2024年10月4日からNetflixで配信開始された「CTRL」は、スマートフォンやPCの画面上でストーリーが進行する、いわゆるスクリーンライフ映画だ。これは、2010年代に生まれた新しいスタイルのストーリーテーリング法で、ヒンディー語映画では「Love Sex Aur Dhokha」(2010年)で早くもその萌芽が見られた。「CTRL」には、最近話題のAIアシスタントが取り上げられており、最新のスクリーンライフ映画だといえる。日本語字幕付きで、邦題も「CTRL」である。
監督は「Udaan」(2010年)や「Trapped」(2017年)などで有名なヴィクラマーディティヤ・モートワーニー。主演はアナンニャー・パーンデーイ。他に、ヴィハーン・サマト、デーヴィカー・ヴァトサー、カーマクシー・バット、スチター・トリヴェーディー、ラヴィーシュ・デーサーイーなどが出演している。また、アパールシャクティ・クラーナーがAIアシスタント「アレン」の声を担当している。
ナーリニー・アワスティー、通称ネラ(アナンニャー・パーンデーイ)は恋人のジョー・マスカレナス(ヴィハーン・サマト)と二人で「NJOY」チャンネルを運営し、有名なインフルエンサーになっていた。ネラはチャンネル5周年の企画としてサプライズ生配信するが、そこでジョーの浮気現場に出くわしてしまい、相手女性ショーナーリー(カーマクシー・バット)に暴行を働く。その様子がネットで生配信されてしまい、炎上する。
ジョーと絶交したネラは、AIアプリ「CTRL」をインストールし、AIアシスタントのアレンにジョーが映っている写真や動画の削除を命令する。アレンは時にジョークを飛ばしたりしながらネラの話し相手になる。ところが、ネラが目を離している間に勝手に開発者モードに移行し、何者かがリモート操作をして彼女のPCを探っていた。
ジョーとコンビ解消したことでネラはインフルエンサーとしての地位を失うが、アレンの助言に従って独立チャンネルを立ち上げ動画をアップしたところ、再び人気になった。そして巨大なインターネット企業であるマントラ・アンリミテッド社から広告塔のオファーも受ける。契約金額は2,500万ルピーだった。ネラは飛び上がって喜ぶ。おかげでネラはバーンドラーの高級マンションに引っ越すことができた。
ところが、ある日突然ジョーが行方不明になる。その直前にジョーはネラと話をしたがっていたが、ネラは無視し続けていた。ネラはジョーの行方が気になり、ショーナーリーに連絡を取って居所を聞く。だが、ショーナーリーも知らなかった。その代わり彼女から、ジョーがジャーナリストのマヤーンクと一緒に、マントラ・アンリミテッド社のスキャンダルを暴こうとしていたことを知る。その後、ジョーの遺体が発見される。
ネラはジョーのアカウントに入り、彼が暴露しようとしていた情報を探す。そしてとうとう、ジョーが死ぬ直前に撮影した暴露動画を発見する。彼が言うには、マントラ・アンリミテッド社は顧客の個人情報を全て吸い上げ、それを使って人々を支配しようとしていた。それは「プロジェクト・ユニコーン」と呼ばれており、その実現のために同社が開発した最新アプリがCTRLであった。さらに、自分はマントラ・アンリミテッド社に命を狙われているとも語っていた。ネラは即座にCTRLをアンインストールし、ジョーの動画をアップロードするが、いつの間にか内容がAIによって改変されており、ジョーがネラに殺されそうになっていると訴える動画になっていた。ネラは警察に逮捕される。取り調べの中でネラはマントラ・アンリミテッド社の不正を暴こうとするが、同社から逆に名誉毀損で訴えられそうになる。
ネラはとうとうマントラ・アンリミテッド社の前に膝を屈する。釈放されたネラは故郷デリーに戻り、家業のケーキ屋を手伝うことになる。寂しさを感じたネラは、CTRLアプリをインストールし、「ジョー」という名前の、ジョーにそっくりなAIアシスタントを作って、会話を始める。
映画の大部分は、PCやスマートフォンの画面やそのカメラに映し出された映像の組み合わせによって進行する。そこでは、YouTube、Instagram、Whatsappなどに似たアプリが登場し、チャットやビデオチャットなどによって会話が進んでいく。現代人のコミュニケーションがあまりにPCやスマートフォンに依存しているため、それらの画面を連続させていくだけでストーリーが成立してしまう。とても示唆的である。
また、主人公ネラはいわゆるインフルエンサーだ。しかも、SNSなどで情報発信することで得られる収入で生計を立てる、プロのインフルエンサーであった。彼女は、日常生活のあらゆる場面を動画にして発信し、「いいね」を取りに行く。企業からの案件も山のように得ていた。
物語は、ネラがパートナーのジョーと破局するところから始まる。ネラとジョーは実生活のカップルであり、二人で「NJOY」チャンネルを育ててきた。だが、ジョーはプライベートの全てがネタになる生活に次第に飽きと怖さを感じるようになっていた。一時の気の迷いからジョーは浮気をし、その様子が全世界に生配信されてしまう。逆上して相手女性を暴行した後、生配信されていることに気付いたネラが放った「カット、カット、カット」という言葉は、ミームになってネットの世界で拡散した。
とはいえ、「CTRL」はインフルエンサーの葛藤や悲哀を描いた作品ではない。このあたりの一悶着はあくまで導入にすぎない。
ネラとジョーの破局があった後、近年急速に注目を集めているAIがストーリーに深く絡んでくる。題名になっている「CTRL」とは、映画に登場する架空のAIアプリであり、「Control」の略である。このアプリをインストールすれば、生活のあらゆる場面をAIがコントロールしてくれるという触れ込みだ。アプリの目玉がAIアシスタントで、ユーザーが顔、声、性格などを自由に設定でき、PC上のあらゆる操作を手助けしてくれる。
ネラはAIアシスタントに「アレン」という名前を付ける。「Nella」を反対から読むと「Allen」だからだ。アレンはなかなか憎めない奴で、ネラにフレンドリーに話しかけながら、時に聞き役となり、時に助言者となって、彼女の心に入り込んでくる。ネラは、PCに保存された写真や動画の中からジョーを削除するためにCTRLをインストールしたのだが、その作業が完了しても彼女はアレンを使い続けていた。そんな便利なアプリだったが、CTRLはネラのPCに入っていた全ての情報にアクセスしていた。カメラを通して、PCの前の様子も常に監視されていた。さらに、ネラが目を離した隙に、CTRLを開発したマントラ・アンリミテッド社からリモートアクセスを受けていた。
マントラ・アンリミテッド社は、元々データーブローカー企業として起業され、大手ショッピングサイトにのし上がった企業のようだ。今やそれだけに留まらず、同社の事業は銀行、病院、決済アプリなど多岐にわたっており、それらによって国民のあらゆる個人情報を吸い上げている。しかも、そのCEOはまだ若い。これに比類する実在企業としては、Apple、Google、Amazonなど、いわゆるGAFAMと呼ばれる米企業が思い付くが、インド企業でここまでの影響力を持った新興ネット企業はあまり思い付かない。ネラがインストールしたCTRLもマントラ・アンリミテッド社が開発したアプリであり、これこそが同社による国民支配の総仕上げをする仕掛けだった。
終盤まで、物語はスクリーンライフ映画の形式で進み、AIが支配する世界の恐ろしさが浮き彫りにされる。画像や動画から簡単に特定の人物だけを削除することができるが、それは逆に、フェイクビデオを簡単に作る能力も持っていることを意味する。ジョーがマントラ・アンリミテッド社の悪事を暴こうとした動画をネラはアップロードするが、それはAIによって改変され、逆にネラを殺人犯に仕立てあげる内容になっていた。ネラは逮捕される。それでもネラはマントラ・アンリミテッド社をジョー殺害の犯人だと主張し続ける。それに対し、マントラ・アンリミテッド社のCEOは動画を公表し、ネラのような精神異常者を助けるために「CTRLヘルス」アプリをローンチすると述べる。もちろん、そのアプリも個人情報の吸い上げに使われるのだろう。
ここまでは文明批判、AI批判の内容になっていた。メッセージは明確だ。今後ますますAIが人間の生活のあらゆる場面に浸透し、人類はAIに支配され、さらにはAIを支配する企業に支配されるようになる。そんな警鐘が鳴らされていたのである。また、アプリを利用開始する際、利用規約をよく読まずに同意してしまうことの怖さにも言及されていた。これは、複数のアプリに依存して生活せざるをえなくなっている現代人が、現在進行形で潜在的に直面しているホラーだ。
だが、ネラの逮捕の後に、スクリーンライフ形式のストーリーテーリングは急に終わり、通常の映像表現に移行する。まるで、留置所でネラがデジタルデトックス状態に置かれたことを象徴するかのようである。ネラは巨大なマントラ・アンリミテッド社と裁判で戦うことを断念し、訴えの取り下げをして釈放される。かつてインフルエンサーとしてこの世の春を謳歌していたネラは、全てを失い、故郷デリーに戻って家業のケーキ屋を細々と手伝うことになる。まるでもぬけの殻になったかのようだった。
そんなネラは、街角でCTRLの広告を見つけ、そこに懐かしいアレンの顔を見出す。家に帰ったネラは、CTRLアプリを再びインストールする。ここから再びスクリーンライフ形式になる。CTRLアプリはバージョンアップされており、AIアシスタントの顔ぶれも変わっていた。その中には、ジョーに顔がそっくりな上に「ジョー」という名前の付いたAIアシスタントもいた。ネラは迷わずジョーを選ぶ。そして、PC上に現れたジョーと会話を始めたところで映画は終わる。
この終わり方は、良い方向にも悪い方向にも解釈できる。悪い方向に解釈するならば、マントラ・アンリミテッド社の魂胆を理解しているネラであっても、結局CTRLアプリに頼らざるをえないという、現代人の弱さを表していると考えられるだろう。だが、AIアシスタントは孤独な人間にとって、いい話し相手になり、精神の安定に役立つとも解釈できる。エンディングのネラは決して幸せそうには見えなかったが、しかし全く不幸でもなかった。たとえAIアシスタントであっても、ジョーとのつながりを感じることができた。そして、アレンに削除されてしまったジョーとの思い出を、AIのジョーと新たに作っていくことで、生き甲斐を感じることができるかもしれなかった。
この部分がなければメッセージが明確な映画で終わっていたのだが、この部分が付け加えられていたため、より多様に解釈できる映画に昇華していた。ヴィクラマーディティヤ・モートワーニー監督の手腕が光る。
主演のアナンニャー・パーンデーイは、2020年代を代表するスターキッド女優であり、コメディアン俳優の父親チャンキー・パーンデーイの影響もあって、どこか中身のない女というイメージを持たれがちである。確かに彼女がデビューできたのは親の七光りがあったからこそだろう。だが、彼女はそんなステレオタイプと真っ向から戦っているようにも見える。「CTRL」で彼女が演じたネラは、典型的なヒロイン女優が演じるような役柄ではない。「CTRL」自体も低予算の映画であり、既にスター女優としての地位を獲得しつつある彼女にふさわしい作品ではない。それでも敢えて彼女はこの映画への出演を選び、見事に演じ切っている。彼女のこの挑戦は絶賛したい。彼女と同世代のスターキッド女優ジャーンヴィー・カプールからも同様の挑戦を感じているところである。この二人は今後も何かをしでかしてくれそうだ。
「CTRL」は、AIが脚光を浴び、インフルエンサーが跋扈し、PCやスマートフォンであらゆるコミュニケーションが完結する現代の世相をよく表したスクリーンライフ映画である。主演アナンニャー・パーンデーイが従来のイメージを覆す等身大の演技に挑戦しており、それを成功させている。OTTリリース作だが、それもこの映画の雰囲気とマッチしている。必見の映画である。