2024年10月25日からNetflixで配信開始された「Do Patti」は、家庭内暴力を主題とし、家庭内暴力の撲滅を掲げた、硬派なサスペンス映画である。1990年代のトップ女優カージョルと、現在もっとも勢いがある女優クリティ・サノンの共演という点だけで話題性があるが、クリティが初めて一人二役に挑戦するのも注目である。
監督は新人のシャシャーンカー・チャトゥルヴェーディー。音楽はアヌラーグ・サイキヤー。主演はクリティ・サノンとカージョル。クリティはプロデューサーも務めている。クリティとカジョールの共演は「Dilwale」(2015年)以来である。他に、シャヒール・シェーク、タンヴィー・アーズミー、ブリジェーンドラ・カーラー、ヴィヴェーク・ムシュラーン、プラーチー・シャー・パーンディヤーなどが出演している。
題名の「Do Patti」を直訳すれば「2枚のカード」という意味だが、これはトランプゲームの一種のようだ。「3枚のカード」を意味する「Teen Patti」なら有名で、インド人がよく遊んでいるが、「Do Patti」というゲームは初めて聞いた。クリティが演じた双子の姉妹を表現していると思われる。この映画は日本語字幕付きで配信されており、邦題は「切り札」になっている。
ウッタラーカンド州デーヴィープルの警察署に赴任した警察官ヴィディヤー・ジョーティ、通称VJ(カージョル)は、家庭内暴力の通報を受け、スード家を訪問する。夫のドゥルヴ(シャヒール・シェーク)は、政治家を父親に持ち、地元でパラグライダーなどのアドベンチャー業を営む名士であった。その妻サウミヤー(クリティ・サノン)の額にはあざがあったが、彼女は平静を装っていた。サウミヤーには双子の姉シャイリー(クリティ・サノン)がおり、同居していた。二人は瓜二つだった。
通報したのは、スード家のメイド、マージー(タンヴィー・アーズミー)だった。彼女はVJにこっそりスード家の内情を明かす。
シャイリーとサウミヤーは5歳のときに母親を亡くし、8歳のときに父親を亡くした。マージーが彼女たちの母親代わりだったが、姉妹は仲が悪かった。負けん気の強いシャイリーは全寮制の学校に送られ、病弱なサウミヤーは家に残って大事に育てられた。シャイリーがデーヴィープルに戻ってきたのは最近のことだった。
サウミヤーは、ドゥルヴと近い関係になっていたが、帰郷したシャイリーは彼女からドゥルヴを奪い、付き合い始めた。内向的で退屈なサウミヤーよりもワイルドで冒険好きなシャイリーの方が彼と気が合ったのである。だが、シャイリーの奔放な行動が彼のビジネスに悪影響を与えたためにドゥルヴは考え直し、サウミヤーと結婚する。妹に負けるのを何より嫌っていたシャイリーは、何かと二人の邪魔をするようになる。
結婚後、ドゥルヴはシャイリーと近づく一方で、サウミヤーには暴力を振るうようになる。だが、ドゥルヴとの間に子供が欲しかったサウミヤーは夫の暴力を愛情と考えて耐え続けた。
そんなさなか、大事件が起きる。ホーリー祭の後、サウミヤーはドゥルヴとパラグライダーをしたが、空中で二人の間にいざこざが起こり、墜落しそうになったのである。何とか二人は助かったが、ドゥルヴは殺人未遂で逮捕された。弁護士資格を持っていたVJは自らサウミヤーの弁護士を務める。公判でサウミヤーは、空中でドゥルヴから突き落とされそうになったと証言する。ドゥルヴの弁護士は、サウミヤーが精神不安定だったために結婚生活に悩んでいたことを主張し、ドゥルヴも、サウミヤーが自らパラグライダーから飛び降りようとしたと訴える。だが、高所恐怖症だったサウミヤーがそんな行動を取れるはずはないと却下され、VJは有罪となり、懲役13年の実刑となる。
裁判に勝利し、ドゥルヴを刑務所送りにしたVJであったが、違和感を感じていた。彼女は、シャイリーとサウミヤーが共謀してドゥルヴを追い落とそうとした可能性を考え始め、証拠も手に入れる。VJは再び裁判を申し立て、今度はサウミヤーの有罪を立証しようとする。だが、「法律の条文」よりも「法律の精神」が優先されることもあると考え直し、裁判を取り下げる。
映画の冒頭で、「法律の条文」と「法律の精神」はどちらが優先されるべきかという命題が問い掛けられる。主人公の一人VJの父親は裁判官で、法律の条文こそが絶対だと考えていた。よって、法律の条文に忠実に従って判決を下すことをよしとしていた。一方、VJの母親は弁護士で、しばしば法律の条文では正義は遂行できないと考えていた。彼女は法律の精神は法律の条文に優先されるという主義で、場合によっては法律を曲げなければ当事者に正義をもたらすことはできないと考えていた。VJ自身は父親の考えに近く、常に法律の厳格な適用を心掛けていた。そのために柔軟性や協調性に欠けるところがあり、左遷同然にデーヴィープルに異動してきたのだった。
カージョル演じるVJと並んで「Do Patti」の中心になっているのは、双子の姉妹シャイリーとサウミヤーである。どちらもクリティ・サノンが演じている。双子であり、顔はそっくりだが、性格は正反対であった。シャイリーは外向的で活動的、サウミヤーは内向的で病弱であり、二人の仲は悪かった。特にシャイリーは、サウミヤーが病弱なために大人からチヤホヤされていると感じ、嫉妬に近い感情を抱いていた。シャイリーは全寮制学校に送られ、二人はしばらく離れ離れで育つことになる。
映画に2人の女性キャラを登場させた場合、片方を西洋的、現代的、外向的、遊び人的な性格にし、片方をインド的、伝統的、内向的、家庭的な性格にする設定は、インドでは定番といっていい。映画の中でも何度か引き合いに出されていたが、ヘーマー・マーリニーが正反対の境遇で育った正反対の性格の双子スィーターとギーターを一人二役で演じた「Seeta Aur Geeta」(1972年)はその代表例だ。シャイリーは露出度の高いファッションを好み、タバコを吸い、男好きな性格である「悪女」的なキャラである一方、サウミヤーは伝統的な服装をし、古典ダンスを教え、奥手な性格である「良女」的なキャラであり、これは完全にインド映画の伝統を踏襲している。さらに、瓜二つの双子が入れ替わるというのも定番中の定番だ。「Do Patti」でもしっかりそれが活用されている。
男性は、性的には悪女系キャラに惹かれるが、結婚相手には良女系キャラを選ぶものだ。シャイリーとサウミヤーが奪い合うことになるドゥルヴもまさにその典型だった。最初はサウミヤーと接近するが、シャイリーが現れた途端にシャイリーに乗り換える。だが、いざ結婚を考え始め、シャイリーの素行の悪さも見てしまうと、一転してサウミヤーを伴侶に選ぶ。だが、結婚後はやはりシャイリーを捨てきれなくなる。あっちへフラフラ、こっちへフラフラするドゥルヴは、父親から引き継いだ事業をいまいちうまく運営できていないところもあり、ハンサムだが中身のない男性といったキャラである。
さらに、ドゥルヴはDV夫であった。「Do Patti」の主題は家庭内暴力である。似たような主題の映画「Darlings」(2022年)があった。こちらもNetflix映画だ。「Darlings」では、家庭内暴力を受けている女性が、それを愛情だと取り違えたり、いつか夫が変わってくれると根拠のない希望を抱いたりして、なかなか通報しないという現状が指摘されていたが、「Do Patti」でも全く同じ指摘がなされていた。サウミヤーはドゥルヴからいくら暴力を振るわれようとも、警察の前で暴力を受けていることを肯定しなかった。「Do Patti」ではさらに踏み込んで、家庭内暴力を放置する家族の責任にも言及されていた。家庭内暴力はどうしても家庭内という密室で起こるので、外には知られていない段階でも、家族は皆知っているものだ。もし家族がいち早く声を上げていれば、家庭内暴力による犠牲者をもっと救うことができる。だが、「家族は家族」というゆがんだ道徳観が働き、家庭内の問題を家庭外に出すことが嫌われる傾向にある。「Do Patti」は、自分が家庭内暴力を受けたり、家族が受けているのを見たりしたら、必ず勇気を出して通報すべきであるというメッセージが発信されていた。
双子の性格が正反対で仲が悪く、一人の男性を取り合う間柄になること、また、瓜二つの双子が途中で入れ替わって特定の目的を達成しようとすることなど、映画中にそっくりさんが出て来たときに盛り込まれるべき要素が全て盛り込まれていたと感じた。だが、同時に陳腐さも感じた。もしそれだけだったら評価は低かったが、そこに家庭内暴力の要素を持ち込み、深みのある物語になっていた。実はシャイリーとサウミヤーの母親も父親から家庭内暴力を受けており、二人にとってトラウマになっていた。彼女たちは実際に仲が悪かったのかもしれないが、家庭内暴力については共通して嫌悪感を抱いており、二人で力を合わせて立ち向かうことができた。
ただ、シャイリーとサウミヤーの仲や彼女たちの生い立ちについて、映画中で語られていたことを全て信じてしまうのも考え物だ。なぜなら、それらは全てマージーが語ったことであり、彼女もサウミヤーをドゥルヴの家庭内暴力から救い出そうとするチームの一員だったからである。ドゥルヴがサウミヤーを殺そうとしたということをVJに信じ込ませるため、全くのデタラメを吹き込んだ可能性もある。それでも、全てをデタラメと考えることもできない。おそらく姉妹が不仲だったことやシャイリーがドゥルヴを横取りしようとしたことなどは本当なのだろう。サウミヤーがドゥルヴの家庭内暴力によって殺される寸前になったとき、シャイリーは今までの不仲や確執を忘れ、妹を助けようと動き出したと考えるのが一番しっくりくる。
シャイリーは、ドゥルヴからの家庭内暴力により精神に異常をきたし始めたサウミヤーを助けるため、ドゥルヴを家庭内暴力のみならず、殺人未遂罪で刑務所送りにしようとする。家庭内暴力による懲役刑は最大3年だが、殺人未遂罪は最大10年である。そのため、シャイリーはサウミヤーと入れ替わり、ドゥルヴとパラグライダーをして空中で二人きりになって、そこで彼から突き落とされそうになった様子を派手に見せびらかす。ドゥルヴには政治家の父親など強力な後ろ盾がおり、目撃者が少ないところで事を起こしてももみ消される恐れがある。だから、多くの目撃者がいる空中で殺人未遂を演じたのだった。VJが弁護士として奮闘したこともあって、ドゥルヴは有罪となり、13年の懲役刑を言い渡される。
シャイリーたちが行ったことは、ドゥルヴに家庭内暴力以外の濡れ衣を着せたことになる。法律からいえばそれは犯罪に当たる。父親譲りの「法律の条文」主義だったVJは、その事実に気付いた後、自らの過ちを正し、姉妹たちに法の裁きを受けさせるため、再び立ち上がる。だが、家庭内暴力により萎縮して正常な判断ができなくなっており、近い内に明らかに死が待っていたサウミヤーがせっかく勇気を出して立ち上がったこと、そして、ドゥルヴは適正な罰を受けることになっていることなどが頭に去来し、最終的にVJは訴えを取り下げることを決める。「法律の精神」は、弱きを助けることだ。冒頭に出された命題が最後に生きてくる。この映画は、「法律の精神」に立ち返って、「法律の条文」にむやみに縛られることなく、弱者を積極的に救済すべきであることも訴えている。
クリティ・サノンはキャリアベストの演技を見せていたといっていいだろう。全く正反対の性格のシャイリーとサウミヤーをいとも簡単に演じ分けていた。顔は同じなのだが、細かい表情の違いや仕草の変化によって、シャイリーのときはシャイリーになり、サウミヤーのときはサウミヤーになっていた。入れ替わったときも、サウミヤーの振りをしたシャイリー、シャイリーの振りをしたサウミヤーを巧みに演じていた。演技力とスター性を併せ持った、現在トップクラスの女優だ。
さらにクリティは名女優カージョルとの共演にも全く動じず堂々と演技をしていた。彼女がいたからこそ、カージョルも負けじと絶妙な演技を見せる気になったのだと思われる。敏腕女性警官、というよりも、どこか少し抜けたところのある、情熱的で親しみの湧く女性警官を演じていたが、その多くは、個性的なカージョルが演じたからこそ醸し出せた付加要素だと感じた。
ドゥルヴを演じたシャヒール・シェークは初めて見る顔だ。基本的にはTVドラマ俳優だったようで、インドネシアで人気になった変わり種である。一説では「インドネシアのシャールク・カーン」と呼ばれているらしいが、インドではまだ有名ではない。「Do Patti」は2人の女性が中心の映画であり、名のある男優は起用しにくかったのかもしれない。だが、ちょうどいい存在感を出し、悪くない演技をしていた。
OTT映画ではあるものの、音楽にも力が入っていた映画だった。男女の心の接近を表現するバラードがいくつかあった他、ホーリー祭を彩るアップテンポの曲もあった。劇場公開しても遜色ない作品である。
「Do Patti」は、カージョルとクリティ・サノンという面白い組み合わせの女性中心映画であり、クリティが一人二役に挑戦しキャリアベストの演技を見せる映画でもあるが、それ以上に、家庭内暴力や法律の意義について考えさせてくれる、有意義な映画だ。娯楽映画としても純粋にとてもよくできている。OTTリリースではもったいないくらい、必見の良作である。