ヨー・ヨー・ハニー・スィンはインドで熱狂的な人気を誇るパンジャープ系シンガーソングライターである。2011年にリリースしたアルバム「International Villagers」が爆発的なヒットとなり、同年からヒンディー語映画にも関わるようになった。映画音楽に限定しても、「Chennai Express」(2013年/邦題:チェンナイ・エクスプレス 愛と勇気のヒーロー参上)の「Lungi Dance」や「Sonu Ke Titu Ki Sweety」(2018年)の「Dil Chori」や「Chhote Chhote Peg」など、ヨー・ヨー・ハニー・スィンは多くのヒット曲を生み出している。彼の歌には必ず「ヨー・ヨー・ハニー・スィン」という自己主張が入るので分かりやすい。
ヨー・ヨー・ハニー・スィンは人気ミュージシャンではあるのだが、世間一般の彼に対するイメージは必ずしもいいものではない。それはやはり彼が酒、タバコ、ドラッグ、セックスなどに関する歌詞をストレートに歌って若者から支持を集めてきたからで、特にインテリ層や保守層からは度々やり玉に上げられてきた。それでも、そんな世間の批判などお構いなしに突き進むのがヨー・ヨー・ハニー・スィンだという印象は強い。
2024年12月20日からNetflixで配信開始されたドキュメンタリー映画「Yo Yo Honey Singh: Famous」は、ヨー・ヨー・ハニー・スィンの栄光と没落を1時間20分にまとめた作品である。監督はモゼーズ・スィン。ヨー・ヨー・ハニー・スィンのインタビューと、彼に密着取材した映像を中心にしながら、過去10年ほどの彼の軌跡を振り返る内容になっている。ヨー・ヨー・ハニー・スィンの家族も全面的に協力しており、シャールク・カーンやサルマーン・カーンといった大スターたち、それにグル・ランダーワーやバードシャーといった後輩ミュージシャンたちも顔を出している。
日本語字幕付きで、邦題は「ヨーヨー・ハニー・シン:フェイマス」になっている。
先にも述べたとおり、彼が一気に世間の注目を集めたのは2011年のことだった。デビューアルバムに収録された「Brown Rang」や「Dope Shope」は今でも歌い継がれるほど人気のある曲だ。だが、2012年にデリー集団強姦事件が発生し、レイプを美化したとして、事件に全く無関係のヨー・ヨー・ハニー・スィンが矢面に立たされたことがあった。彼の歌う内容がある意味インド社会の良識に挑戦するようなものだったために、有名になるにつれてそのような反動も強くなり、彼はプレッシャーにさらされるようになる。また、彼は一発屋では終わらず、デビューアルバム以降もシングル「Blue Eyes」(2013年)やアルバム「Desi Kalakaar」(2014年)などコンスタントにヒット作を送り出す。あまりに人気が出すぎて、毎日何本もコンサートをこなすようになり、自宅に帰れない日々が続いた。キャリアの絶頂期にありながらも、それ故の殺人的なスケジュールが彼を精神的に追い込んでいった。
ヨー・ヨー・ハニー・スィンは2015年の米国ツアー中に双極性障害を発症し、その後は療養生活に入る。自宅で引きこもる毎日が続き、すっかり太ってしまった。治療薬を服用することで徐々に快方に向かい、少しずつ世間の前にも姿を見せるようになるが、ファンからは彼の太った姿への失望の声が聞かれるようになった。ヨー・ヨー・ハニー・スィンは本格復帰に向けて体作りを始める。
「Yo Yo Honey Singh: Famous」は、ヨー・ヨー・ハニー・スィンが栄光の階段を駆け上がる場面よりも、このどん底からはい上がる過程を中心に描いたドキュメンタリー映画だ。彼のことを勝手に孤高のヒーローだと考えてしまっていたが、この作品で描き出されていたのは一人の弱い人間であり、家族を中心とした周囲の人々、そして彼の復帰を待ち望む熱心なファンたちに支えられ立ち上がろうとする姿は感動的だ。このような方向性のドキュメンタリー映画だとは鑑賞前は全く想像していなかった。
ヨー・ヨー・ハニー・スィンは現在でもヒンディー語映画に歌を提供しており、復帰はかなり実現したといえる。「Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan」(2023年)の「Lets Dance Chotu Motu」にはカメオ出演もしている。だが、彼の前に立ちはだかっているのは、皮肉なことに、過去の彼自身であった。ヨー・ヨー・ハニー・スィンのファンたちは、彼に昔のような酒、ドラッグ、女などについて歌った欲望丸出しの曲を望む傾向にある。だが、この間にヨー・ヨー・ハニー・スィンは精神的に成長し、そのような歌を子供に聞かせるのは良くないと考えるようになった。よって、最近の彼の曲からはそのような要素はほとんどなくなっている。それを「劣化」「期待外れ」と取るファンたちが少なからずいるのである。ヨー・ヨー・ハニー・スィンの挑戦はまだ始まったばかりだ。
「Yo Yo Honey Singh: Famous」は、2010年代を代表するインド人シンガーソングライター、ヨー・ヨー・ハニー・スィンの台頭、没落、そして復帰のドラマを追ったドキュメンタリー映画だ。メディアに映し出される彼の姿とは全く異なる内面的なもろさが強調された作品で、彼の人物理解に奥行きができる。何より彼を必死に支える家族の姿が印象的だった。意外にホロリとさせられてしまう映画であった。