POCSO法

 不朽の名作「Mughal-e-Azam」(1960年/2004年)の劇中、踊り子のアナールカリーが皇帝を前に毅然と歌い上げる挿入歌「Pyar Kiya To Darna Kya(恋をしたら何を恐れようか)」は、このようなサビになっている。

प्यार किया तो डरना क्याピャール キヤー トー ダルナー キャー
जब प्यार किया तो डरना क्याジャブ ピャール キヤー ト ダルナー キャー
प्यार किया कोई चोरी नहीं कीピャール キヤー コーイー チョーリー ナヒーン キー
प्यार कियाピャール キヤー

恋をしたら何を恐れようか
恋をしたら何を恐れようか
恋をしたんだ、泥棒をしたのではない
恋をしたんだ

 「Mughal-e-Azam」のみならず、歴代のインド映画は、「恋愛は犯罪ではない」というメッセージを、保守的なインド社会に対して延々と発信し続けてきた。

 だが、現代のインドでは、とある法律によってこの美しいメッセージが踏みにじられている。恋愛が「犯罪」として裁かれ、多くの若き「ロミオ」たちが刑務所へと送られているのである。

 その法律は「児童性犯罪保護法(Protection of Children from Sexual Offences Act)」、通称「POCSOポクソ法」である。

 2012年に制定・施行されたこの法律の本来の趣旨は、その題名の通り、未成年者を性犯罪から守ることだった。未成年者に対する性虐待やセクシャルハラスメント、それに児童ポルノ関連の犯罪などに対して厳罰が規定されており、未成年者に対する性犯罪を社会から根絶しようとする国家の強い意志が込められている。その後、2019年の改正によって、警察官、教職員、親族など、子どもを保護する立場にあるはずの者が子どもに性的な危害を加えた場合の最高刑には死刑が設定され、さらに強力な法律になった。

 だが、物事には必ず両面がある。未成年者に圧倒的な力が付与されたこの法律には致命的な側面があり、恣意的な乱用を許し、逆に未成年者の人生を破壊する結果をもたらすケースが増えているという。

 インドにおいて未成年者とは18歳未満の者を指す。そして、性的同意は18歳にならないと一律に無効とされている。18歳未満の者が性的同意の上で性行為に及んだ際も、性的同意はなかったことになる。そうなると問題になるのが10代同士の恋愛である。たとえば、17歳の男性と16歳の女性が恋愛し、同意の下で性的関係になった場合でも、これにPOCSO法の強姦罪などが適用される可能性があるのである。この場合、最低でも禁固20年、最悪の場合は終身刑になる。

 本来ならばPOCSO法で裁かれなければならないのは、中年男性が未成年女性を性的に搾取するようなケースであるはずだが、自由恋愛に対して保守的な家庭がまだまだ多いインド社会では、POCSO法が10代の「健全」な恋愛を力尽くで押さえ込む武器になってしまっている。たとえば、未成年の娘の恋愛相手が、同年齢でありながらも、異宗教の者だったり異カーストの者だったりしたことが発覚した場合、親は相手をPOCSO法違反で訴えることで、易々と排除できてしまうのである。「娘は未成年であり、合意は無効だ」という主張は、現在の法制度下では極めて強力な排除ツールとなる。10代の純粋な愛が、保守的な価値観によって「凶悪な性犯罪」へと書き換えられてしまう。

 同様の法律が制定されている国では、未成年者同士の「健全」な恋愛を保護するため、「ロミオとジュリエット条項」があることが多いという。これは、年齢の近い者同士が合意した上での行為であれば処罰しない、あるいは罰を軽減するといった例外規定である。インドでも早急にPOCSO法に「ロミオとジュリエット条項」のようなものを盛り込む必要性が指摘されている。


 近年、インド映画においてもPOCSO法が取り上げられる機会が増えてきた。ヒンディー語映画「Silence 2: The Night Owl Bar Shootout」(2024年)は、POCSO法の本来の役割、つまり未成年者を守り、性犯罪を戒めるための「正義の側面」を世に知らしめる役割を果たした。

Silence 2: The Nigh Owl Bar Shootout
「Silence 2: The Night Owl Bar Shootout」

 その一方で、この法律の「負の側面」を見事に描き出したのが、テルグ語の社会派ドラマ映画「Court: State vs A Nobody」(2025年)である。この映画は、保守的な家族がPOCSO法を悪用し、10代の自由な恋愛をいかに抑圧し、少年の人生をいかに追い詰めていくかを冷徹に描き出している。まさに、現代の「ロミオとジュリエット条項」の欠如を鋭く批判する、硬派な一作となっている。

Court: State vs A Nobody
「Court: State vs A Nobody」

 「恋をしたんだ、泥棒をしたのではない」

 アナールカリーが歌ったあの言葉が、現実のインド社会でも真実として認められる日はいつ来るのだろうか。司法が「恋愛」と「犯罪」を混同し続ける限り、インドの若者たちの苦悩は終わらない。