12月に入り、デリーもだいぶ冷え込んできた。今日はPVRアヌパム4で、本日(2005年12月2日)より公開の新作ヒンディー語「Mr Ya Miss」を観た。プレイボーイの男が突然、女になってしまうという話である。僕が密かに応援している女優、アンタラー・マーリーが脚本、監督、主演を務めている。
「Mr Ya Miss」とは、「ミスターかミスか」という意味。プロデューサーはラーム・ゴーパール・ヴァルマーなど3人、監督はアンタラー・マーリーとサトチト・プラーニク、音楽はニーティン・ラーイクワール。キャストは、アンタラー・マーリー、アーフターブ・シヴダーサーニー、リテーシュ・デーシュムク、アジンキャ・デーオ、ヴァルシャー・ウスガーオンカル、ディヴィヤー・ダッター、バラト・ダボールカルなど。
サンジャイ(アーフターブ・シヴダーサーニー)は3度の飯よりも女の子が好きなプレイボーイだった。親友で同僚のシェーカル(リテーシュ・デーシュムク)は真面目な性格で、そんなサンジャイを諌めるが、彼は聞く耳を持たなかった。ある日、サンジャイは恋人の一人ラヴリーン(ディヴィヤー・ダッター)や他の女の子たちに浮気がばれ、後頭部を彫刻で殴られる。そのままサンジャイは昇天してしまった。 サンジャイの魂はシヴァ(アジンキャ・デーオ)とパールワティー(ヴァルシャー・ウスガーオンカル)の前に行く。シヴァとパールワティーは、サンジャイに女性の気持ちを分からせるために、彼を女に変えて蘇生させる。サンジャイは自分が女になってしまったことに最初はショックを受けるが、仕方がないのでサンジャイの妹のサンジャナー(アンタラー・マーリー)と名乗って生活をし出す。 サンジャナーは女になったことにより、じろじろ見てきたり、ヘラヘラ話しかけて来る男たちがいかにうざったいかを痛感することになる。そして次第に女性の気持ちを理解するようになる。また、親友のシェーカルはサンジャナーに一目惚れしてしまい、酔っ払った2人は一夜を共にしてしまう。しかもサンジャナーは妊娠してしまう。 一方、ディヴィヤーはサンジャイがサンジャナーになって生まれ変わったことを知って驚き、サンジャイ殺害の罪をサンジャナーになすりつけようとする。彼女はサンジャイを殺した凶器の彫刻を密かにサンジャナーの家に置く。サンジャイの遺体が発見されると、サンジャナーはサンジャイ殺害の容疑者として逮捕されてしまう。サンジャナーに不利な証拠ばかりが見つかり、彼女の有罪は確定しそうになった。しかし、サンジャナーはシェーカルに頼んで自分が死んだ日に一緒にいた女の子たちを捜してもらい、証人になってもらう。そのおかげで裁判は大逆転となり、サンジャナーは無罪、今度はディヴィヤーが逮捕される。 ・・・そのとき目を覚ますと、サンジャナーはサンジャイに、つまり男の体に戻っていた。サンジャイは一転して女性に気配りのできる男となり、今まで酷い目に遭わせて来た女性たち一人一人に謝る。
男が女になったり、女が男になったりする性転換を題材にした話は神話時代からある。例えばギリシア神話では、盲目の賢人ティレシアスが有名だ。ティレシアスは元々男性だったが、交尾中の蛇を杖で打ったために呪われて7年間女性に姿を変えられてしまうという経歴を持っていた。あるときゼウスとヘラの間で、「性交による悦びは男と女、どちらが大きいか」という議題を巡って論争になったことがあった。ゼウスは「女の方が大きい」と言い張り、ヘラは「男の方が大きい」と主張した。決着が着かなかったので、男と女、両方の経験を持つティレシアスが呼ばれ、返答を求められた。ティレシアスは「女性の悦びの方が男性のものより10倍も大きい」と答えたという。
性転換の話はギリシア神話だけではない。インド神話の中にも有名な逸話がある。カーシー王の長女アンバーは、自分を不幸にしたクル族の長老ビーシュマへの復讐を誓って自殺し、シカンディンという男に生まれ変わった。パーンダヴァとカウラヴァの間でマハーバーラタ戦争が勃発した際、ビーシュマはカウラヴァ軍を率い、シカンディンはパーンダヴァ軍に付いた。ビーシュマはシカンディンの前世が女性であることを知っていたために彼を攻撃することができず、結局それが弱みとなってビーシュマは殺されてしまう。
日本ですぐに思いつくのは、大林宣彦監督の「転校生」(1982年)の原作となった山中恒著の有名な児童文学「おれがあいつであいつがおれで」だろう。性転換とは少し違うが、男の子と女の子の体が入れ替わってしまう話だった。
結局、性転換というのは人類が共通して持っている想像力のひとつだと言えそうだ。男が女になってみたいと思い、女が男になってみたいと思うのは、基本的な願望や欲求なのだろう。だが、性転換を巡ってどんなストーリーが作られるのかはお国柄が出そうだ。ヒンディー語映画版性転換物語「Mr Ya Miss」を見ていて、インド人の感性が非常によく分かったような気がする。
まず、「Mr Ya Miss」において主人公の男を女に変えてしまったのがシヴァとパールワティー、つまり神様だったのは、いかにもインドっぽいところだ。数あるヒンドゥー教の神様の中からシヴァとパールワティーが選ばれたのは、やはり二人が生殖に密接な関係を持っているからであろうか。しかも男が女に変えられてしまった理由もただの罰ではなく、「女性の苦労が分かるように」という試練のような形であった。そしてその試練を耐え忍ぶ内に主人公の改心が起こる。こういうところにも「インド映画の良心」、つまり道徳観が表れていると思う。主人公が女になってしまった後の展開も、日本人の想像から少しかけ離れていた。もし日本人の脚本家が同じような話を作ったら、もっといやらしい方向に進んでいくのではなかろうか?だがあくまで「Mr Ya Miss」は節度を守った下ネタ程度に抑えられていた。主人公が、女になってもあくまで男っぽい態度を取っていたのが一番の要因であろう。男が女になった際、一番問題になるのは生理だと思うのだが、それも全く触れられていなかった。インド映画ではまだまだその部分には触れられない事情があるのだろう。最後は裁判で締めくくられるところもインド映画のお得意の展開であった。総じて、性転換を題材によくここまでインド映画的テイストにまとめたな、と感心してしまった。立ち小便をしようとした瞬間に男から女に転換してしまうという絶妙な演出もよかった。
この映画は正にアンタラー・マーリーのためにあるようなものだ。何しろ彼女が監督、脚本、主演を務めているのだ。アンタラー・マーリーは「Road」(2002年)、「Main Madhuri Dixit Banna Chahti Hoon」(2003年)、「Naach」(2004年)などで主演していた。僕は彼女のことを、現在ヒンディー語映画界で最も才能のある女優だと自信を持って言うことができる。踊りがやたらうまいし、演技も素晴らしい。それほど美人ではないが、それを補って余りある迫力がある。そしてお腹の筋肉が素晴らしい!「Mr Ya Miss」でも、「女になってしまった男」という難しい役を違和感なく演じていた。彼女がいなかったらこの映画は全く成立しなかっただろう。また、重要なのは、この映画のストーリーが「男が女になる」である一方、演技の面では「女が女になった男を演じる」という逆の過程を辿ることである。アンタラー・マーリーはインタビューの中で、「男になりきるのは自転車に乗るのと似ていた。最初は難しかったが、慣れたら何でもなくなった」と述べていた。また、男の行動を真似る内に、「男の欲望がよく理解できた」とも言っていた。
女になってしまった親友サンジャイに恋してしまう純朴な男シェーカルを演じたリテーシュ・デーシュムクも素晴らしかった。リテーシュはマハーラーシュトラ州の州首相ヴィラースラーオ・デーシュムクの息子で、親の七光りで映画デビューを果たしたようなものだ。あまりハンサムでもなく、演技力が特別あるわけでもないのだが、二枚目半から三枚目ぐらいの間の役柄を演じさせたらなかなかフィットする俳優に成長してきた。だが問題なのは、その手の「駄目男」「優男」系若手男優が最近やたらと増えて来たことだ。トゥシャール・カプール、ウダイ・チョープラー、ジミー・シェールギルなどなど・・・。だが、アジャイ・デーヴガンが「駄目男」系男優から見事脱皮して現在では立派に活躍しているのを見ると、彼らにもチャンスはあると思われる。
アーフターブ・シヴダーサーニーはいつの間にかハンサム系男優になってしまっている。シャールク・カーンに非常に影響を受けた表情作りをしていると思う。残念ながらこの映画の中ではそれほど活躍の場はなかった。脇役で最も光っていたのは、サンジャナーを罠にかける悪女ラヴリーンを演じたディヴィヤー・ダッターであろう。サンジャナーは裁判の判決前にラヴリーンに対して、「オレは男としては最低だったかもしれないけど、女としてはお前より何倍もマシだ」と言う。そのときの彼女の表情は非常に上手かった。
僕はこの映画に最高レベルの賞賛を与えたいが、2つだけ欠点があった。まずひとつはミュージカルシーンが邪魔だったこと。一応数ヶ所にミュージカルが挿入されるが、歌詞も音楽も踊りもあまり冴えておらず、削除しても構わないと思った。ダンスシーンjがあった割にはアンタラー・マーリーの踊りを存分に見れなかったのも不満点であった。もうひとつの欠点は、最後のまとめ方があまりにあっけなかったことだ。最後のシーンで、改心したサンジャイは今まで酷い目に遭わせて来た女の子たちに1人ずつ謝りの電話を入れるのだが、もう少しひねった終わり方でもよかったのではないかと思う。
男が突然女になってしまったら一体どうなるのか、そしてインド人はそれをどう描くのか、そんなことを考えながら観ることもできるし、ただ単にコメディー映画として楽しむこともできる。「Mr Ya Miss」は今一番オススメのインド映画だと言える。