2022年7月15日公開の「HIT: The First Case」は、全く同名のテルグ語映画(2000年)のヒンディー語リメイクである。オリジナルを監督したサイレーシュ・コーラーヌがヒンディー語版も監督をしている。題名の「HIT」とは、英語の動詞「hit」も掛けてあるとは思うが、表向きは警察官である主人公が所属する「Homicide Investigation Team(殺人捜査課)」の頭文字である。
主演はラージクマール・ラーオ。ヒロインはサーニヤー・マロートラー。他に、シルパー・シュクラー、ダリープ・ターヒル、サンジャイ・ナルヴェーカル、ミリンド・グナージー、ジャティン・ゴースワーミー、アキル・アイヤル、ローズ・カーン、ラヴィラージ、アパルナー・バージペーイー、ナヴェークシャーなどが出演している。
テルグ語版とはキャストはほぼ総入れ替えされているが、事件の真相に近付くためのキーパーソンとなったファハード役を演じたラヴィラージだけは共通している。
舞台はラージャスターン州ジャイプル。殺人捜査課のヴィクラム・ジャイスィン(ラージクマール・ラーオ)は優秀な警察官だったが、過去にトラウマを抱えており、精神科医に掛かっていた。ヴィクラムは、同じ課で働くネーハー(サーニヤー・マロートラー)と付き合っていたが、彼女にも過去のトラウマを全て明かしていなかった。 ヴィクラムはトラウマを和らげるため、長期休暇を取り、故郷に戻っていた。その間に2つの事件が起きる。まず、プリーティ(ローズ・カーン)という女性が行方不明になり、次にネーハーが姿を消した。ヴィクラムはジャイプルに戻り、ネーハーの行方不明事件の担当を願い出るが、彼のライバルであるアクシャイ(ジャティン・ゴースワーミー)が担当しており、離さなかった。そこでヴィクラムは、ネーハーの事件と関連性があると思われるプリーティの行方不明事件を捜査することになる。 ヴィクラムは、相棒のローヒト(アキル・アイヤル)と共にプリーティの事件に関連する人々に聞き取り調査を行う。プリーティは高速道路に自動車を置いて消えたが、その様子を最後に見たのが警察官イブラーヒーム(ミリンド・グナージー)であった。また、プリーティの隣人で親しかったシーラー(シルパー・シュクラー)、プリーティが通う大学の友人たちなどからも話を聞く。さらに、プリーティは実は孤児であることが分かり、孤児院の院長サラスワティーからも幼少時の様子を聞く。だが、いまいち決定打が見つからなかった。 そうこうしている内に、犯人からの犯行声明と思われる手紙が届き、事態は急展開する。それを書いたのがシーラーであることが分かり、彼女は逮捕され、尋問を受ける。また、その手紙で示されていた場所から遺体が見つかり、それはプリーティのものであることが発覚する。遺体からは、シーラーやサラスワティーなど、多数のDNAが見つかる。 ただ、ヴィクラムは高速道路の監視カメラを分析することで、イブラーヒームが利用していたメカニック、ファハード(ラヴィラージ)が事件に関与していることに気付く。ファハードを家を訪れるとヴィクラムは銃撃を受ける。イブラーヒームは死んでしまうが、ヴィクラムは彼を捕まえることに成功する。ファハードから、彼の仕事を与えた張本人の家を聞き出す。 その家に潜入すると、ヴィクラムはローヒトと出会う。実は黒幕はローヒトであった。ローヒトが銃を取りだしたため、ヴィクラムは彼を射殺する。彼の家からはネーハーが無事に見つかる。ヴィクラムは、ローヒトの妻サプナー(ナヴェークシャー)に話を聞く。 実はサプナーとプリーティは同じ孤児院で生まれ育った大の仲良しだった。サプナーはプリーティに恋愛感情を抱いていたが、プリーティは養女になって去っていった。最近、サプナーはプリーティと再会するが、プリーティはサプナーに恋愛感情を全く抱いていなかった。そこでサプナーはプリーティを誘拐するが、誤って彼女を殺してしまう。夫のローヒトはサプナーを救うため、証拠を捏造したり錯乱したりして、事件の進展を妨害していたのだった。また、事件を担当していたネーハーが真相に近付いたため、ローヒトは彼女を誘拐したのだった。ただ、ローヒトはいつかヴィクラムに真相が知られると思っており、そのときはヴィクラムに撃たれて死のうと考えていたのだった。
主人公のヴィクラムは、僅かな証拠から推理して事件を解決することに長けた敏腕警察官である。彼の管轄するエリアで、女性が行方不明になるという事件が2つ相次ぎ、それらを軸に進む犯罪サスペンス映画であった。全く関係ないように見える2つの事件だが、それらは密接に関与している。また、その内の一人、ネーハーはヴィクラムの恋人であり、彼にとっては非常に個人的な事件でもあった。さらに、ヴィクラムには過去のトラウマがあり、火を見ると足がすくむなどの弱点があった。このような要素を絡ませながら、単調にならないように物語を進めていた。
このようなサスペンス映画では、真犯人を意外性のある人物に設定するのは常套手段だ。例えば直属の上司であったり、同僚だったりする。そのパターンが多すぎて、逆に意外性がなくなっているというところもある。「HIT: The First Case」も多分に漏れずそのパターンの映画であり、ヴィクラムの相棒ローヒトが真犯人であった。ローヒトは、自分が犯した犯罪に対する捜査の最前線にいるという絶対的に有利な立場を利用して、ヴィクラムの捜査を攪乱するように証拠を捏造したり隠滅したりしていた。そのため、ヴィクラムはなかなか真犯人に近づけなかった。
それでも、たとえ有利な立場にいても、犯罪を犯していない人物を犯人にでっち上げるために、後付けで証拠を捏造していくのは至難の業だ。事件に少しでも関わりのある人物をひとまとめにして真犯人に仕立てあげようとしたため、あまりに真犯人の候補者が増えてしまう。彼らが徒党を組んで犯罪を犯したと考えるのもさすがに無理がある。これは「策士策に溺れる」という諺通りであろう。結局、ヴィクラムは別方面から独自に犯人を割り出し、とうとうローヒトにまで辿り着く。
近年、インドでもLGBTQが話題になっており、映画のプロットにも同性愛などを組み込むことが増えてきた。「HIT」の犯行にも同性愛が関わっている。通常なら、男女の恋愛のもつれなどが犯行の動機になるが、それだとあまりに普通すぎるため、それを同性愛者の恋愛のもつれに置き換え、観客に筋を先読みされにくくする工夫がされることがチラホラ出て来た。だが、この傾向がさらに続くと、この意外性もだいぶ薄まってしまうだろう。
ヒンディー語映画界でトップクラスの演技力を誇るラージクマール・ラーオが主演であり、また、「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)で注目を集めたサーニヤー・マロートラーがヒロインを務めていることもあって、演技面にパワーのある映画であった。他にも、「Chak De! India」(2007年)のシルパー・シュクラー、「Devdas」(2002年)の悪役ミリンド・グナージーなどの好演が光った。
「HIT: The First Case」は、同名テルグ語映画のリメイクであり、オリジナルを撮った監督がヒンディー語版も撮っている。南インド映画をそのままヒンディー語リメイクすると、文化の違いがあって、不協和音が生まれることが多いのだが、この映画に関しては元々シナリオ重視の映画だったこともあったのだろう、全く違和感がなかった。とても重厚な映画に仕上がっていた。また、題名が示唆する通り、これは第一部であり、今後「HIT: The Second Case」の公開が予定されている。主演ラージクマール・ラーオにとって看板映画シリーズになっていくだろうか。