Maharaja (Tamil)

4.5
Maharaja
「Maharaja」

 2024年6月14日公開のタミル語映画「Maharaja」は、タミル語映画界の人気俳優ヴィジャイ・セートゥパティ主演のダークかつコミカルな犯罪映画である。ヴィジャイにとって50作目となる記念すべき作品でもある。ヒンディー語映画界の風雲児アヌラーグ・カシヤプ監督が悪役として出演しており、興味深い南北合作である点も注目される。

 監督はニティラン・サーミナータン。主演は前述の通りヴィジャイ・セートゥパティで、悪役としてアヌラーグ・カシヤプが起用されている。他に、マムター・モーハンダース、ナタラージャン・スブラーマニヤム、アビラーミ、サチャナー・ナーミダース、シンガムプリ、マニカンダンなどが出演している。

 タミル語のオリジナル版に加え、テルグ語版も公開された。Netflixでの公開時にはヒンディー語版も配信されたため、ヒンディー語で鑑賞をした。

 タミル・ナードゥ州チェンナイのパッリカラナイで床屋を営むマハーラージャー(ヴィジャイ・セートゥパティ)は、娘のジョーティ(サチャナー・ナーミダース)と共に暮らしていた。妻は14年前の事故で亡くなっていた。そのとき、まだ赤子だったジョーティも母親と一緒にいたが、鉄製のゴミ箱に守られ生き残った。マハーラージャーはそのゴミ箱を「ラクシュミー」と名付け、妻の遺影と共に大切に祀っていた。

 そのラクシュミーが何者かに盗まれた。マハーラージャーはパッリカラナイ署に盗難届を出しに訪れる。ところが、ゴミ箱盗難と聞いて誰もまともに取り合わない。マハーラージャーは警察署に通い詰め、いつしか雑事をこなすようになる。だが、彼には隠れた目的があった。

 実は、ジョーティは家に押し入った3人組の男に暴行を受け入院していた。その3人の内の1人、ダーナ(マニカンダン)については、かなり早い時期に見つけ出し、斬首していた。ダーナは死に際に、警察関係者に犯人がいると明かした。そのため、マハーラージャーは警察署で犯人捜しをしていたのである。その犯人の背中には「耳」があるとのことだった。

 パッリカラナイ署のヴァラダラージャン警部補(ナタラージャン・スブラーマニヤム)は、マハーラージャーが提供する多額の報酬目当てでゴミ箱盗難事件を受け持つ。彼は盗まれたゴミ箱とそっくりなものを作り、犯人をでっち上げて、手っ取り早く事件を解決しようとしていた。彼が犯人に仕立てあげたのは、タレコミ屋のナッラシヴァム(シンガムプリ)であった。

 ところが、ナッラシヴァムは実際にジョーティをレイプした実行犯の一人だった。ヴァラダラージャン警部補は捜査の上でナッラシヴァムの関与を突き止め、わざと彼をマハーラージャーの前に突き出したのだった。マハーラージャーはナッラシヴァムを惨殺する。

 マハーラージャーはナッラシヴァムから第3の犯人を知る。それは、電器屋を営むセルヴァム(アヌラーグ・カシヤプ)だった。

 実はマハーラージャーとセルヴァムには古い因縁があった。14年前、セルヴァムは助手のサバリと共に強盗殺人やレイプをし荒稼ぎしていた。セルヴァムには妻とアンムーという娘がいたが、犯罪のことは明かしていなかった。強盗で稼いだ金でアンムーに高価な誕生日プレゼントを買っていた。だが、悪事は長く続かず、サバリは警察に射殺され、セルヴァムは妻子の目の前で逮捕されてしまう。セルヴァムは、逮捕前にたまたま立ち寄った床屋にいたマハーラージャーが警察に密告したと早とちりし、彼に恨むようになった。そして出所後にダーナやナッラシヴァムと共にマハーラージャーの家に押し入り、ジョーティをレイプしたのだった。

 マハーラージャーはセルヴァムに会いに行き、彼に瀕死の重傷を負わす。そしてジョーティをその場に呼ぶ。ジョーティはセルヴァムを殺さなかった。だが、セルヴァムはジョーティこそがアンムーだと気付く。実は14年前の事故でマハーラージャーの妻と娘はどちらも死んでいた。その場にはセルヴァムの妻子もおり、彼の娘アンムーだけが助かった。マハーラージャーはアンムーを自分の娘として育てて来たのだった。

 セルヴァムは自分の過ちに気付き、身を投げて自殺する。

 ヴィジャイ・セートゥパティはとぼけた役柄が得意な俳優だ。それが大柄な外観との魅力的なギャップを生み出している。今回も、盗まれたゴミ箱の盗難届を出しに来る謎の人物として登場し、観客の興味をそそる。だが、物語は意外な方向に展開していく。

 終盤で明らかになることだが、この映画は実は2つの時間軸が平行して語られている。ひとつは2009年、もうひとつは2023年である。それら多くの場面がいかにも同じ時間軸上で起こっているように意図的に見せており、観客を小気味よい混乱に陥れる。だが、実は2つの時間軸を行ったり来たりしていたことが後から分かると、全てがきれいに氷解する。まず脚本が非常に優れており、それを分かりやすい形で提示できた監督の構成力の高さにも唸らされた。

 この映画は、2012年のデリー集団強姦事件以来、インドで数多く作られてきたレイプ撲滅映画の最高峰として位置づけられる。あれ以来、インドでは司法、立法、行政を含む様々なアプローチにより社会からレイプを撲滅する努力が払われてきたが、映画界も率先してインド人の意識改革に努めてきた。中には「レイプ犯は即射殺すべし」などの極端なメッセージを発信する映画もあった。だが、「Maharaja」は潜在的なレイプ犯に対してより心理戦を挑んでいるといえる。衝撃の結末は、「あなたがレイプしようとしている女性が自分の娘だったら、あなたはレイプができますか?」、「あなたがレイプした女性があなたの娘だったらどうしますか?」という問い掛けに他ならない。

 この映画には何人か悪役が登場するが、やはりメインとなるのはアヌラーグ・カシヤプ演じるセルヴァムだ。彼は、家族思いな極悪人として描かれる。表向きは電器屋の経営者だが、夜になると裕福な家庭に押し入り、金品を略奪した上に、女性をレイプし、殺害する。そして、稼いだ金で愛娘に金のネックレスを買ってあげる。だが、悪事が警察にばれ、逮捕された上に、妻子を事故で失ってしまう。出所後に彼が真っ先に取った行動は、逆恨みしていたマハーラージャーへの復讐であった。家で待ち伏せしていたところ、マハーラージャーよりも先に娘のジョーティが帰宅してしまったため、ジョーティをレイプすることで復讐としたのだった。決して同情できる人物ではないのだが、最後の最後でジョーティこそが死んだと思っていた娘のアンムーだったことが分かり、彼の後悔と死で映画が終わることで、彼にこそ監督が伝えたいメッセージが込められていたことが分かる。

 アヌラーグ・カシヤプは、監督としての功績の方が大きいが、時々俳優もしている。彼が演じるのはかなり癖のある役柄ばかりで、悪役を演じるのが特に好きみたいだ。「Maharaja」での演技は、間違いなく彼の俳優としてのベストである。また、彼はかなり昔から南インド映画を高く評価してきた人物で、こうしてタミル語映画で悪役として起用されることは願ったり叶ったりだったのではなかろうか。

 もちろん、主演のヴィジャイ・セートゥパティも素晴らしかった。演技云々以前に、佇まいに魅力がある。基本的にはダークな映画であるが、彼がいるおかげでどこか牧歌的な雰囲気が加わり、映画に丸みが出る。映画の中には、「ポリス」という名前の泥棒など、コメディーを担うキャラも他にいたが、やはりヴィジャイの存在感がより強かった。

 一応、マムター・モーハンダースがヒロインということになるだろうか。ジョーティの先生という役柄だったが、ほとんど出番がなく、ストーリーにも絡んで来ない役柄だった。むしろジョーティの方が目立っていた。

 「Maharaja」は、インド社会の病巣のひとつであるレイプ問題について、潜在的なレイプ犯の良心に問い掛けることでその撲滅を意図した、社会的に意義のある娯楽映画だ。純粋に映画としても、複雑な脚本をきれいにまとめることに成功しており、完成度が高い。興行的にも成功しており、2024年の大ヒット作の一本に数えられている。必見の映画である。