
「Greater Kalesh」は、2025年10月17日、ディーワーリー祭の週にNetflixで配信開始された、50分ほどの短編映画である。この題名を見て、デリー在住経験があるばかりに、てっきりデリー南部の住宅街「グレーター・カイラーシュ(Greater Kailash)」のことだと早とちりしてしまった。グレーター・カイラーシュはデリーっ子の間では「GK」と略して呼ばれることがほとんどである。「GK-1」、「GK-2」、「GK-3」に分かれていて、それぞれマーケットもあり、南デリーの代表的な地域だ。だが、よく見たら「Kailash」ではなく「Kalesh」であった。これはヒンディー語の単語「क्लेश」のつづりを若干変更したもので、「苦悩」という意味である。つまり、題名は「大きな苦悩」となる。それでも、この題名はデリーの「Greater Kailash」をもじったもののようで、デリーが舞台のファミリードラマになっていた。
監督はアーディティヤ・チャンディヨーク。過去に助監督やTVドラマ監督の経験はあるが、映画を撮るのは初めてである。キャストは、エヘサース・チャンナー、スプリヤー・シュクラー、ハッピー・ラナジート、プージャン・チャーブラー、アクシャヤー・ナーイク、アーディティヤ・パーンデーイ、ケーシャヴ・メヘター、サンギーター・バーラチャンドランなどである。
主演のエヘサース・チャンナーは、「Phoonk」(2008年)や「Phoonk 2」(2010年)に子役で出演していた女優だ。とはいっても無名に近い。キャストの中でもっとも名を知られているのは「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)にカメオ出演していた母親女優スプリヤー・シュクラーであろう。
ベンガルールで働くトゥインクル・ハーンダー、通称ティンクー(エヘサース・チャンナー)は、ディーワーリー祭に合わせ、実家のあるデリーに戻る。だが、実家の玄関に立つと、中からケンカの声が聞こえてきた。ティンクーが中に入ると、父親のランジャン(ハッピー・ラナジート)、母親のスニーター(スプリヤー・シュクラー)、弟のアンクシュ(プージャン・チャーブラー)は平常を装っていた。
ティンクーは異変を感じ、何があったか聞き出す。判明したのは、彼らの家の名義がランジャンではなく叔父スーリヤのものになっており、もうすぐ彼らは追い出される運命にあったこと、アンクシュに35歳の恋人ができたこと、そしてスニーターが家を出て娘の住むベンガルールに引っ越そうとしていたことなどであった。また、家からは毎日いろいろなものが消えていっていることにも気付く。ティンクーは、ディーワーリー祭の機会に家族に、恋人リシ(アーディティヤ・パーンデーイ)のことを知らせようと考えていたが、家の雰囲気はそれどころではなかった。
ティンクーは親友のパンクリー(アクシャヤー・ナーイク)と共に、家のものを盗んでいる者は誰か見張る。すると、それは父親であった。尾行すると、ランジャンは近所に住むジュリーの家に入っていった。父親がジュリーと不倫している疑惑も浮上した。また、ティンクーはアンクシュと話し、彼の年の差ガールフレンドについて聞き出す。母親からは彼女の名前は「カリーナー」だと聞いていたが、実はそれは男性で、カラン(ケーシャヴ・メヘター)という名前だった。
そんな中、祖母(サンギーター・バーラチャンドラン)がやって来る。スニーターは、祖母の前では平穏な家族を装うようにティンクーやアンクシュに厳命する。ハーンダー家ではディーワーリー祭を祝うパーティーが開かれ、近所の人々がやって来た。ティンクーはアンクシュに内緒でカランをパーティーに招待し、母親にそのことを伝える。また、リシがサプライズでパーティーにやって来る。パーティーの途中、ランジャンは怒って客を外に追い払い、自身もいなくなってしまう。ティンクーは母親と弟を連れてジュリーの家へ行く。そこにはランジャンがいたが、ジュリーの姿はなかった。実はランジャンは別の家を買って引っ越しの準備をしていた。家からなくなっていた物は全て新しい家に移されていた。それを知ったスニーター、ティンクー、アンクシュは喜び、忘れられないディーワーリー祭の夜を過ごす。
50分ほどの上映時間は、インド映画としては珍しい尺である。インドでは72分以上の映画を「長編映画(Feature Film)」と定義しており、それに従えばこの映画は短編映画に分類される。だが、インドにおいて一般的に「短編映画」と聞いて想起する尺は、10分未満とか、長くても30分前後だ。よって、50分前後という上映時間の映画は非常に中途半端なのである。
それでも、この映画の内容としては絶妙な長さであった。ハーンダー家のゴタゴタと和解を、中だるみが来る前にコンパクトにまとめ上げており、この一見珍しい長さには監督の戦略性を感じた。また、ディーワーリー祭の週にディーワーリー祭での出来事を描いた作品をぶつけるというこのタイミングも狙い澄ましたものであるに違いない。
映画の主題は「家」である。これには2つの意味がある。建物としての「家」と、そこに住む家族という意味の「家」である。「Greater Kalesh」では、ハーンダー家がディーワーリー祭にこの2つの意味においての「家」を巡る危機に直面し、それを克服する過程が若干のコミカルさと共に描かれている。
建物としての「家」の危機とは、ハーンダー家が20年以上住んできた家がこれから売り払われようとしていることであった。父親ランジャンがこの家を建てるとき、財政難にあり、スーリヤという名前の友人または親類から借金する代わりに名義を彼のものにしていた。それが仇となり、スーリヤがこの家を売ろうとしていたのである。
住み慣れた家から追い出されるという事実が発覚しただけでも家族に危機が訪れるのは必然であるが、さらに多くのことが重なっていた。ハーンダー家で目下もっとも大きな問題と見なされていたのは、主人公ティンクーの弟アンクシュの交際相手だった。アンクシュはまだ20歳そこそこの年齢であったが、35歳の女性カリーナーと付き合っていることが最近になって発覚し、母親スニーターを悩ませていたのである。後に、アンクシュの交際相手は男性であること、つまり、アンクシュは同性愛者であることが分かる。さらに、ランジャンが近所に住むジュリーという女性と不倫をしている疑惑も浮上する。
ティンクーは仕事のために家を離れベンガルールで働いていたため、ハーンダー家に起こっていたこれらの問題について全く関知していなかった。ディーワーリー祭は日本のお盆やお正月に当たる祭礼であり、故郷を離れて暮らしている人々もこのときには実家に戻って家族と共に過ごすのが慣わしである。ティンクーは事前に家族に帰省することを伝えておらず、サプライズで帰ってみたら、突然このような問題の数々を目の当たりにすることになったのだった。それが映画の導入部となっている。
監督は男性であるが、脚本はリトゥ・マーゴーという女性が書いている。主人公も女性である。よって、「Greater Kalesh」は女性視点のファミリードラマという性質が強い。ティンクーは、今まで家族がこのような問題を隠してきたことに憤る。特に母親のスニーターは、主婦の責務として、家の中のゴタゴタは家の名誉を守るため絶対に家の外に出さないという鉄則を金科玉条にしていた。そしてティンクーはそれを批判的に見る。だが、ティンクー自身もまた、恋人リシに対して、家族の問題を正直に話そうとはしていなかった。女性の視点で女性が批判され、女性の内部で自省が行われるという構造になっていた。また、ティンクーと親友パンクリーの関係性もかなりリアルなもので、女性同士の人間関係が飾り立てなく非常に正直に描かれた作品だと感じた。
「Greater Kalesh」は、ディーワーリー祭に合わせて帰省した女性の視点から家族のゴタゴタが描かれるファミリードラマである。インド映画としては珍しい50分ほどの短編映画だ。最後は丸く収まっており、心地よく鑑賞することができる。インド人視聴者からも非常に評価が高いようで、ちょうどディーワーリー祭に合わせて配信開始されたことも功を奏して、多くの人々の記憶に残っていく作品になりそうである。