The Greatest of All Time (Tamil)

3.0
The Greatest of All Time
「The Greatest of All Time」

 2024年9月5日公開のタミル語映画「The Greatest of All Time」は、タミル語映画界のタラパティ(大将)、ヴィジャイ主演のアクションスリラー映画である。ヴィジャイがディエージング技術を使って一人で年配の役と若者の役を同時に演じたことでも話題であるし、クライマックスではクリケットのプロリーグであるインディアン・プレミアリーグ(IPL)の強豪2チーム、チェンナイ・スーパーキングス(CSK)とムンバイー・インディアンス(MI)の白熱した試合が使われ、そこで人気クリケット選手MSドーニーの映像が使われていることでも注目されている。

 監督は「Chennai 600028」(2007年)などのヴェンカト・プラブ。音楽監督はヴェンカト監督の従兄弟でイライヤラージャの息子ユヴァン・シャンカル・ラージャ。主演ヴィジャイの他には、プラシャーント、プラブデーヴァ、モーハン、ジャヤラーム、アジマル・アミール、ヴァイバヴ、ヨーギー・バーブー、プレームジ・アマラン、スネーハー、ライラー、ミーナークシー・チャウダリー、アビユクター・マニカンダンなどが出演している。また、トリシャー・クリシュナンがアイテムソング「Matta」でアイテムガール出演している。

 オリジナルはタミル語だが、テルグ語とヒンディー語の吹替版も同時公開された。ヒンディー語版の題名は「Thalapathy is the G.O.A.T.」に変更されている。鑑賞したのはヒンディー語吹替版である。

 2008年、ケニア。特別対テロ部隊(SATS)のMSガーンディー(ヴィジャイ)、スニール・ティヤーガラージャン(プラシャーント)、カリヤーン・スンダラム(プラブデーヴァ)、アジャイ・ゴーヴィンダラージ(アジマル・アミール)は、テロリストのオマルが運搬するウランを奪い取る作戦を実行していた。そこで彼らは、元SATSのラージーヴ・メーナン(モーハン)を見つける。ガーンディーはウラン奪取と共に列車を爆破し、オマルとメーナンを殺害する。

 ガーンディーはSATSに所属していることを妻のアヌラーダー(スネーハー)には内緒にしていた。ガーンディーとアヌラーダーの間にはジーヴァンという5歳の息子がいた。

 ケニアの後、ガーンディーは作戦遂行のためタイへ飛ぶことになる。ところが、アヌラーダーから浮気を疑われていたため、彼は妻子を同行せざるをえなくなる。作戦は成功したが、ガーンディーは何者かに命を狙われる。しかもアヌラーダーが産気づいてしまう。ガーンディーはアヌラーダーを病院へ連れて行くが、そこでジーヴァンを拉致されてしまう。その後、ジーヴァンの焼死体が見つかった。アヌラーダーは無事に女児を出産したが、ジーヴァンを失ったことでガーンディーを恨むようになる。

 2024年。ガーンディーの娘ジーヴィター(アビユクター・マニカンダン)はすっかり成長していた。アヌラーダーはまだガーンディーに対して怒っており、二人の仲は冷え切っていた。ガーンディーはSATSを辞め、空港の入国審査官をしていた。ガーンディーの元ボス、ナズィール(ジャヤラーム)は、彼をモスクワのインド大使館に派遣する。インド大使館は地元のデモ隊から襲撃を受ける。そこでガーンディーは、自分にそっくりな若者を発見する。ガーンディーは、彼がジーヴァンであると直感する。

 その後、ガーンディーはその若者と再会し、やはりジーヴァンであることが分かる。ジーヴァンはギャングの一員になっていた。ガーンディーはナズィールの助けを借りてジーヴァンをインドに連れ帰る。アヌラーダーはジーヴァンが生きていたことを喜ぶ。ガーンディーは久しぶりの家族団欒を味わう。ところが、そのときから彼の身辺では異変が起き始める。

 ガーンディーに会うためにチェンナイを訪れたナズィールが、ヘルメットをかぶった謎の男に襲撃されて殺される。ガーンディーはその男を追うが、取り逃がす。ガーンディーはSATSに復帰し、その男の行方を追ってナズィールの仇討ちをしようとする。だが、実はその男はジーヴァンだった。ジーヴァンは、2008年にケニアで死んだはずのメーナンに育てられていた。メーナンはガーンディーへの復讐のため、ジーヴァンを洗脳し、彼をサンジャイと名付けていた。

 ナズィールの携帯電話には、彼がガーンディーに渡そうとした情報が入っていた。ガーンディー、スニール、カリヤーン、アジャイは携帯電話を探すが、ジーヴァンもその携帯電話を狙っており、争奪戦の中でアジャイが殺されてしまう。携帯電話も見つからなかった。

 そんな中、メーナンが海路でチェンナイ入りしようとし、港湾局で逮捕された。それを知ったジーヴァンはメーナンを救出しようとし、スニールの娘シュリーニディ(ミーナークシー・チャウダリー)を誘拐する。ガーンディーはメーナンを解放するが、シュリーニディは遺体で発見される。ただ、シュリーニディを殺したのはジーヴァンではなかった。実はカリヤーンがメーナンと密通しており、彼がシュリーニディを殺したのだった。

 その後、携帯電話泥棒のダイヤモンド・バーブー(ヨーギー・バーブー)からのタレコミによりガーンディーはジーヴァンを逮捕することに成功する。だが、尋問中にジーヴァンはスニールの銃を奪って発砲し、彼を殺す。しかもメーナンがアヌラーダーを誘拐していた。ガーンディーはジーヴァンを連れて逃げるが、途中でジーヴァンに捕まってしまう。だが、それは全てガーンディーの作戦通りだった。ガーンディーはジーヴァンのプランを聞き出すことに成功し、アヌラーダーも救出する。ジーヴァンは、IPLの試合会場で爆弾を爆発させ、その犯人をガーンディーに仕立てあげるつもりだった。一方、死を偽装していたスニールはカリヤーンと対峙し、彼を殺す。

 チェンナイ・スーパーキングスとムンバイー・インディアンスの試合が行われているスタジアムでガーンディーとジーヴァンは戦う。偶然スタジアムにいたジーヴィターをジーヴァンは人質に取ろうとするが、ガーンディーはそれを阻止し、爆発を止めて、最後にジーヴァンを撃ち殺す。

 SATSの有能な警察官だったガーンディーは、タイでの作戦中に愛息子のジーヴァンを何者かに誘拐され、死なせてしまった。この出来事は彼の人生に決して癒えることのない傷を与えた。ガーンディーはSATSを辞め、妻との関係は冷え切ったままだった。唯一の救いは、タイで生まれた娘ジーヴィターが明るい女の子に育ったことだった。

 だが、実はジーヴァンは生きていた。かつてガーンディーが爆殺したはずのメーナンに育てられていた。ギャングの一味になってはいたが、ガーンディーは彼が生きていたこと、そして彼と再会できたことに、立っていられないほど感動する。早速彼を家に連れ帰り、家族の一員に加える。すぐにジーヴァンは新しい生活に順応した・・・ように見えた。

 ジーヴァンはメーナンにすっかり洗脳されており、ガーンディーを仇敵だと考えていた。そして、彼を破滅させるためにわざと接近していたのだった。

 ガーンディーとジーヴァン、父と子の両方をヴィジャイが演じるのがこの映画のまずもっての売りになる。2024年のガーンディーはヴィジャイの実年齢に近く、そのままの外見で演じているが、ジーヴァンについては20歳前後の設定であり、さすがにそのまま演じるのは難しい。そこでディエージング技術という最新のCG技術を活用し、ヴィジャイの外観を若返らせた。これは「Fan」(2016年)や「Indian 2: Zero Tolerance」(2024年)でも採用されたもので、インド映画ファンにも既にお馴染みである。

 ガーンディーとジーヴァンは最終的に敵として対峙することになる。一般的なインド映画では、家族の絆は何より重視される。ジーヴァンは、生物学的な父親であるガーンディーよりも、育ての父親であるメーナンの方を身内だと考えていた。だが、観客はそれがメーナンの洗脳によるものだと理解しており、最後にはジーヴァンも改心してガーンディーを名実共に父親と認めるのだと期待する。驚くべきことに、「The Greatest of All Time」では、そんな観客の期待をあざ笑うようなエンディングを用意している。ガーンディーがジーヴァンの眉間に弾丸を撃ち込み、容赦なく殺してしまうのである。

 親が、悪の道に走ってしまった子供を自らの手で殺すという結末は、既に「Mother India」(1957年)で見られるものだ。ガーンディーも、ジーヴァンに更生の望みがないと見て彼を殺したのだろう。だが、前述の通り、ジーヴァンはメーナンに洗脳されていただけである。それを思うと、洗脳を解くチャンスもなく殺してしまうのは残酷に感じる。

 それだけでなく、ガーンディーが最後にジーヴァンに対して行った行為もヒーローにあるまじきものだった。ガーンディーはメーナンを人質に取り、ジーヴァンにスタジアム爆破を思い止まらせようとしたのである。悪役と同じ行動を主役がしている。これではジーヴァンの心はますますガーンディーから離れてしまうだろう。

 さらに気になるのは、ジーヴァンが殺されたと知ったときのアヌラーダーの反応だ。彼女は既にジーヴァンが悪の道に行ってしまったことを知っていたので、もしかしたらジーヴァンの死を仕方のないものとして受け入れるかもしれない。だが、彼女はインド人の母親だ。しかも、死んだと思い込んでいた最愛の息子が生きていると分かり、久しぶりに再会したばかりの母親である。どんなに息子がグレようとも、その死は望まないはずである。

 アクションスリラーとしては悪くない出来ではあった。アクションシーンやチェイスシーンも遜色ない作りであった。だが、家族の絆を踏みにじるような結末は、インド人一般のモラルに反する。決して後味のいい映画とは認識されないはずだ。

 しかしながら、この映画は、クライマックスにチェンナイ・スーパーキングス(CSK)とMSドーニーを持って来るという反則技を使っている。CSKはその名の通りチェンナイをホームグラウンドとするクリケットのプロチームであり、タミル人の支持を受けている。CSKのキャプテンを長年務めてきたのがMSドーニーだ。ドーニーの出身地はジャールカンド州だが、IPL発足当初からCSKのキャプテンであり、チェンナイは第二の故郷のようになっている。ドーニーは、インドが誇る最高のクリケット選手の一人に数えられており、映画の題名「The Greatest of All Time」は、半分ドーニーへの敬意を表したものだと考えていいだろうい。映画のクライマックスでCSKが対戦したのは、ムンバイーを拠点とするムンバイー・インディアンス(MI)である。実際にCSKとMIはIPLの二大強豪チームであり、ライバル関係にある。映画中の試合では、CSKがMIに1ラン差という僅差で逆転勝利しており、タミル人の愛郷心を高揚させる試合結果になっている。その決着が付くと同時にガーンディーがジーヴァンを撃ち殺すのである。

 ところで、ヴィジャイはこの映画の撮影中に、俳優業を引退し政界に進出すると宣言した。「The Greatest of All Time」は、最後から2番目の主演作になる。この題名には、当然のことながら、タミル語映画界を牽引してきたヴィジャイを讃えるものでもある。映画のエピローグとして、続編につながるような映像が映し出されたが、ヴィジャイはしばらく俳優業には戻らないはずで、すぐには実現しないだろう。

 脇役陣の中では、プラシャーントとプラブデーヴァに目が行った。プラシャーントは「Jeans」(1998年/邦題:ジーンズ 世界は2人のために)でアイシュワリヤー・ラーイと共演した男優だ。タミル語映画には疎いので、あれ以来彼の姿を見ることはなかった。久しぶりに見たらいいおじさんになっていたが、シリアスな演技のできるダンディーな俳優に成長していた。プラブデーヴァは、「インドのマイケル・ジャクソン」の異名を持つコレオグラファーであり、俳優・監督でもある。今回はほぼ演技に集中しており、しかも重要な役回りであった。ただ、あまり彼の普段の持ち味が活かせられていなかったので、彼でなくても良かったのではないかという疑問も沸いた。

 「The Greatest of All Time」は、引退を表明したヴィジャイが、最新技術の助けを借りながら、父と子の間の因縁の戦いを一人で演じ切るアクションスリラー映画だ。観客サービス優先の娯楽作であり、細かい部分の詰めが甘い大味な映画でもある。タミル・ナードゥ州を中心に大ヒットしているが、それに値するだけの質が保証された映画ではない。ヴィジャイの主演作なら何でも楽しめる人にのみお勧めできる作品である。