Lost Queen

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Lost Queen
「Lost Queen」

 1526年にチンギス・ハーンとティムールの血を引くバーバルによって創立されたムガル帝国は、アクバルやシャージャハーンといった歴代皇帝の統治下において最盛期を迎え、インド文化とペルシア文化が融合した独自の高度な文化が栄えたが、第6代アウラングゼーブの死後に衰退が始まって、版図は縮小の一途をたどり、たびたび侵略も受けるようになって、1858年にはインド亜大陸の新たな覇者になった英国東インド会社によってついに滅ぼされた。

 ムガル朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルは英国に捕らえられ、ラングーン(現在のヤンゴン)に流刑となった。ザファルは1862年にラングーンで亡くなり、当地に葬られた。彼は流刑後、二度と故郷の土を踏むことを許されなかった。

 ただ、ムガル朝皇帝の系譜はザファルで途絶えておらず、子孫が残されていた。コールカーターのハーウラー地区にあるスラム街に住むスルターナー・ベーガムは、ザファルのひ孫の妻を自称しており、かつてムガル皇族の居城であったラールキラーなどの返還を求めてインド政府に訴訟をしている。

 「Lost Queen」は、サウミヤ・セーングプター監督がスルターナーの苦闘を追ったドキュメンタリー映画である。上映時間は68分であり、インドの基準ではこれは短編映画に分類される。初公開年月日が不明なのだが、もっとも早いのは、クラウンウッド国際映画祭の10月の部での上映だと思われる。。よって、暫定的に公開年月日を2025年10月1日としておく。

 「Lost Queen」では、スルターナー・ベーガムおよび彼女の家族へのインタビューが行われ、彼女の法廷闘争が紹介されると同時に、歴史学者によってムガル帝国の興亡が概説される構成になっている。その中でスルターナーの来歴が紹介される。ラングーンに流刑になったムガル朝最後の皇帝ザファルの息子がジャワーン・バクトで、彼も父親と共にラングーンに流された。そしてジャワーンの息子がジャムシェード・バクトであり、そのジャムシェードの息子がベーダール・バクトである。ベーダールは叔父に連れられてラングーンからインドにやって来た。そして、1965年頃に45歳のベーダールと結婚したのが、まだ12-3歳のスルターナーだった。ベーダールと結婚したことで、彼女はムガル皇族の一員になった。これはれっきとした事実のようだ。彼女のこの系譜は国からも公式に認められており、彼女は国から毎月6,000ルピーの年金を受け取っている。ちなみにスルターナーの年齢は80歳近い。

 ところで、英領時代、インドは英国の直轄地と、「マハーラージャー」などと呼ばれる藩王によって支配された藩王国に分かれていた。印パ独立時にインド亜大陸には565の藩王国が存在しており、各藩王は印パどちらかへの帰属を求められた。その後、時代の進展と共に藩王たちに認められた特権は徐々に奪われていき、現在では藩王の末裔といえども法律的には一般人と変わらなくなっている。ただ、先祖代々所有する資産や知名度などは受け継いでおり、それらを上手に活用することで、政治家や実業家として成功している者も少なくない。

 ならば、ムガル皇族の末裔もかつて先祖が所有していた資産の返還を求める権利があるはずだというのが法廷闘争の発端である。

 独立後、ムガル皇族の資産返還を求める闘争を始めたのは、スルターナーの夫ベーダールであった。だが、ラールキラーなどの史跡が政府によって接収されて既に1世紀以上の年月が過ぎており、訴えは却下された。ベーダールは1980年に亡くなったが、彼の遺志を継いで「ザファルの家」の返還を求め続けているのがスルターナーになる。

 スルターナーの存在はこれまで割と頻繁にメディアに取り上げられてきたために、多少はインドの人々に知られている。「Lost Queen」では言及されなかったが、彼女はチャーイ屋を経営して生計を立てているはずだ。ムガル皇帝の末裔がコールカーターで貧しい生活を送っているというのは、メディアからすれば興味深いストーリーになる。この「Lost Queen」についても、興味本位で作られたドキュメンタリー映画だといえる。

 映画の中では、スルターナーがデリーのラールキラー、フマーユーン廟、そしてザファル・マハルなどを訪れる場面がある。どれもムガル皇帝が建造した建築物ばかりであり、スルターナーが返還を求めている資産に含まれている。だが、勝訴していない内はスルターナーはチケットを買ってそれらの敷地内に入らざるをえない。現在ではデリー高等裁判所に公判を申し込んでいるようだが、進捗はかんばしくないようだ。国としても、今さらラールキラーなどを帰せと言われても困ってしまうだろう。スルターナーの前途はこれからも多難だと思われる。

 スルターナーには何人か子供がおり、既に孫もいるが、彼らはあまり主体的に法廷闘争に取り組んでいないように見えた。もし本当に勝ち目があるならば、老齢のスルターナーに代わって子供や孫たちが原告の主体になるべきだと思うのだが、意地になっているのはスルターナーだけのようである。

 「Lost Queen」は、ムガル朝最後の皇帝バハードゥル・シャー・ザファルのひ孫の妻にあたる人物がラールキラーなどの返還を求めて戦う様子を収めた短編ドキュメンタリー映画である。彼女の存在は非常に興味深いが、彼女の法廷闘争が実を結ぶ可能性は低く、観ていると、どこか負け戦を面白がって観察しているような感覚に襲われる。