Sukhee

4.0
Sukhee
「Sukhee」

 「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)は、主婦の尊厳という今までヒンディー語映画で描かれてこなかったテーマに挑戦し成功した映画だった。2023年9月22日公開の「Sukhee」も、主婦、母親、そして女性の人生について考えさせられる作品である。

 監督はソーナル・ジョーシー。「Tamasha」(2015年)や「Jab Harry Met Sejal」(2017年)などで助監督を務めてきた人物で、本作で監督デビューとなる。主演はシルパー・シェッティー。1990年代から2000年代にかけて人気を誇ったスター女優である。2009年にインド系英国人実業家ラージ・クンドラーと結婚し、出産後はしばらく銀幕から遠ざかっていたが、「Hungama 2」(2021年)で復帰した。既に40代後半だが、時間が止まったかのような美貌を維持している。「English Vinglish」の主演シュリーデーヴィーと比肩するような存在になっている。

 他に、アミト・サード、クシャー・カピラー、ディルナーズ・イーラーニー、パヴリーン・グジュラール、チャイタニヤー・チャウダリー、キラン・クマール、ヴィノード・ナーグパール、プールニマー・ラートール、サンディープ・カプール、マーヒー・ジャインなどが出演している。

 題名はシルパー・シェッティーが演じる主役の愛称「スキー」から取られている。「सुखीスキー」とは「幸せ」という意味である。

 スクプリート・カールラー、通称スキー(シルパー・シェッティー)は、パンジャーブ州アーナンドコートに住む主婦だった。夫のグル(チャイタニヤー・チャウダリー)は亡き父親の跡を継いで毛布工場を経営しており、彼との間には高校生の一人娘ジャッスィー(マーヒー・ジャイン)がいた。また、病気がちな義理の祖父(ヴィノード・ナーグパール)も同居しており、スキーは家事をしながら介護もこなしていた。

 あるときスキーのところに高校の同窓会の案内が届く。元々デリーに住んでいたスキーはデリーの高校に通っていたが、その高校では皆が憧れるアイドル的存在だった。特に仲が良かった3人の友人、メヘル(クシャー・カピラー)、マーンスィー(ディルナーズ・イーラーニー)、タンヴィー(パヴリーン・グジュラール)とは楽しい高校時代を過ごした。懐かしい思い出が蘇ってきて、スキーは是非同窓会に参加したいと考えるが、グルは祖父の介護やジャッスィーの試験を理由にそれを認めようとしなかった。だが、義祖父はスキーに同窓会への参加を勧める。

 参加を迷っている内に義祖父は亡くなってしまう。葬儀が終わった後、スキーはデリー行きのチケットを受け取る。亡き義祖父が手配してくれたものだった。グルは、葬儀から日にちが経っていないのに同窓会に参加して楽しむのは不謹慎だと制止するが、スキーは勝手にデリーへ向かってしまう。

 スキーは高校時代の友人たちと再会し、楽しいひとときを過ごす。そこで彼女は、高校時代に付きまとわれていたヴィクラム・ヴァルマー(アミト・サード)とも久しぶりに出会う。当時は「コウモリ」のあだ名を付けられていた気味の悪い男性だったが、あれから四半世紀が過ぎ、すっかりいい男になっていた。

 実はスキーはグルと駆け落ち結婚し、実の両親から勘当されていた。久しぶりにデリーに来たスキーは実家にも立ち寄るが、両親と出会う勇気が出なかった。スキーはグルに電話をし、あと数日デリーに滞在したいと伝える。スキーがいなくなって家事などをしなくてはならなくなったグルは機嫌が悪く、彼とは喧嘩になってしまう。スキーはデリーに留まることを決める。

 吹っ切れたスキーは、乗馬に挑戦したり、デリーのストリートフードを楽しんだりする。実の父親(キラン・クマール)とも仲直りする。だが、母親から見捨てられたと感じたジャッスィーから「嫌い」とメッセージが来て、スキーはアーナンドコートに戻ることを考え始める。ヴィクラムとはよく会うようになり、彼に告白されてしまう。一方、グルとジャッスィーもスキーがいないことで妻や母親の尊さを感じるようになる。一度グルはデリーへ行ってスキーを連れ戻そうとするが、スキーは首を縦に振らなかった。

 だが、グルの気遣いやジャッスィーの愛情を感じるようになり、最後にスキーはアーナンドコートに戻る。

 主人公のスキーは、高校時代には成績優秀かつ統率力のある、学年でもっとも目立つ「ヘッドガール」だった。そんな彼女は大学時代に出会ったグルと駆け落ち結婚し、生まれ育ったデリーや実の家族を捨てて、アーナンドコートという田舎町に住むようになる。スキーには適応力もあり、グルの家族にも溶け込んで、良妻賢母として毎日の家事をそつなくこなす。だが、夫や娘からはいまいち尊敬が得られていなかった。彼女をもっとも認めてくれていたのは病気がちな義祖父だけであった。小さな不満を蓄積しながらもスキーは主婦業に勤しんでいた。

 スキーの設定からはインドの女性が置かれた2つの状況がうかがわれる。まずは主婦そのものが尊敬されていない実態である。外で働いている夫から主婦は、ずっと家にいて楽をしていると考えられており、そのために夫の妻に対する優越は当然とされている。従って主婦は夫から尊敬されず、夫婦間で何か言い合いがあると、彼女の家計に対する経済的な貢献度の無さが必ず糾弾され、黙らせられることになる。ちなみにインドの都市部に住む女性の6割以上は主婦だとされている。

 もうひとつは、才能あり将来を嘱望された女性までもが主婦として家に留まり才能を発揮できずにいる実態だ。女性にも夢があるが、結婚し主婦となることでほとんどの場合その夢は絶たれることになる。学生時代のスキーは周囲から大物になると期待されていた存在だった。だが、主婦になって日常の雑事に忙殺されている間に、夢を追うことすら忘れてしまっていた。詰まるところ、スキーは退屈な人生を送っていた。

 日本では、共働き世帯の増加に伴って主婦は減少している。現在の日本において、夫婦の7割は共働きだとされている。とはいえ、男性が家事や育児に参加する率はインドとそう変わらないと思われる。よって、「Sukhee」は日本の女性たちも十分に共感できる内容だ。

 そんなスキーの人生の転機となったのが高校時代の同窓会だった。亡き義祖父の計らいもあって、スキーは家族に無断で1泊2日の旅に出て、同窓会に参加する。同窓会は日本にもある文化であり、やはり日本人も共感しやすい展開だ。

 同窓会でスキーは懐かしい面々と再会する。高校時代とすっかり変わってしまった人、ほとんど変わらない人、それぞれであった。美貌の上ではスキーは昔のままだった。ところが彼女の中身はだいぶ変化してしまっていた。まず、同窓生はスキーが主婦をしていることに驚きを隠せない。てっきりどこぞの大企業のCEOでもしているのかと思ったら、主婦として田舎町でくすぶっていたのだ。また、スキーと仲間たちは「बेधड़कベーダラクबेशर्मベーシャラムबेपरवाहベーパルワー」、つまり「大胆に、恥知らずに、気楽に」を合い言葉にハチャメチャをしていた。しかし、長らく主婦をしてきたスキーは悪い意味ですっかり大人しく奥ゆかしい女性になってしまっていた。

 しかしながら、同窓会や懐かしい同窓生との再会をきっかけにスキーはかつての自分を取り戻す過程に入る。また、夫のグルや娘のジャッスィーもスキーがいなくなったことで彼女の存在の大きさ、そして尊さに気付き始める。一時は離婚の危機も迎えるが、最後は家族が絆を取り戻す姿が感動的に描かれる。特にジャッスィーがディベート大会にて母親について語る言葉は、母親に対して「あるがままでいて」と切に訴えるもので、心を打つ。

 高校時代にスキーに片思いをしていたヴィクラムの存在は、「Sukhee」の中でもっともスリリングなものだった。同窓会でスキーはヴィクラムと再会する。高校時代は気持ち悪い男性だったが、すっかりいい男になっており、スキーは彼を見直す。そして彼と会話を重ねる内に関係が深まっていく。最後にヴィクラムは彼女に告白をする。もちろん、スキーが既婚であることを知った上での敢えての告白だった。

 ヴィクラムの告白は決してスキーの略奪を求めたものではなかった。とても上品なもので、過去の自分ができなかった心残りを実行したものだった。もちろんスキーも彼の告白を受け入れない。意外だったのは、彼女がヴィクラムにグルのかつての姿を重ねていたことだ。結婚前のグルも今のヴィクラムのように彼女を一心に求める優しい男性だった。だが、結婚し、子供ができ、日常の雑事に忙殺されている間にそのフィーリングはいつの間にか失われてしまっていた。彼女は、グルを捨ててヴィクラムと一緒になっても、きっとヴィクラムも同じようになってしまうことを予見していた。だったらグルやジャッスィーの元に帰った方がいい。彼女の最終的な結論はこれだった。

 スキーとヴィクラムの関係が不倫にまで突き進んでしまったら異なった映画になっていたところだったが、あくまで上品に着地させており、好感が持てた。この辺りの仕上げは正にインド映画の良心であり、おかげで家族で安心して観ることができる。名作「Mr. and Mrs. Iyer」(2002年)に通じる処理の巧さを感じた。

 ただ、全体的にテンポがスローで、特に終盤は時間を掛けすぎだと感じた。人間関係の機微をじっくりと描き出すことには成功していたが、緩急を付けた展開があればより引き締まった映画になっていたことだろう。

 主演のシルパー・シェッティーはまたひとついい役を演じることができ、カムバック後のキャリア形成を順調に進めている。いい年の重ね方をしており、そのままでも美しかったのだが、「Meethi Boliyan」では大学時代のスキーを彼女自身が演じており、若作りをしていた。CGではなくメイクなどで若さを作り出したと思うのだが、その姿は全く40代とは思えなかった。騎手の姿をして乗馬をしたり、ロイヤルエンフィールドのブレット500に乗って疾走したりするシーンはかっこよかった。

 途中でスキーたちがオールドデリーのストリートフードをハシゴするシーンがあった。地図も店名もデタラメだったが、パラーター、チョーレー・バトゥーレー、ゴール・ガッペー、ファルーダー、クルフィー、クルチャーを食べており、オールドデリーのB級グルメを的確に押さえていた。

 女性中心映画である上に、女子トーク主体で話が進む物語である。彼女たちが交わす言葉にはかなり際どいものも含まれている。男子禁制の世界という感じがした。

 「Sukhee」は、高校時代の同窓会を起点にして、主婦が尊厳を取り戻し、家族と新たな関係を構築することにも成功するという感動作である。インド的な価値観の上に成り立ったストーリーではあるが、日本人でも十分に共感できる内容だ。主演シルパー・シェッティーも素晴らしく、亡くなったシュリーデーヴィーの後釜として通用する存在感を示した。興行的には期待外れだったようだが、現代インド社会をよく反映しており、必見の映画だと評価したい。