Bombay to Bangkok

1.0
Bombay to Bangkok
「Bombay to Bangkok」

 1972年に「Bombay to Goa」という映画が公開され、ヒットしたことがあった。きっとその映画をリアルタイムで見た世代が現在制作側に回っているのだろう。同様のタイトルの映画が最近いくつか現れた。例えば1997年に「Bombay to Nagoya」という名古屋ロケのインド映画が公開されたが、それは一例である。2007年には「Bombay to Goa」のパロディー、「Bombay to Goaa」が公開された。そして2008年1月11日、タイのバンコクを舞台にした「Bombay to Bangkok」が封切られた。監督は「Iqbal」(2005年)や「Dor」(2006年)のナーゲーシュ・ククヌール。ヒンディー語映画界では高く評価されているものの、僕は個人的に認めていない映画監督である。だが、いつか彼の映画の良さが分かるのではないかと期待して、ククヌール映画を見続けている。

監督:ナーゲーシュ・ククヌール
制作:イラーヒー・ヒプトゥーラー、ラーフル・プリー
音楽:サリーム・スライマーン
作詞:ミール・アリー・フサイン
衣装:アパルナー・シャー
出演:シュレーヤス・タルパデー、レナ・クリステンセン、ヴィジャイ・マウリヤ、マンミート・スィン、ジェネヴァ・タルワール、ヤティーン・カリエーカル、ナスィールッディーン・シャー
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 ムンバイーで料理人をしていたシャンカル(ナーゲーシュ・ククヌール)は、マフィアのドン(ナスィールッディーン・シャー)の息子ジャムK(ヴィジャイ・マウリヤ)が忘れていったポーチの中に大金が入っているのを見つけ、横領する。すぐにそれはマフィアに知れ渡り、シャンカルは追われる身となる。シャンカルはドバイに高飛びしようとしたが、ジャムKたちが既に空港を張っており、飛行機に乗れなくなる。逃げ込んだ先は空港の倉庫であった。そこでは、インド人医療団がチャーター機でタイへ医療ボランティアのために旅立とうとしていた。シャンカルは医師の一人になりすまして医療団に紛れ込み、そのままタイへ行く。

 医療団は、バンコクから数百キロ離れた田舎の村で医療キャンプを設営した。通訳兼ガイドは、ラッシュ(マンミート・スィン)というスィク教徒であった。シャンカルはなぜか泌尿器科の医師になっており、村人たちにバイアグラを配って好評を博す。

 シャンカルは、ラッシュに連れられて行ったマッサージパーラーで、ジャスミン(レナ・クリステンセン)というタイ人女性と出会う。シャンカルはジャスミンを指名するが、緊張の余り逃げ出してしまう。だが、ジャスミンは医療キャンプでもボランティアの仕事をしていた。しかも、彼女はマッサージパーラーでの仕事に何の引け目も感じていなかった。文化の違いに戸惑いながらも、シャンカルはジャスミンに惹かれる。

 シャンカルはムンバイーの空港で、ジャムKから盗んだポーチを医療品が入ったダンボールの中に入れていた。だが、キャンプに届いたダンボールの中にポーチは見つからなかった。そこでシャンカルはリーダーのコッルーリー(ヤティーン・カリエーカル)に聞いてみる。コッルーリーは、医療品の半分はバンコクに置いたままであることを教える。

 シャンカルはジャスミンと一緒にバンコクへ行くことを決める。そのときジャムKがキャンプまで追って来ていたが、それを振り切ってスクーターでバンコクを目指す。また、ジャムKは精神科の女医ラティ(ジェネヴァ・タルワール)に捕まり、被験者にされてしまう。だが、ジャムKとラティは心を通わすようになる。

 バンコクに着いたシャンカルは、遂にポーチを手にする。だが、ジャムKも追い付いていた。仕方なくシャンカルはポーチを差し出すが、ジャムKが追っていたのは金ではなく、一緒に入っていたバラの押し花であった。

 シャンカルはそのままドバイへ行こうとしていた。だが、シャンカルのことを好きになっていたジャスミンは、シャンカルに騙されていたことに気付く。ジャスミンはシャンカルの頬を叩き、そのまま去って行ってしまう。シャンカルも、ジャスミンの本当の気持ちを知り、ドバイ行きをやめて医療キャンプへ向かう。

 だが、医療キャンプには警察が来ており、ジャスミンは逮捕されてしまう。医療キャンプから医療品が盗難され、その容疑がシャンカルとジャスミンにかけられていたのだった。シャンカルは最初、医療品の管理者だったラティを疑うが、ラティは全く関与していなかった。残るはコッルーリーしかいなかった。シャンカルはコッルーリーを密かに尾行し、医療品を現地のマフィアに受け渡すところを目撃する。シャンカルはコッルーリーを倒し、警察に突き出す。また、ジャスミンを刑務所から解放する。だが、ジャスミンの怒りは冷めていなかった。

 シャンカルは、恋人のラティを迎えに来たジャムKから助言され、マッサージパーラーへ行ってジャスミンに愛の告白をする。最初は受け入れなかったジャスミンも、最後には彼の気持ちを受け入れる。

 こうしてシャンカルは、ジャスミンと結婚し、タイの田舎でレストランを開いて幸せに暮らした。ジャムKもラティと結婚し、バンコクに落ち着いた。

 やはりナーゲーシュ・ククヌールは駄目だ。インド映画の文法を理解していない。観客の感情を自在に操る能力に欠けている。しかも下手に奇をてらったテーマに手を出す。よって、娯楽映画としても、社会派映画としても、破綻した内容となってしまっている。前作「Dor」もその傾向が見られたが、「Bombay to Bangkok」ではそれがより加速していた。「Dor」は批評家受けが良かったので救われたが、本作は完全なる失敗作の烙印を押されるだろう。

 タイは、距離的にも経済的にも文化的にも、インドから最も近い国のひとつであり、近年多くのインド人がタイへ旅行している。それを反映するように、タイでロケされたインド映画もここ数年で急増した。その先駆けは「Company」(2002年)だったと思うが、その後、「Murder」(2004年)、「Ek Ajnabee」(2005年)、「Zinda」(2006年)など、多くのインド映画がタイ、特にバンコクを舞台にしている。よって、映画の大半がタイで撮影された「Bombay to Bangkok」に特に目新しいものはない。ただ、題名はバンコクが舞台になっていることを想像させるが、実際にはタイの片田舎がメインである。

 この映画にもし何かインド社会に向けたメッセージが込められていたとしたら、それは売春婦に対する古い考え方への疑問であった。ヒロインのジャスミンは、昼は医療キャンプでボランティアをし、夜はマッサージパーラーで身体を売って生計を立てている。インドからやって来た主人公シャンカルにとって、売春婦は売春婦、ボランティアはボランティアであり、一人の人間がそれらの仕事を同時にしていることが理解できない。だが、ガイドのラッシュは言う。「タイの女性はとても働き者なんだ。」どうもインド人観客はそれをギャグと捉えていたようだが、エンディングでシャンカルとジャスミンの結婚を見せているのを見ると、ククヌール監督のフォーカスは正にこの点にあると言える。売春婦を無条件で見下すのは古い価値観だとの主張があった。同様の主張は「Laaga Chunari Mein Daag」(2007年)でも見られたが、「Bombay to Bangkok」はタイを舞台にしているため、文化の違いということで片付けられてしまう可能性が高く、もしそれが監督の主張だとしても、説得力は乏しかった。

 脚本も弱かった。シャンカルがなぜ大金の入ったポーチをダンボールに隠したのかがそもそも謎だし、ジャムKがポーチの中に入っていたバラの押し花を追っていた理由も不透明だった。その他にも詰めの甘い設定や展開が目立ち、映画への感情移入の妨げとなっていた。

 タイを舞台にしているだけあり、タイ語の台詞がかなりの部分を占めた。字幕などは一切なし。逆に、シャンカルとジャスミンの間のミスコミュニケーションが映画のひとつの醍醐味となっていた。タイ語の丁寧な言い方では、文末が男性は「カッ(プ)」、女性は「カー」になるが、それもネタとして使われていた。ただ、あまり説明がなかったので、タイ語を知らない人には何が何だか分からないだろう。また、タイ人がよく使う英語「Same Same」がそのまま映画の副題「Same Same But Different」や挿入歌のサビになっていたりして面白かった。さらに、「愛してる(女性から男性)」を意味するタイ語「チャン・ラック・クン」が映画の重要なキーワードとなっていた。ヒンディー語とタイ語のコラボレーションという意味では、「Bombay to Bangkok」ほど踏み込んだ作品はインドには他にない。どうもナーゲーシュ・ククヌール監督自身が大のタイ好きのようだ。

 ククヌール監督はシュレーヤス・タルパデーを気に入っているようで、「Iqbal」、「Dor」、「Bombay to Bangkok」と、3作連続で彼を起用している。決してハンサムとは言えないが、個性と演技力のある男優である。ヒロインはタイ人モデルのレナ・クリステンセン。ハリウッド映画「The Tesseract」(2003年)にも出演している。どうやらククヌール監督の好みのようだが、インド人一般の目に美人と映るかは大いに疑問である。ただ、彼女はヒンディー語映画を観て育って来たようで、本作への出演を喜んでいる。あまり実態を知らないのだが、タイでもインド映画は人気のようだ。映画中でも、インド人を見た途端にアミターブ・バッチャンやアイシュワリヤー・ラーイの名を出して語り出すタイ人が出て来た。

 特別出演のナスィールッディーン・シャーを除けば、脇役陣は初見の人ばかりだった。ジャムKを演じたヴィジャイ・マウリヤはなかなかぶっ飛んでおり、もしかしたらこれから出演機会が増えるかもしれない。

 音楽はサリーム・スライマーン。インドとタイの友好ソングとも言える「Same Same But Different」が秀逸だが、それ以外は特に大したことはない。そういえば「Iqbal」のヒット曲「Aashayein」が途中で一瞬だけ挿入される。初体験後の気持ちを代弁するために・・・。

 「Bombay to Bangkok」は、映画としては完成度の高い作品ではなかった。だが、「インドから見たタイ」という観点ではなかなか面白い。