Kaafir

4.0
Kaafir
「Kaafir」

 2025年4月4日からZee5で配信開始された「Kaafir(異教徒)」は、誤ってインドに迷い込んだパーキスターン人女性と、彼女の帰国を手助けしたジャーナリスト兼弁護士の実話にもとづく物語である。実は、2019年にZee5で配信された同名のウェブドラマを編集し直して一本の映画にしたものである。ちなみに、ウェブドラマ版の「Kaafir」は全8話構成だった。

 監督はソーナム・ナーイル。ウェブドラマをよく撮っている女性監督である。音楽はラージュー・スィン。キャストは、ディーヤー・ミルザー、モーヒト・ラーイナー、ウマル・シャリーフ、ラーフル・チャウダリーなどである。

 2005年。シュリーナガル在住のジャーナリスト、ヴェーダーント・ラートール(モーヒト・ラーイナー)は、ラジャウリー刑務所に収監されているパーキスターン人女性カーイナーズ・アクタル(ディーヤー・ミルザー)の存在を知り、彼女の取材を始める。カーイナーズは1998年にプーンチの川で溺れていたところを発見された。ちょうどそこはテロリストの射殺現場であり、彼女はテロリストとして逮捕され、1年半の禁固刑を言い渡された。その後、彼女の妊娠が発覚し、女児を生んだ。その子はセヘルと名付けられ、刑務所から学校に通っていた。

 ヴェーダーントはカーイナーズから身の上話を聞き出す。パーキスターンのカシュミール地方で生まれ育った彼女はファールーク(ラーフル・チャウダリー)という男性と結婚したが、結婚後しばらく経っても子供が生まれなかったため、石女と断定され、実家に戻された後、ファールークは別の女性と結婚してしまった。それを知ったカーイナーズは川に身を投げて自殺しようとしたが死ねず、そのまま下流に流され、インド領で打ち上げられたとのことだった。1年半の刑期が終わった後も刑務所から出られず、そのまま6年間、囚われの身であった。

 ヴェーダーントは彼女のインタビューを報道し、政府の非人道的な扱いを糾弾する。だが、そのニュースはすぐに放送禁止となり、ヴェーダーントは上司からも叱られる。ヴェーダーントはカーイナーズの送還を実現してくれる弁護士を探すが見つからず、会社を退職して自ら彼女の弁護士になることを決める。ヴェーダーントはかつて弁護士だったのである。

 ジャーナリストになる前、弁護士のヴェーダーントはテロリストのサリーム・アンサルの弁護士を務め、彼の保釈を勝ち取ったことがあった。だが、サリームはテロを行い、それによってヴェーダーントの兄で軍人だったヴィールが死んでしまった。父親はヴィールの死の責任をヴェーダーントに負わせており、ヴェーダーントは弁護士をやめてジャーナリストをしていたのだった。また、実はカーイナーズが発見された現場で射殺されたテロリストはサリームであり、ヴェーダーントもその場にいた。頭に血が上っていたヴェーダーントはカーイナーズをテロリストだと断定し、彼女は逮捕され、ずっと刑務所で過ごすことになっていた。ヴェーダーントにはそれについての罪悪感もあった。

 訴状が受理され裁判が始まる。審理が進む中でヴェーダーントはセヘルの父親がファールークではないことに気付く。ヴェーダーントが問いただすと彼女は真実を語る。ラジャウリー刑務所に移送される前、彼女はムハンマド・スィッディーキー(ウマル・シャリーフ)という看守からレイプされ身籠もったのだった。ヴェーダーントは裁判の中でその事実についても明らかにし、ムハンマドの逮捕につなげる。

 裁判の結果、カーイナーズとセヘルは釈放され、即刻パーキスターンに送還されることになった。ヴェーダーントは二人を国境まで連れて行く。だが、パーキスターン側はカーイナーズの受け入れは承認されたもののセヘルの受け入れは拒否された。父親がインド人であるためセヘルもインド人という判断だった。仕方なくヴェーダーントはカーイナーズとセヘルをシュリーナガルに連れ帰る。父親は大のパーキスターン嫌いだったため彼らを家に入れようとせず、ヴェーダーントは部屋を借りて彼女たちを住まわせることにする。

 ヴェーダーントはデリーのパーキスターン大使館まで行ってセヘルの受け入れを訴える。ちょうどパーキスターンから外務大臣が訪印しており、ヴェーダーントとカーイナーズは直談判する機会を得る。そのような努力が功を奏し、カーイナーズとセヘルの二人ともパーキスターンに帰国できることになった。このときまでにヴェーダーントとカーイナーズの間に恋心が芽生えていたが、二人はその感情を言葉に出すことはなかった。また、病気で倒れたことをきっかけにヴェーダーントの父親も彼に対する態度を改め、カーイナーズとセヘルを夕食に招待する。ヴェーダーントは父親と絆を取り戻すことができた。

 ヴェーダーントは再びカーイナーズとセヘルを国境まで送っていく。カーイナーズとセヘルはパーキスターンに去っていき、故郷に戻ることができた。

 ウェブドラマを映画に編集し直した作品であるが、そう言われなければ分からないほど編集はうまかった。ただ、確かに一定時間ごとに山場があり、そういうところにウェブドラマの名残が残っているように感じられた。ウェブドラマにおいては1話あたりおよそ40分前後で、全8話なので、単純にそれらをつなげただけなら320分ほどの映画になるところだが、映画版「Kaafir」は2時間20分(140分)ほどの作品であるため、カットされた映像はかなりあったと思われる。

 それでも、ウェブドラマのダイジェスト版にならないように、エモーショナルなシーンではじっくり時間を取っており、緩急が付いていた。特に時間を掛けて映し出していたのが、カーイナーズとセヘルのパーキスターン帰国が決まった後、焚き火の前でヴェーダーントとカーイナーズが肩を寄せ合う場面だ。二人の間には明らかに恋心が芽生えていた。そしてお互いにそれに気付いていた。だが、それを言葉にせず、ただ肩を寄せ合い抱き合うだけで済ませた。感情をはっきりと言語化も映像化もせず、すれ違いながらも分かり合っている関係を巧みに提示できていた。カーイナーズとセヘルがパーキスターン領に去って行くシーンにも十分な時間が掛けられ、感動を効果的に増幅させていた。

 撮影時のディーヤー・ミルザーは女優復帰の時期と重なる。2000年代の人気女優の一人だったディーヤーは2014年に結婚し、以前ほど活発に映画に出演しなくなったが、2019年に離婚しており、出演作も増え始める。彼女にって「Kaafir」はセカンドステージへの試金石だったと思われる。彼女は主役であるし、レイプシーンもあったりして体当たりの演技もしていた。ただ、所々オーバーアクティングに思われる部分もあった。肩に力が入りすぎていたように感じた。

 それに対してヴェーダーント役を演じたモーヒト・ラーイナーは終始追いついた渋い演技を見せており、映画をしっかりと落ち着かせていた。演技面ではディーヤーよりもモーヒトの方に軍配が上がる。

 インドでトラブルに巻き込まれたパーキスターン人女性をインド人男性が母国に帰そうとするという内容の映画はこれまで何本も作られてきた。「Gadar: Ek Prem Katha」(2001年)、「Veer-Zaara」(2004年)、「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)などである。よって、それ自体に目新しさはないが、「Kaafir」がユニークだったのは、単純なラブストーリーにしなかったことだ。ヴェーダーントとカーイナーズは結ばれない。また、愛国主義や印パ親善を掲げるような映画でもなかった。単純に起こった出来事を淡々と映し続け、そこに余分な主義主張が入り込まないように配慮されていたように感じた。決してパーキスターンを批判しようとする論調もなかったし、当局への批判という点では印パ両政府が等しく槍玉に挙がっていた。

 映画の中ではシュリーナガルが舞台ということになっていたが、実際の撮影はヒマーチャル・プラデーシュ州で行われたようである。2016年以降、カシュミール地方の治安は急速に悪化したため、撮影隊が現地入りできなかったのだと思われる。また、ウェブドラマ版の「Kaafir」は、憲法370条が無効化され、ジャンムー&カシュミール州が完全にインドに併合される前に配信されたことも付け加えておく。

 「Kaafir」は、インド領に誤って入って逮捕され、テロリストと断定されてしまったパーキスターン人女性と、彼女を助けようとするインド人男性の間の淡い恋愛を主軸にした大人のロマンス映画である。全8話構成のウェブドラマを編集して一本の映画にした作品であり、一般の映画に比べて評価をするのが難しいが、映画としても完成されている。観て損はない。