2022年9月30日公開のタミル語映画「Ponniyin Selvan: Part 1(PS-1)」は、テルグ語の世界的大ヒット映画「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生」や「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の凱旋)」へのレスポンスとしてタミル語映画界が放つ、オーススターキャストの壮大なエピック映画である。二部構成であり、今回公開されたのはその第一部だ。
原作は、タミル語文学作家カルキ・クリシュナムールティ著の同名小説である。9-13世紀にかけて、現在のタミル・ナードゥ州を中心に南インドで権勢を誇ったチョーラ朝の黄金期を作り上げたラージャラージャ1世(在位:985-1014年)を主人公にした歴史小説であり、1950年から54年まで、タミル語の週刊文学雑誌に連載された。タミル人なら知らぬ者がいないほどの有名な小説のようである。
ラージャラージャ1世は、タミル・ナードゥ州の古都タンジャーヴールに巨大なブリハディーシュヴァラ寺院を建造したことで知られている。「Ponniyin Selvan」とは、「ポンニ河の息子」という意味だ。ポンニ河とは一般にカーヴェーリー河として知られる、タミル・ナードゥ州を東西に横断する大河であり、チョーラ朝の首都タンジャーヴールもカーヴェーリー河が形成するデルタ地帯に位置する都市である。伝説によると、ラージャラージャ1世は子供の頃にカーヴェーリー河に落ちたが、河の女神の助けによって助かったとされている。それ故に「ポンニ河の息子」という愛称が付けられた。
監督は、タミル語映画界の至宝マニ・ラトナム。近年、「汎インド映画」という用語がトレンドだが、このような言葉ができる前からマニ・ラトナム監督は南北インドを股に掛けた映画作りをしていた。音楽は、マニ・ラトナムの盟友であるARレヘマーンである。
キャストは、ヴィクラム、アイシュワリヤー・ラーイ、ジャヤム・ラヴィ、カールティ、トリシャー、ジャヤラーム、アイシュワリヤー・ラクシュミー、ソービター・ドゥリパーラー、プラブ、Rサラトクマール、ヴィクラム・プラブ、プラカーシュ・ラージ、ナーサル、レヘマーンなど。また、カマル・ハーサンがナレーションを務めている。
ヴィクラムはタミル語映画界の大スターの一人であり、「Raavan」(2010年)などのヒンディー語映画にも出演経験がある。キャスト一覧からすると彼が主演のように見えるが、題名にもなっている「ポンニ河の息子」アルンモリ・ヴァルマン(後のラージャラージャ1世)役を演じているのはジャヤム・ラヴィである。さらに、物語の進行役になるのは、伝令となってチョーラ朝の領内を往き来するヴァッラヴァライヤン・ヴァンディヤデーヴァンであり、彼を演じているのが、「Kaithi」(2019年/邦題:囚人ディリ)の主演カールティだ。
アイシュワリヤー・ラーイはヒンディー語映画界のスター女優だが、出身はカルナータカ州であり、デビュー当初はタミル語映画に出演していた。あまりにヒンディー語映画界での足跡が大きいため時々忘れてしまうのだが、南インド映画界は彼女の第一の故郷である。マルチヒロイン映画でもあり、ヒロインの中ではアイシュワリヤー・ラーイの名前がトップに来ているが、トリシャーもツートップの一角といっていいぐらい重要な役を演じている。トリシャーはヒンディー語映画「Khatta Meetha」(2010年)に出演したこともあったが、基本的にはタミル語映画界やテルグ語映画界で活躍する女優だ。さらに、アイシュワリヤー・ラクシュミーとソービター・ドゥリパーラーがセカンドヒロインとして出演している。
オリジナルのタミル語版に加え、ヒンディー語版、テルグ語版、カンナダ語版、マラヤーラム語版も同時公開された。公開から間もない10月2日に、名古屋のミッドランドスクエアシネマにて、タミル語版を英語字幕付きで鑑賞した。Space Boxによる自主上映会である。その後、Amazon Prime Videoで配信されていたヒンディー語版を2023年4月16日に鑑賞し、映画の理解を補強した。
時は10世紀。タンジャーヴールを拠点に南インド随一の勢力にまで急成長したチョーラ朝のスンダラ・チョーラ王(プラカーシュ・ラージ)には、3人の子供がいた。長男アーディタ・カリカーラン王子(ヴィクラム)、次男アルンモリ・ヴァルマン王子(ジャヤム・ラヴィ)、そして長女クンダヴァイ姫(トリシャー)である。カーンチーを拠点とするアーディタは、マドゥライを拠点とするパーンディヤ朝の王ヴィーラパーンディヤン王(ナーサル)を殺し、ラーシュトラクータ朝と戦っていた。一方、アルンモリはスリランカに上陸していた。
アーディタは、領内で王朝転覆を狙う怪しい動きがあるとの情報を得て、信頼する友人ヴァンディヤデーヴァン(カールティ)に剣を託し、伝令を頼む。ヴァンディヤデーヴァンはタンジャーヴールに向かう途中で、チョーラ朝の重鎮ペリヤ・パルヴェータライヤル大臣(Rサラトクマール)が、他の将軍たちと共謀し、王位継承者であるアーディタを差し置いて、彼の叔父に当たるマドゥラーンタカン(レヘマーン)を担ぎ上げようと密議している現場を目撃する。また、彼はパルヴェータライヤル大臣の妻ナンディニー(アイシュワリヤー・ラーイ)と会い、彼女から指輪をもらう。
ヴァンディヤデーヴァンはスンダラ・チョーラ王やクンダヴァイ姫に、王国内で謀反の兆しがあることを伝える。クンダヴァイ姫はヴァンディヤデーヴァンをスリランカに派遣し、アルンモリを呼び戻そうとした。また、自らはカーンチーへ赴き、アーディタ王子と会う。
アーディタ王子はナンディニーと幼馴染みであり、かつて恋仲にあった。だが、孤児だったナンディニーはチョーラ王家から好ましく思われておらず、アーディタ王子とは結ばれなかった。彼女はパルヴェータライヤルと結婚したが、それが原因でアーディタはナンディニーに憎悪を抱くようになっていた。一方、ナンディニーは、アーディタに父代わりのヴィーラパーンディヤン王を殺されたことでチョーラ朝への復讐を誓っていた。パルヴェータライヤルを影で動かしていたのは彼女だった。
女船頭プングラリ(アイシュワリヤー・ラクシュミー)の助けを借りてスリランカに上陸したヴァンディヤデーヴァンはアルンモリ王子と出会い、クンダヴァイ姫からのメッセージを伝える。同時に、クンダヴァイ姫の友人ヴァーナティ(ソービター・ドゥリパーラー)からのメッセージも渡す。アルンモリ王子とヴァーナティは恋仲にあった。また、スンダラ・チョーラ王もペリヤ・パルヴェータライヤル大臣の助言に従い、アルンモリ王子をスリランカから呼び戻そうとしていた。
だが、スリランカにはパーンディヤ朝の刺客も上陸していた。襲って来た刺客をアルンモリ王子とヴァンディヤデーヴァンは共にはねのける。一度はピンチに陥ったこともあったが、謎の女性がやって来て助けてくれた。アルンモリ王子は王朝の危機を救うため、船に乗ってインドを目指そうとするが、ヴァンディヤデーヴァンがパーンディヤ朝の刺客に捕まってしまったため、彼を助けようとする。しかし、嵐がやって来て、アルンモリ王子とヴァンディヤデーヴァンは海に沈んでしまう。タンジャーヴールでは、スンダラ・チョーラ王やクンダヴァイ姫にアルンモリ王子の死が伝えられ、衝撃が広がる。
3時間近くある大作だが、圧倒的な映像と音響が怒濤の如く映画館を呑み込み続け、酔ったような状態になり、長さを全く感じないほどスクリーンに釘付けになる。IMAX版も作られていることからも、映像と音楽に特に力の入った映画であることが分かる。
「Baahubali」シリーズの影響があるのは必然だと思われるが、宮廷内での権謀術数渦巻く人間模様などはそれよりもむしろ、HBOのTVドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」(2011-19年)を想起させるものがあった。とはいっても、始終ダークでシリアスな雰囲気に落とし込まないのがインド映画らしいところで、特に物語の進行役となるヴァンディヤデーヴァンが陽気なプレイボーイであり、彼の視点から、史実と空想の入り交じった、明るい古代インド世界が映し出されている。また、人気小説を原作にしているだけあって、映画に描かれていない範囲にまで世界観が緻密に広がっている奥の深さが感じられた。
しかし、名前が覚えられない!ただでさえ南インド人の名前は長くて覚えきれないのだが、時代考証上、英語のイニシャルなどで名前を簡潔に表すこともできず、登場人物の名前はかなり長いものがそのまま使われている。アルンモリ王子の別名が「ポンニイン・セルヴァン」だったりして、複数の名前を持つ登場人物もいる。よって、たとえ英語字幕を使って視覚的に理解しようとしても、いまいち頭に入って来ない。まるで知能テストをされているようだ。さらに、このような叙事詩的映画の常として、登場人物の数が多い。人間関係もかなり複雑だ。名前の覚えにくさと登場人物の多さ、そして人間関係の複雑さにより、かなり集中して映画を観るか、もしくは何度も見返さないと、ストーリーを見失ってしまう。
ただ、おそらくメインのターゲットであるタミル人観客は、「Ponniyin Selvan」の小説で各キャラクターに馴染んでいるはずであり、最初からそのハードルは越えていそうだ。その一方で、日本人観客にとっては、まずチョーラ朝、パーンディヤ朝、ラーシュトラクータ朝など、南インドで覇権を争った王朝のおさらいから始めなければならず、ハードルは決して低くない映画である。
原作は未読であるし、まだ第一部が公開されただけなので、ストーリーに関しての総括的な評価はできない。しかしながら、このような時代劇映画にしては異例といえるほど、女性キャラが立っていた点は興味深かった。確かに「Baahubali」シリーズでも女性キャラの活躍場面は少なくなかったし、国母シヴァガミのインパクトは大きかったが、それでも一番スポットライトが当たるのはやっぱり主演プラバースの演じるバーフバリであった。しかし、「Ponniyin Selvan」は、少なくとも第1部では、題名にもなっているアルンモリ王子を含め、絶対的な主役がおらず、その分、ナンディニー、クンダヴァイ姫、プングラリ、そしてヴァーナティといった女性キャラの出番が多かった。しかも、ナンディニーとクンダヴァイ姫の間には、単なるキャットファイトではない、複雑な火花が散っていた。そして、ナンディニーは夫のパルヴェータライヤルを操作し、クンダヴァイ姫は病身のスンダラ・チョーラ王に代わって実権を握っていた。この二人の女性は頭脳戦で相手を出し抜こうとする。男性のドラマである以上に、女性のドラマであった。
第一部の物語を理解する上で、それより前の時間軸で起こった重要な事件が2つある。ひとつは、王位継承の順位が曖昧になっていることである。現在の王スンダラ・チョーラの父親は実は祖父の次男であり、傍系であった。だが、直系の甥マドゥラーンタカンがまだ幼かったため、彼が一時的に王位に就いたのだった。しかし、マドゥラーンタカンが成長した後もスンダラ・チョーラ王は王統を直系に戻そうとせず、自分の長男アーディタ王子を跡継ぎにしようとしていた。そのため、マドゥラーンタカンを担ごうとする者が現れたのだった。
もうひとつは、アーディタ王子とナンディニーの恋愛である。アーディタはチョーラ朝の王子であったが、ナンディニーは孤児であった。王家は二人の仲を認めなかったが、特にアーディタ王子の妹クンダヴァイ姫がナンディニーの美貌に嫉妬しており、彼女を追い出したのだった。アーディタ王子はそれを根に持っていたし、今でもナンディニーへの未練に悩まされ、それを忘れるために修羅の如くひたすら戦争に没頭していた。パーンディヤ朝のヴィーラパーンディヤン王を惨殺したのも、彼のそばにナンディニーがいたからであったし、彼女と結婚したパルヴェータライヤル大臣に嫉妬していた。そして何より、愛情の裏返しとして、ナンディニーに憎悪の炎を燃やしていた。ただ、ナンディニーの方もアーディタ王子に復讐するために策謀を巡らせていた。なぜなら彼女は行き場をなくした自分を庇護してくれたヴィーラパーンディヤン王を慕っていたからだ。父同然の存在であるヴィーラパーンディヤン王を殺したアーディタを憎むナンディニーは、チョーラ朝を破滅に追い込むことを人生の目的としていたのである。
劇中には何度か戦争シーンがあり、迫力のある戦いが繰り広げられる。陸戦のみならず海戦もあり、インド映画としては珍しい。アクションシーンでの俳優たちの身のこなしは、一応地に足の着いたもので、「Baahubali」シリーズのようなファンタジー要素の強いアクションはない。派手さには欠けるが、一応、歴史小説が原作とはいえ実在する歴史上の人物の物語なので、現実離れしたスーパーヒーロー化することは敢えてしなかったようだ。
マニ・ラトナム映画といえば、音楽にも定評がある。ARレヘマーン作曲の音楽は、迫力があったものの、過去の彼の曲の延長線上にあり、目新しさは感じなかった。むしろダンスの方に目を引くものがあり、歴史映画ながら、目一杯ダンスシーンを差し挟み、派手な演出をしていた。
インド各地でロケが行われている。特定できた場所は、マディヤ・プラデーシュ州のマヘーシュワルとグワーリヤルぐらいだ。スリランカ上陸のシーンは、やたら美しいビーチで撮影されていたが、どうやらロケ地はタイのようだ。
「Ponniyin Selvan: Part 1」は、巨匠マニ・ラトナム監督が、タミル語の人気歴史小説を原作にし、オールスターキャストで作り上げた、壮大なエピック映画である。興行的にも大ヒットしており、批評家からの評価も高い。第2部は2023年公開予定だ。