZee5で配信開始された、2016年撮影のナーナー・パーテーカル主演映画である。久しぶりにナーナーの絶妙な演技を楽しめるのは貴重であるし、よく悪役で登場するプラカーシュ・ラージが初めてヒンディー語で撮った映画という点にも注目したい。後味のいい大人のロマンス映画に仕上がっているため、「The Lunchbox」のような映画が気に入った層にはおすすめできる映画である。