Kakuda

3.5
Kakuda
「Kakuda」

 2024年7月12日からZee5で配信開始された「Kakuda」は、その奇妙な題名が興味を引くホラー映画である。「Kakuda」はヒンディー語の単語ではない。映画に登場する亡霊の名前である。

 プロデューサーはロニー・スクリューワーラー。監督は「The Sholay Girl」(2019年)や「Munjya」(2024年)のアーディティヤ・サルポートダール。キャストは、リテーシュ・デーシュムク、ソーナークシー・スィナー、サーキブ・サリーム、アースィフ・カーン、マヘーシュ・ジャーダヴ、ラージェーンドラ・グプター、ニールー・コーリー、ヨーゲーンドラ・ティックーなどである。

 ウッタル・プラデーシュ州マトゥラー近くにあるラトーリー村は、カクダーという亡霊によって呪われていた。毎火曜日の午後7時15分に小さな扉を開けておかないと、その家の男性はカクダーに呪われ、瘤ができ、13日後には死亡することになっていた。今までも多くの人々がカクダーの呪いの犠牲になってきた。

 ラトーリー村に住むサニー(サーキブ・サリーム)はインディラー(ソーナークシー・スィナー)と駆け落ち結婚するが、その日、彼はカクダーに呪われ、背中に大きな瘤ができてしまう。迷信を信じないインディラーはサニーをデリーの病院に連れて行く。医者はサニーの瘤を切除するが、翌日、瘤が復活していた。インディラーとサニーは失意の中ラトーリー村に戻る。

 インディラーは病院でヴィクター・ジャコブス(リテーシュ・デーシュムク)というゴーストハンターと出会っており、彼を村に呼び寄せる。ヴィクターは早速カクダーが何を問題としているのか突き止めようとし、カクダーと直面する。そのときに霊視によって作り出した絵や録音した音声などからヴィクターは、カクダーの正体はゴーヤル・サーカスの一員だった「グッドラック」という小人だったことを知る。

 また、インディラーにはゴームティー(ソーナークシー・スィナー)という双子の姉がいた。ゴームティーは夢遊病を患っており、普段は部屋の中に閉じこもっていた。インディラーは、ゴームティーがカクダーと何らかの関係を持っていると勘付く。ヴィクターは夜、眠りながらうろつくゴームティーを尾行する。ゴームティーは村外れの畑の中にある、カクダーの亡霊が宿った案山子のところまで行く。カクダーはゴームティーの身体に乗り移り、自身の身に起こったことを語り出す。

 ラトーリー村に住み着いたグッドラックはたちまち人気者になるが、それまで村の治療師として生計を立ててきたグッグー・ペヘルワーンから恨みを買い、グッドラックと親しかった少年シブとその母親ガンガーは焼かれてしまった。グッドラックは逃げ出し、村の人々に助けを求めたが、誰も扉を開けようとはしなかった。ガンガーは村外れの案山子のところで13時間苦しんだ後に死んだ。この恨みのためにグッドラックはラトーリー村の人々を呪ってきたのだった。

 ヴィクターは、カクダーの力は右足に宿っていると気付く。そしてカクダーを誘き寄せるためにゴームティーを使う。一度は失敗するものの、ヴィクターはグッグーの道場に埋められていたシブとガンガーの遺体に火を付けカクダーを誘き出し、ゴームティーに変装したインディラーに気を取られていたカクダーの隙を突いて彼の右足を切り落とす。こうしてカクダーは成仏し、サニーの瘤も治る。

 迷信に支配された僻地の村を舞台にした、民話や昔話の風味のあるホラー映画であり、その作りは大ヒットしたホラー映画「Stree」(2018年)とよく似ている。また、怖さをとことん追求するのではなく、敢えてコミカルにホラーを演出する手法は、近年のヒンディー語映画が好んで採用するようになったもので、インド映画のフォーマットとよくはまることが既に実証済みである。インド人観客の好みと過去の成功例を踏まえて、かなり戦略的に作り込まれたホラー映画だと感じた。

 村人たちが信じていた迷信は、カクダーという亡霊にまつわるものだった。毎火曜日の午後7時15分に玄関の脇に設置された小さな扉を開けておかないと、カクダーに呪われ、瘤を作られた上に、13日後に死亡するというものだった。また、カクダーは、村外れの畑の中に立っている不気味な案山子に宿っているとされていた。

 しかしながら、「Kakuda」の中でこの迷信は迷信ではなかった。実際に、この禁忌を破った者の前にはカクダーが現れ、呪いを実行していた。科学で迷信が払拭されるような種類の映画ではない。亡霊は存在するものとされ、登場人物たちは亡霊と向き合って問題を解決していくのである。

 ゴーストハンターとして登場するのが、リテーシュ・デーシュムク演じるヴィクターであった。そして、カクダーに呪われて13日後に死ぬ運命にあったのが、サーキブ・サリーム演じるサニーであった。サニーと駆け落ち結婚したインディラーがヴィクターを呼び寄せるが、ヴィクターはインディラーの双子の姉ゴームティーに惚れてしまう。ゴームティーは夢遊病を患っており、カクダーとも関係があった。

 カクダーがなぜラトーリー村の人々を呪っているのかについての説明は納得できるものだった。サーカスの一員として村を訪れ住み着いた小人「グッドラック」は、彼の右足に宿っていた不思議な治癒力で腰痛などに悩む村人たちを治療してもてはやされた。だが、元々治療師をしていたグッグーに恨まれ、寡婦と不倫していたとの濡れ衣を着せられた上に殺されてしまう。その際、村人たちはグッドラックを助けようとしなかった。それ故に彼は亡霊となってラトーリー村の人々を苦しめていたのだった。

 カクダーがゴームティーと通じ合っていたのも、ゴームティーが村人たちから蔑まれた存在だったからだと説明されていた。ゴームティーは夢遊病で、夜になると村を歩き回ったために、正気を疑われ、縁談も破談になった。それ以来、ゴームティーは自らを家の中に閉じ込めて暮らしていた。しかしながら、それだけの理由でカクダーがゴームティーに親近感を抱き、彼女に憑依して語り出すという設定には少し飛躍があるように感じた。ゴームティーの設定についても描写が不足していた。

 それでも、コメディーとホラーのバランスがほどよく、ホラー映画ながら楽しく鑑賞できる作品だ。インドにおける現代ホラー映画の先駆けといえる「Raaz」(2002年)以来、インド映画はインド映画のフォーマットの中でホラーというジャンルをどう料理するか、試行錯誤してきたが、もはやインドならではのスタイルを完全に確立したといえる。

 インディラーとゴームティーは双子という設定で、どちらもソーナークシー・スィナーが演じた。巧みに演じ分けをしていたわけではなかったが、カクダーに憑依されたゴームティーについては身体を張った演技を見せていた。リテーシュ・デーシュムクも渋さが出ており、怪しげなゴーストハンター役が似合っていた。サーキブ・サリームは残念ながら主役の座をリテーシュに奪われており、あまり格好の良い役柄ではなかった。

 「Kakuda」は、「Stree」などに似た民話風ホラーコメディー映画であり、時々クスッと笑いながら背筋の凍る思いもできるという一石二鳥の娯楽作品だ。劇場一般公開予定だったところを急遽OTTリリースに変更したということだが、劇場で公開しても一定の興行収入は得られたのではないかと思う。続編を匂わせた終わり方であり、もしかしたら将来「Kakuda 2」が作られるかもしれない。観て損はない作品である。