Kurukshetra

4.0
Kurukshetra
「Kurukshetra」

 インドの3Dアニメーション産業は「Mahavatar Narsimha」(2024年)で新たな時代を迎えた。インド映画界では今までいくつもの3Dアニメーション映画が作られてきており、国内の3Dアニメーション製作企業はハリウッド映画のアウトソーシング先にもなってきたが、インドにおいて3Dアニメーションが盛り上がることは決してなかった。だが、「Mahavatar Narsimha」の到達点は世界と比べても遜色なく、フェーズが変わったことを感じた。それを裏付けるのが、Netflixの3Dアニメーション・ウェブドラマ「Kurukshetra」である。全18エピソード構成で、9エピソードずつ配信された。前半の1-9話が配信開始されたのが2025年10月10日で、後半の10-18話が配信開始されたのが同年同月24日であった。

 インド神話をちょっとかじったことのある人なら題名を見てすぐにピンと来るであろうが、「Kurukshetra」はインド二大叙事詩のひとつ「マハーバーラタ」を題材にした作品である。マハーバーラタ戦争が行われた土地の地名がクルクシェートラだ。これはハリヤーナー州に位置する現存する地名であり、マハーバーラタ戦争の古戦場として信じられている。

 「マハーバーラタ」を題材にした3Dアニメーション映画といえば、過去に「Mahabharat」(2013年)という悪夢のような駄作があった。この失敗が脳裏にこびりついていたので、「Kurukshetra」を観るまでは一抹の不安を感じていた。それでも、最近「Mahavatar Narsimha」の成功も見ていたので、もしかしたらという期待も混じっていた。結果的に、12年前の「Mahabharat」とは比べものにならないほどインドの3Dアニメーションの進化を感じさせる傑作に仕上がっていた。

 プロデューサーはアヌ・スィッカー。子供向けの2Dアニメーション作品をプロデュースしてきた人物である。監督はウジャーン・ガーングリー。ベンガル語映画監督カウシク・ガーングリーとベンガル語映画女優チュルニー・ガーングリーの息子である。

 オリジナルはヒンディー語だが、英語、テルグ語、タミル語、マラヤーラム語、カンナダ語など、多言語展開されている。日本語字幕も付いており、邦題は「クルクシェートラ:18日間の戦争」になっている。各登場人物の名前は、セリフの中ではヒンディー語読みされているが、日本語字幕ではサンスクリット語読みになっている。たとえば、パーンダヴァ五王子の三男はヒンディー語では「アルジュン」と読み、セリフの中でも「アルジュン」と呼ばれているが、日本語字幕では「アルジュナ」に直されている。

 インド神話をかなり読み込んだ人なら、全18話という構成を見て予想せずにはいられないことがあるだろう。各話がマハーバーラタ戦争の各1日に当てられているのではないか、と。なぜならマハーバーラタ戦争は18日間続いたことが知られているからだ。だが、その予想は外れている。全18話構成というのはたまたまそうなってしまっただけのようで、1話ごとに1日が進むというわけではない。むしろ、各エピソードには原則として無数にいる登場人物の中から誰かの名前が付けられており、その人物を中心に話が展開するようになっている。各エピソードの題名は以下の通りである。括弧内は日本語字幕に合わせたが、一部、おかしなものがある。たとえば、「Dronacharya」を「ドローナーチャーヤ」としたなら、「Kripacharya」は「クリパーチャーヤ」にしなければおかしいが、「クリパーチャーヤ」になっている。

  1. Sanjay(サンジャヤ)
  2. Vishwaroop(ヴィシュワルーパ)
  3. Bhishm(ビーシュマ)
  4. Dronacharya(ドローナーチャーリヤ)
  5. Abhimanyu(アビマニュ)
  6. Jayadrath(ジャヤドラタ)
  7. Arjun(アルジュナ)
  8. Ghatotkach(ガトートカチャ)
  9. Yudhisthir(ユディシュティラ)
  10. Kripacharya(クリパーチャールヤ)
  11. Kunti(クンティー)
  12. Dushasan(ドゥッシャーサナ)
  13. Karn(カルナ)
  14. Duryodhan(ドゥルヨーダナ)
  15. Bheem(ビーマ)
  16. Ashwatthama(アシュヴァッターマン)
  17. Stree Parv(戦と女性たち)
  18. Krishn(クリシュナ)

 各エピソードの長さは30分前後であり、全て見通すためには単純計算で9時間ほどの時間が掛かることになる。ただ、Netflixでは簡単にイントロやエンドロールを飛ばすことができるので、それをうまく使っていけば、全体を視聴するために掛かる時間は実際にはそれより短くなる。

 「Kurukshetra」を観てまず感じたのは、3Dアニメーションの質が国際的な観客にとっても不満を感じないくらいのレベルにあるということだった。「Mahabharat」の悪夢は繰り返されなかった。さすがに世界最高レベルというわけではなかったが、外に出して恥ずかしくないレベルには達していた。髪の毛や水の表現には固さがあったが、人物の表情や動き、衣服の柔らかさなどはうまく表現できていた。

 何より構成が良かった。基本的な時間軸はマハーバーラタ戦争が始まってから終わるまでになっているが、その合間に回想シーンが挟まれ、過去の出来事が語られる。その回想シーンで主に焦点が当てられるのは、そのエピソードの題名になっている人物という仕掛けだ。「マハーバーラタ」の全てが網羅されていたわけではないが、主要な場面はきちんと取り込まれており、全18話を通して視聴することで、長大な「マハーバーラタ」の概要を手軽に知ることができる。「マハーバーラタ」の入門編としてはこれ以上にない素材が誕生した。

 パーンダヴァ五王子がマハーバーラタ戦争に勝利し、ハスティナープラで即位した後、世の無常を感じて王位を放棄し、ヒマーラヤ山脈に向かう最後の場面は「Kurukshetra」では割愛されていた。だが、戦争が終わり、一族のほとんどが死に絶えてしまったことから生じる空虚さはきちんと描かれていて、単なる英雄譚に終わっていなかったところは称賛に値する。インドではアニメーション映画はどうしてもお子様向けのイメージが強いが、「Kurukshetra」には手塚治虫のマンガやアニメにも通じる、人生の真実を真摯に捉え映像化しようとする真剣さが見出された。これは、インドのアニメーション映画を一段上に引き上げようとする努力の片鱗ではなかろうか。戦争は無益であること、対立は対話によって解決するのが最上であること、そして行為の結果からは神様すら逃れられないことなど、大切な人生訓が込められていた。実際、このアニメ・シリーズの年齢認証は16歳以上になっている。もちろん、この教訓的・哲学的な深みは原作「マハーバーラタ」に元から備わっているものである。

 「Kurukshetra」には、ヒーローはいない。誰も完全無欠ではない。誰もが弱みを抱えており、間違いを犯し、そして因果応報を受ける。『マハーバーラタ」を題材にしたこの種の映像作品では、どうしてもパーンダヴァ側が善玉として祭り上げられがちであるが、カウラヴァ側のキャラクターたちにも十分な同情が注ぎ込まれていた。ビーシュマやドローナは元より、ドゥルヨーダナやカルナにもスポットライトが当てられていた。それは完全な悪玉としての取り上げ方ではなかった。女性キャラも両面から描かれていたといえる。クンティー、ドラウパディー、ガーンダーリーなど、彼女たちは人間的な感情を持ち、過ちを犯し、時に激昂し、時に涙を流す。女性たちが安易に女神に祭り上げられることもなかった。全て3Dキャラではあるが、巧みに命を吹き込めており、立派に「人間」になっていた。

 「Kurukshetra」は、インドの3Dアニメーション映画が急速に進化を遂げていることを示す意欲作である。全18話、計9時間の大作であるが、世界最長の叙事詩とされる「マハーバーラタ」を丸々ウェブドラマ化したと思えば、驚くほどのコンパクトさである。これを一通り視聴することで、インドが誇る「マハーバーラタ」の大筋を手軽に把握することができる。便利な世の中になったものだ。今後、インド文化を学習する者にとっては必見の作品になりそうである。