「メーラー」と聞くと、子供の頃の楽しい思い出が浮かんで来るインド人は多いようだ。英語では「Mela」、ヒンディー語では「मेला」と書く。「メーラー」を一言で説明するのは難しいのだが、日本でいう「夜店」や「縁日」に近い行事である。菓子や軽食を売ったり射的などのゲームを出したりする屋台の他に、観覧車や海賊船などの仮設遊具や手品ショーなどのテントが並ぶ「移動遊園地」でもある。ちなみに、ここでは、12年に1回開催されるヒンドゥー教の大祭「कुंभमेला」は除外する。
長らくデリーに住んでいた者としては、「メーラー」と聞いて思い浮かべるのは主に2つだ。
ひとつは、ナヴラートリからダシャハラー祭の時期にオールドデリーの広場などで開催されるメーラーである。「ラームリーラー」と呼ばれる野外劇が上演される会場に隣接して、遊具や屋台が所狭しと並び、夕方になると地域の人々が集まってきて、買い物をしたり遊具に乗ったりして遊ぶ。まるでパチンコ屋のような派手な照明でライトアップされており、騒々しくも楽しそうな音が響いてきて、近くに行くとついつい吸い込まれてしまう。かなり大規模な遊具もあるが、全て組み立て式であり、メーラーが終わると解体され、跡形もなくなる。
もうひとつは、ハリヤーナー州スーラジクンドで開催されるスーラジクンド・メーラーだ。こちらは観光と産業の促進のために現代になって開始された、農村をイメージしたモダンなメーラーである。各州の特産品などを売る屋台が並び、舞踊や大道芸などを披露する芸人たちが集う。訪問者は、ある程度経済力のある人々になる。こちらもとても楽しいイベントである。
もちろん、メーラーはデリーのみならず、インドの至る所で開かれる。むしろ、娯楽の少ない農村部でより盛んに行われているのではないかと思われる。ナヴラートリなど、特定の祭礼に合わせて開催されることがほとんどである。
メーラーはインド映画にもよく登場する。メーラーは近隣の人々が集う場であり、男女の出会いの場として設定されることも多い。例えば、「Badlapur」(2015年)では、年1回開かれるメーラーでのみ出会うことのできる女性に恋に落ちた青年が主人公の物語である。同映画の挿入歌「Jhinka Chika」では、背景としてメーラーの様子を垣間見ることができる。
ヒンディー語映画ではかつて、メーラーで子供が行方不明になるというプロットが好んで多用された時期があった。メーラーには多くの人々が集まり、子供たちも遊びに熱中するため、家族と離れ離れになって迷子になったり、何者かに誘拐されたりする事件も発生しやすい。だが、CCTVやGPSなどの技術が普及した現代では、そのような事件を映画のストーリーに組み込むことは非現実的になってしまった。
個人的にメーラーの目玉だと考えているのは、「मौत का कुआँ」および「Maut Ka Kuan」、つまり「死の井戸」と呼ばれるアトラクションである。井戸を思わせる円筒状の会場の壁はなだらかな傾斜を持っており、観客はその井戸の渕から下をのぞき込む形になる。ショーが始まると、その井戸の壁を、何台ものバイクや自動車が猛スピードでグルグルと回るのである。非常に危険なスタントであり、失敗すれば死が待っている。日本ではとてもじゃないが許されないようなショーだが、インドでは当然のように行われている。バイクや自動車が通る度に観客席も揺れるため、非常にスリリングだ。「Mumbai Xpress」(2015年)は、「死の井戸」でスタントを行うライダーが主人公の映画であり、映画の中でも「死の井戸」を見ることができる。
自殺をしようとする農民をマスコミが大々的に取り上げたことで、農村に多くの人々が集まってしまった珍事件を追った「Peepli Live」(2010年)でも、農民の家の周りに屋台や遊具が並び、ちょっとしたメーラーのようになってしまうシーンが描かれていた。祭礼でなくてもビジネスチャンスあるところにメーラーが出現するところは、インド人の商魂たくましさを感じさせてくれる。「Des Mera」のPVにその様子がまとめられている。