古い貨幣単位

 インドで現在使われている貨幣単位は「ルピー(Rupee)」である。既にほとんど目にする機会がなくなっているが、時々「パイサー(Paisa)」という単位も耳にする。1957年以降は100パイサーが1ルピーの換算になる。現代のルピーとパイサーについてはこちらを参照していただきたい。

 かつてインドには、ルピーとパイサー以外にも多くの貨幣単位が乱立していた。しかも、一筋縄ではいかないほど複雑な体系である。たとえば、1957年より前の「パイサー」は、1ルピーの64分の1に相当した。つまり、1ルピー=64パイサーだった。そう、インドの古い貨幣単位は10進法ではないのである。

 ルピーとパイサー以外に、インドには歴史上多くの貨幣単位があった。その中でも、近代に入ってまだ残っていたものを挙げてみる。

  • アーナー Anna आना
  • パーイー Pie पाई
  • デーラー Dhela धेला
  • ダムリー Damri दमड़ी
  • カウリー Cowrie कौड़ी
  • プーティー・カウリー Phootie Cowrie फूटी कौड़ी

 どれも現代では使われていないため、映画を観る際にもこれらの知識は不要である。ただ、独立前のインドを舞台にした時代劇になると、これらの貨幣単位が出て来ることもあるかもしれない。そのため、一応ひとつひとつの貨幣単位を解説しようと思う。

 まず「アーナー」である。英語では「Anna」と表記される。ヒンディー語では「आना」である。1ルピーの16分の1に相当し、1ルピー=16アーナーとなる。1ルピーの64分の1に相当した昔のパイサーと比べると、1アーナー=4パイサーとなる。アーナーは既に使われない貨幣単位だが、他の貨幣単位に比べると耳にする機会が多い。たとえば、ヒンディー語に「16 आना सचソーラー アーナー サチ」、つまり、「16アーナーの真実」という慣用句がある。1ルピー=16アーナーであることに注目すると、16アーナーというのは1ルピーになり、これは100%を意味する。つまり、「16アーナーの真実」とは「100%の真実」ということだ。

 「パーイー」は英語では「Pie」と表記され、ヒンディー語では「पाई」である。1ルピーの64分の1に相当した昔のパイサーの3分の1に相当し、1パイサー=3パーイーとなる。アーナーと比べると、1アーナー=12パーイーとなる。これもほぼ死語ではあるが、いくつかの慣用句の中にこの単語が残っているため、今後も完全に消え去ることはないだろう。たとえば、「पाई-पाई चुकानाパーイー パーイー チュカーナー」という慣用句があるが、これはパーイーという細かい単位まで数えて返済することを指し、「借金を全額返す」という意味になる。既に使われなくなった貨幣単位が慣用句の中で生き残っているという現象は、日本語の「びた一文」でも見られる。

 「デーラー」は英語では「Dhela」と表記され、ヒンディー語では「धेला」である。1デーラーは1.5パーイーにあたる。「ダムリー」は「Damri」と表記され、ヒンディー語では「दमड़ी」である。1デーラーは2ダムリーにあたる。よって、1デーラー=1.5パーイー=2ダムリーという式が成り立つ。3パーイーが1パイサーであることに注目すると、1パイサー=2デーラー=4ダムリーとすることもできる。ただ、これほど小刻みな貨幣単位が存在する理由が分からなくなる。これらの単語が組み込まれた慣用句も存在する。

 「カウリー」は面白い。英語では「Cowrie」、ヒンディー語では「कौड़ी」だが、この単語の第一義はタカラガイである。かつてインドではタカラガイが通貨として流通しており、それが貨幣単位にも反映されている。タカラガイの貨幣は、欠けていないものと欠けているものの2種類に分かれる。もちろん、欠けていない方が高価である。欠けていないものを「カウリー」、欠けているものを「プーティー・カウリー」または「カーニー・カウリー(Kani Cowrie/कानी कौड़ी)」と呼ぶ。その換算比率は、1カウリー=3プーティー・カウリーとなる。

 カウリーの価値は時代によって変わるようだ。1833年には1ルピー=2,400カウリーだったものが、1950年には1ルピー=640カウリーになったという。「1 फूटी कौड़ी भी नहीं देनाエーク プーティー カウリー ビー ナヒーン デーナー」、つまり、「1プーティー・カウリーも渡さない」という慣用句があるが、これこそ日本語の「びた一文も渡さない」が訳語にピッタリはまる。

 ここまでを整理すると、以下のようになる。ここでのパイサーは1957年以前の旧パイサーである。カウリーの価値は変化が激しいため、除外してある。

  • 1ルピー=16アーナー=64パイサー=128デーラー=192パーイー=256ダムリー

 なんとなくメモリーの容量などとよく似た、2進法的な数字が並んでいる。1957年に貨幣単位が改正されるまで、インド人は日々の買い物で合計金額やお釣りが間違っていないか確かめようと思った場合、かなり複雑な計算をしなければならなかった。計算が苦手な人は毎回損をしていそうだ。

 他にもまだ貨幣単位はある。「タカー(Taka/टका)」は1ルピー銀貨を指す言葉で、ルピーとほぼイコールである。バングラデシュではルピーではなくタカーが貨幣単位として使われている。「ダーム(Dam/दाम)」は中世に発行された銅貨で、1ルピー=40ダームだった。「ムハル(Muhar, Mohur/मुहर)」はムガル朝時代の金貨であり、1ムハル=9ルピーだった。つまり、1ムハル(金貨)=9ルピー(銀貨)=360ダーム(銅貨)という計算になる。これらは中世のものだが、古代に遡ればさらに多くの貨幣単位が見つかる。しかしながら、映画の文脈では中世の貨幣単位ぐらいまでを紹介しておけば十分であろう。

 ちなみに、英領時代にもムハルの単位が残っており、この時代には1ムハル=15ルピー換算だった。英領時代の金貨は「アシュラフィー(Ashrafi/अशरफ़ी)」とも呼ばれた。ただし、1918年を最後に金貨は発行されておらず、ムハルという単位ももはや死語である。

 ところで、「Aamdani Atthanni Kharcha Rupaiya」(2001年)という映画があった。この題名の意味は「収入はアタンニー、支出はルピー」になる。「アタンニー(अठन्नी)」とは直訳すれば「8アーナーの貨幣」であるが、これは「8アーナー貨幣」であると同時に、インドでかつて流通していた50パイサー貨幣の愛称である。なぜ50パイサー貨幣が「アタンニー」と呼ばれたかというと、1957年に「パイサー」の貨幣価値が1ルピー=64パイサーから1ルピー=100パイサーに変更され、「アーナー」という貨幣単位が使用停止になった後でも、1ルピー=16アーナーという記憶が新しく、0.5ルピーに相当する50パイサー貨幣は8アーナー相当だと考えられるようになり、「8アーナー」を意味する「アート・アーナー」が縮まって「アタンニー」になったのである。映画の題名に戻ると、「収入はアタンニー、支出はルピー」ということは、「収入が支出の半分」という意味になることが分かり、つまりは大赤字ということになる。

Aamdani Atthanni Kharcha Rupaiya
「Aamdani Atthanni Kharcha Rupaiya」

 アタンニーの同類として、「ドワンニー(Dowanni/दुवन्नी)」と「チャワンニー(Chawanni/चवंन्नी)」がある。前者は2アーナー貨幣、後者は4アーナー貨幣である。かつて25パイサー貨幣が流通しており、これは4アーナーと同等だったため、「チャワンニー」とも呼ばれていた。

参考文献

  • Er. L.C. Bawa & S.C. Gupta, “Elementary Numismatic Studies: Coins of India (1835-2002 A.D.) Volume-I”, Kapoori Devi Charitable Trust, Gurgaon, 2002