Genius

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Genius
「Genius」

 2018年8月24日公開の「Genius」は、大ヒット映画「Gadar: Ek Prem Katha」(2001年)のアニル・シャルマー監督の作品である。彼の息子ウトカルシュ・シャルマーのデビュー作であり、完全に自分の息子をローンチするために作られた映画だ。ヒロインを務めるのも新人のイシター・チャウハーンである。彼女は「Gadar」で子役を務めていた女優で、やはりシャルマー監督と近い関係にある。ちなみに、ウトカルシュ自身も「Gadar」に子役で出演していた。

 キャストは他に、ミトゥン・チャクラボルティー、ナワーズッディーン・スィッディーキー、アーイシャー・ジュルカー、KKラーイナー、ザーキル・フサイン、アビマンニュ・スィンなどである。

 ヴァースデーヴ・シャーストリー(ウトカルシュ・シャルマー)は、暴動で両親を亡くし、クリシュナ神の生まれ故郷ヴリンダーヴァンで育てられた。ヴァースデーヴは天才的な頭脳を持っており、インド工科大学(IIT)に入学する。そこで、ナンディニー(イシター・チャウハーン)と出会い、恋に落ちる。また、ヴァースデーヴの頭脳に興味を持った諜報機関RAWは彼をエージェントに採用する。

 人一倍愛国心の強いヴァースデーヴはRAWエージェントとして活躍する。パーキスターンの諜報機関ISIのエージェントであるMRS(ナワーズッディーン・スィッディーキー)を倒すためにチームを編成して奔走するが、ポールバンダルの工場で罠にはまってチームを失い、彼自身も脳や脚にダメージを負う。7ヵ月後、ヴァースデーヴは復帰するものの、耳に異常を抱え、歩行もままならなかったため、エージェントとしてもはや働けなくなる。米国で働いていたナンディニーはインドに戻り、失意のヴァースデーヴをラクシャドゥイープの自宅に連れて行く。

 しばらくリラックスしていたヴァースデーヴだったが、まだMRSを倒す作戦が未完であることを思い出す。また、彼はかつてのチームメンバーの幻覚を見るようになっていた。海外に高飛びしていたMRSはインドに戻り、ナンディニーを誘拐して、ヴァースデーヴを殺そうとする。また、彼の最終目標は、国家安全保障担当補佐官(NSA)ジャイシャンカル・プラサード(ミトゥン・チャクラボルティー)であることが分かる。だが、ヴァースデーヴの方が一枚上手であり、ナンディニーを助け出して、ヴァースデーヴを追い詰める。

 ヴァースデーヴはジャイシャンカルに捕まり、病院に強制的に入院させられる。また、MRSは再びナンディニーを誘拐し、ヴリンダーヴァンに爆弾と共に幽閉する。ヴァースデーヴはヴリンダーヴァンに飛び、ナンディニーを助け出して、MRSが仕掛けた爆弾を無効化して、彼も殺す。

 完全にアニル・シャルマー監督が自分の息子ウトカルシュ・シャルマーをスターに仕立てあげるために作った映画だった。ウトカルシュ演じるヴァースデーヴは、「Genius」の題名が示す通り、天才的な頭脳を持ち、RAWエージェントとして高い身体能力も兼ね備えた正真正銘のヒーローである。彼が登場すればどんな問題でも解決されてしまう。ヒンディー語映画界が培ってきたスターシステムを最大限に活用し、ウトカルシュの魅力を数倍に増幅させて提示している。

 だが、残念ながらウトカルシュからはスターの器を感じなかった。ナヨッとしているし、表情の使い方が薄気味悪い。いくら彼をヒーローとして持ち上げても、彼自身に最低限のスター性が備わっていないため、空振りに終わってしまっている。相手役のイシター・チャウハーンにしても、まだまだ演技力に難があった。もちろん、ミトゥン・チャクラボルティーやナワーズッディーン・スィッディーキーといったベテラン俳優たちが脇を固めていたが、彼らでもこの二人の主演を救うことはできなかった。

 ナレーンドラ・モーディー政権時代の映画らしく、愛国主義とヒンドゥー教至上主義が随所に感じられた。国旗に異常なまでの敬意を払ったり、ヒンドゥー教の一大聖地であるヴリンダーヴァンで生まれ育ったという設定によって敬虔なヒンドゥー教徒を演出したりしていた。

 それだけではない。ヴァースデーヴはIITにトップの成績で入学し、2位だった女性とロマンスを繰り広げる。あまりの天才振りにRAWからスカウトされ、諜報部員としてパーキスターンの諜報機関ISIと対峙する。不幸な事故によって重傷を負うが復帰し、RAWから追われても、執念深くISIのエージェントMRSを追い続ける。ウトカルシュ演じるヴァースデーヴには、ありとあらゆるヒーロー要素を詰め込んで、手っ取り早くスターに仕立てあげようとシャルマー監督はもがいていた。繰り返すが、残念ながらそれは失敗に終わっていた。

 「Genius」の失敗の原因はウトカルシュのみにあるのではない。アニル・シャルマー監督も既にヒンディー語映画の進化に追いつけておらず、1990年代を引きずったような古風な映画を未だに撮り続けている。また、「Genius」では時間軸を複雑にしたことで、彼のストーリーテーリングの下手さが顕在化してしまった。これでウトカルシュに演技力があれば、時代ごとに演技を変えるなどの芸当ができたのであろうが、新人の彼にそれを期待するのは酷であろう。

 一部のみだが、モルディヴにつらなる島々ラクシャドゥイープが舞台になっていたのは珍しかった。おそらく撮影はモーリシャスで行われたのだろうが、設定ではラクシャドゥイープの主都カヴァラッティーということになっていた。また、ヴリンダーヴァンのシーンは実際にはマディヤ・プラデーシュ州のマヘーシュワルでロケが行われている。

 「Genius」は、「Gadar」で有名なアニル・シャルマー監督が自分の息子ウトカルシュ・シャルマーをデビューさせるためだけに作った映画である。様々なヒーロー要素をウトカルシュに詰め込んでいるのだが、演技力不足な上に映画自体の完成度が低く、ほとんど見所のない失敗作に終わってしまっている。


https://www.youtube.com/watch?v=ai3MiKvZBIo