中央と州

 インドというと「ラージャー(王)」「マハーラージャー(大王)」の国というイメージがあるかもしれないが、独立インドにおいて君主制は廃止され、それらの称号や特権も1971年に完全に消滅した。現代のインドは、国民に主権がある民主主義(Democracy)かつ、国民の中から国の指導者が選ばれる共和制(Republic)を採っている。世界最大の人口を擁する中華人民共和国は一般に民主主義国家とは認められていないことから、世界第二位の人口を誇るインドが「世界最大の民主主義国」を標榜している。

 インドは多数の州から形成される連邦主義(Federalism)の国家でもある。州政府には強い権限が与えられており、政治は中央政府と州政府に大きく分かれる。ヒンディー語映画を理解する上で、インドにおける中央と州の関係性を理解しておいて損はないだろう。

中央政府

 インド全土の政治を司るのが中央政府であり、首都のニューデリーに政庁などが置かれている。中央政府は英語では「Indian Government」、「Central Government」、「Union Government」、または単に「Centre」などと呼ばれる。

 国家元首は大統領(President)であるが、実権はほとんど持っておらず、象徴に近い。実権を持っているのは首相(Prime Minister/PM)である。大統領は「Rashtrapati」、首相は「Pradhan Mantri」とも呼ばれる。

 大統領は大統領選挙によって選ばれる。投票権を持っているのは、中央政府と州政府などの議員たちである。大統領の任期は5年である。多くの場合、与党の息の掛かった人間が大統領に選ばれる。実権を持たないため、女性、元不可触民、部族など、社会的な弱者が候補者として擁立される例が目立つ。毎年1月26日の共和国記念日に大統領はニューデリーにて国民に向けてスピーチを行う。

 一方、首相は、下院で与党になった政党の国会議員から選出されることが多い。首相の任期は5年である。首相は各種の大臣を任命して組閣し、国政を執り行う。首相は下院の解散権を持っている。毎年8月15日の独立記念日に首相はニューデリーのラール・キラーで国民に向けてスピーチを行う。

 大統領は、ニューデリーの中心部にある壮大な大統領官邸(Rashtrapati Bhavan)に住んでいる。一般人の入場はできないが、毎年2月頃に、大統領官邸の庭園であるムガル・ガーデンが一般開放される。首相官邸はデリー・レース・クラブの近く、レース・コース・ロード(現在はローク・カリヤーン・マールグに改称)上にあり、その住所から「Race Course Road」と呼ばれることもある。セキュリティー上の理由から、Google Mapでは詳細が記載されていない。

大統領官邸
©Matthew T Rader

 ヒンディー語映画には時々首相が登場する。その時代の首相を模したようなキャラになることが多い。例えば、インディラー・ガーンディー首相の時代なら女性が、マンモーハン・スィン首相の時代ならスィク教徒が、映画中に首相として登場する例が多い。

 それとは対照的に、ヒンディー語映画に大統領が登場することはとても少ない。その中でも、実名での言及が目立つのが、ミサイル技術の確立に貢献した科学者APJアブドゥル・カラーム(在位:2002-07年)である。国民的英雄であるカラーム大統領にインスパイアされた少年が主人公の「I Am Kalam」(2011年)という映画まで作られている。

国会

 インドの国会は二院制を採用しており、上院と下院に分かれている。上院は「Rajya Sabha」と呼ばれ、下院は「Lok Sabha」と呼ばれる。前者は「州の集会」、後者は「国民の集会」という意味である。国会議事堂は首都のニューデリーに位置している。「Parliament House」もしくは「Sansad Bhavan」と呼ばれている。

国会議事堂
©Nikhil B

 上院の定員は245名で、その内の233名は各州の州議会議員によって選出され、残りの12名は大統領によって任命される。任期は6年で、2年ごとに1/3の議員が改選される。日本の参議院に機能が似ている。

 下院の定員は543名で、全員が有権者による投票によって選出される。任期は5年だが、解散がある。日本の衆議院に機能が似ており、上院に対して下院に優越的な権限が付与されている。

 インドには、上院・下院合わせて最大888名の国会議員がいることになる。インドの国会議員は「Member of Parliament」と呼ばれ、「MP」の略称で呼ばれることも多い。また、州議会議員を含め、議員全般を呼ぶ用語として、「Neta」、「Leader」などの独特な言い回しがある。

 インドの国会ではウェストミンスター制度が採られており、何らかの政党または連立政党が下院で過半数を保持し、政権運営に責任を持つことが必須になっている。下院選挙後、与党を目指す政党または連立政党のトップは、過半数の証明(Floor Test)によって自分を支持する下院議員が過半数いることを証明しなければならない。どの政党または連立政党も過半数に達しない状態を「Hung」と呼び、中立政党や無所属の議員などから閣外協力を得て数合わせをする必要がある。政権の任期中に、政策の対立などによって、連立の解消や閣外協力の撤回などが起こることもあり、その際は再び過半数の証明を行わなければならず、それに失敗すると政権は瓦解する。

州政府

 インドは州と連邦直轄地という行政単位に分かれている。強い自治権を持っているのは州(State)の方である。連邦直轄地(Union Territory/UT)はそれぞれ状況が異なるため、ここでは州についてのみ解説する。

 各州には州政府が存在する。英語では「State Government」になるが、特定の州の名前と共に呼ばれることがほとんどだ。例えば、「Uttar Pradesh Government」、「Maharashtra Government」などである。

 州政府のトップには州知事(Governor)と州首相(Chief Minister)がいる。州知事と州首相の関係は、大統領と首相の関係に似ている。州知事は平時は象徴であり、実権は州首相が握っている。州知事は「Rajyapal」、州首相は「Mukhya Mantri」とも呼ばれる。

 州知事は大統領によって任命される。だが、実質的には首相によって人事が決められているため、中央政府の与党に近い人間が各州に派遣されることになる。任期は5年である。

 一方、州首相は州議会の与党によって選出される。任期は5年である。略称の「CM」で呼ばれることも多い。州首相は各種の大臣を任命して組閣を行う。

 中央政府と州政府で同じ名前の大臣が存在することもあるので注意が必要である。例えば、内務大臣(Home Minister)」は中央政府にも州政府にも置かれることが大半だ。中央政府の大臣は「Union Minister」と区別して呼ばれることもある。ただし、中央政府に「Minister of State」という用語があるが、これは「副大臣」の扱いであって、州政府の大臣を意味しない。

 中央政府の与党と州政府の与党が対立関係にあると、中央政府の与党によって送り込まれた州知事と、現地で選出された州首相の関係が緊張することも少なくない。

 ヒンディー語映画が政治を扱うことは少なくないが、中央政府の政治を扱うとスケールが大きくなり過ぎるためか、州政府の政治に特化していることが多い。例えばムンバイーが舞台の映画では、マハーラーシュトラ州の政治が扱われることが多い。当然、州政府のトップは州首相となる。

州議会

 各州には州議会があり、州議会議員は選挙によって選出される。州議会の構成と定員は州によって様々である。マハーラーシュトラ州とビハール州を含むいくつかの州では二院制を採っているが、それ以外の州では一院制を採っているなど、州によってかなり違いがある。州議会議員の任期は一律に5年である。

 州議会は英語で「State Legislative Assembly」または「Vidhan Sabha」と呼ばれている。二院制を採っている州では、「State Legislative Assembly」が下院扱いであり、上院は「State Assembly Council」または「Vidhan Parishad」と呼ばれる。

 州議会議員は「Member of Legislative Assembly」、もしくは略称の「MLA」と呼ばれる。「State Legislative Assembly」の議員は「Member of Legislative Council(MLC)」と呼ばれる。

 州議会も国会と同じくウェストミンスター制度を採っており、何らかの政党もしくは連立政党が過半数を保持することが求められている。州議会が「Hung」の状態に陥った場合、州知事は「大統領直轄(Presidential Rule)」を発令することができる。その場合、州政府の実権は州知事が握ることになり、州議会で何らかの政党もしくは連立政党が過半数を証明できるまで州政府の運営を行うことになる。選挙のやり直しが行われることもある。

中央捜査局

 中央と州の関係において、ヒンディー語映画でよく出て来るのが、中央捜査局である。英語では「Central Bureau of Investigation」、略称は「CBI」だ。

 CBIは、その名の通り、中央政府の行政組織であり、州警察の手に負えない事件の捜査を担当することになる。政治家が事件に絡み、特定の州の行政組織の中では公平な捜査ができないと判断された場合も、CBIの出番になることが多い。

 CBIはインドの警察組織の中でもエリート中のエリートである。CBIが出動すると州警察は事件の担当から外され、領域を侵された気分になるため、州警察にとってCBIは厄介な存在でもあるようだ。

その他

 それ以外にも、組織名に「Central」が付く組織は中央政府の管轄下にあることを示している。例えば「CRPF」は「Central Reserve Police Force」の略で、「中央予備警察部隊」などと訳せるが、これは中央政府の内務省の下にある公安組織である。「CBFC」は「Central Board of Film Certification」の略で、「中央映画検定局」などと訳せるが、これは映画の認証を業務とする映倫のような組織であり、やはり中央政府の情報放送省の下にある。

 「Central」以外には、「National」や「~of India」が付く組織も中央政府の管轄下にあることを示している。例えば、「National Film Development Corporation/NFDC」は、中央政府の情報放送省の下にあり、良質な映画の振興を行う組織であり、「国家映画開発公社」などと訳されている。また、「Reserve Bank of India/RBI」は、中央政府の財務省下にある中央銀行で、「インド準備銀行」などと訳されている。