Kill

2.5
Kill
「Kill」

 2023年9月7日にトロント国際映画祭でプレミア上映され、インドでは2024年7月5日に公開された「Kill」は、走行中の列車でコマンドーと強盗団が血で血を洗う殺し合いをするという直球の暴力映画である。

 プロデューサーはカラン・ジョーハルやグニート・モーンガーなど。監督は「Brij Mohan Amar Rahe!」(2018年/邦題:不死身のブリジ・モハン)などのニキル・ナーゲーシュ・バット。主演はラクシャ。TVドラマ「Porus」(2017-18年/邦題:ポロス 古代インド英雄伝)で主演を務めた俳優で、映画出演は本作が初である。ヒロインは「Mumbaikar」(2023年)のターニヤー・マーニクタラー。他に、ラーガヴ・ジュヤール、アビシェーク・チャウハーン、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、ハルシュ・チャーヤー、アドリジャー・スィナーなどが出演している。。

 国防警備隊(NSG)コマンドーのアムリト・ラートール(ラクシャ)は、恋人のトゥリカー(ターニヤー・マーニクタラー)が別の男性と婚約すると聞き、休暇中に同僚のヴィーレーシュ・チャトワール(アビシェーク・チャウハーン)と共にジャールカンド州ラーンチーへ向かった。婚約式は終わり、トゥリカーと家族はデリー行きの列車に乗った。アムリトとヴィーレーシュも同じ列車に乗り込んだ。アムリトは隙を見てトゥリカーに話しかけ、彼女にプロポーズする。

 途中のダルトンガンジ駅でファニー・ブーシャン(ラーガヴ・ジュヤール)他の強盗団が列車に乗り込んできた。そして頃合を見計らって一斉に強盗を開始する。当初、アムリトとヴィーレーシュは強盗の指示に従う。途中の踏み切りでファニーの父親かつ強盗団のボスであるベーニー(アーシーシュ・ヴィディヤールティー)が乗り込んでくる。

 強盗団は列車の中で、ライバルギャングのボス、バルデーヴ・スィン(ハルシュ・チャーヤー)をたまたま見つける。バルデーヴはトゥリカーの父親でもあった。血気盛んなファニーはバルデーヴを誘拐しようとする。ところがアムリトとヴィーレーシュが反撃に出て、強盗団の一人を刺し殺す。これが強盗団の怒りに火を付ける。アムリトとヴィーレーシュは強盗団とたった二人で戦い出す。

 この戦いの中でヴィーレーシュは重傷を負い、トゥリカーはファニーに刺され、列車から放り出されてしまう。手加減して戦っていたアムリトは、トゥリカーが殺されるところを見て怒りを爆発させ、本気の殺人モードに入る。アムリトは次々に強盗団を殺していく。アムリトはベーニーも殺してしまった。

 一旦、ファニーは列車から降りて逃走するが、もう一度列車に戻り、ヴィーレーシュを殺す。バルデーヴは、はぐれてしまった次女のアハーナー(アドリジャー・スィナー)を案じていたが、無事に再会する。アムリトはファニーと死闘を繰り広げ、最後に彼を殺す。

 インドを貧乏旅行したことがある人なら必ずインド鉄道の列車を使ったことがあるだろう。コンパートメント席と廊下席に分かれた独特の構造をし、生のインド人と密に触れ合えるあの列車は、多くの旅人たちに数々の楽しい思い出を提供してきた。「Kill」は、ほぼ最初から最後までその列車の中で繰り広げられる殺し合いをひたすら映し続けた無双系映画である。

 殺し合いの舞台となる列車はラーンチーからデリーに向かう。ラーンチーが位置するジャールカンド州はインド最貧州のひとつであり、今でも列車強盗が時々ある地域である。

 列車はほぼずっと走行しているため、実質的には密室となる。強盗団は意外にハイテクで、強盗開始前にジャマーで携帯電話の電波を妨害するため、通信も遮断された。また、各車両には緊急停止用のチェーンもあるが、やはり強盗団は予めこれを無効化してしまっていた。もちろん、走っている車両から飛び降りたら無事では済まない。狭い車内での戦いになるので動きに制約が出るが、あちこちに備え付けられている備品などをうまく使って独創的な戦いができる場でもある。

 主人公のアムリトは、当初は手加減して戦っていた。軍人にとっての義務は国民を守ることであり、強盗であれども国民に変わりがない。なるべく相手の命に別状のないような戦い方をしていた。ところが恋人のトゥリカーを殺されたことでスイッチが切り替わってしまう。それを明示するかのように、ここで初めて映画のタイトル「Kill」が表示される。そこからは一撃必殺の修羅のごとき殺人術を使って戦うようになる。

 強盗団の立場から見たら、限られた車両に狙いを定め、乗客から首尾良く金品を巻き上げて、途中で下りてトンズラする、いつも通りの「仕事」であった。ところが列車にコマンドーが乗っていたこと、さらに、ライバルギャングのボスまでいたことにより、計画が狂ってしまう。強盗団のボス、ベーニーの息子ファニーが狂気じみた性格をしていたことも、その混乱に拍車を掛けた。

 映画の結末はとても悲しいものだ。アムリトは生き残り、強盗団はほぼ皆殺しにしたが、恋人のトゥリカーと親友のヴィーレーシュは失ってしまった。インド人観客にとっては見慣れた車両の中で死闘が繰り広げられることに味のある映画だといえる。ただし、暴力描写は過激だ。特にヒロインがあっけなく殺されてしまうのが何ともショッキングである。それぞれのキャラの今いる場所が分かりにくかったのもマイナスだった。せっかく前後に細長い準密室で戦っているのだから、誰がどこにいるのかをもっと分かりやすく映し出すことができれば、さらにスリルが増したと思われる。

 主演のラクシャは、「Kill」を観る限りでは、あくまでTVドラマ俳優であり、映画スターになるために必要なスター性が足りないように感じたが、今後の出演作次第である。肉体はよく作り上げられていたし、軍人としての動きもよく身に付けていたと思う。だが、悪役であるラーガヴ・ジュヤールの猟奇的な演技の方にどうしても目が行ってしまう。ターニヤー・マーニクタラーは早々に殺されてしまったが、一定のインパクトは残せたのではなかろうか。

 「Kill」は、プロットをほぼ廃し、血みどろの戦いに徹した無双系暴力映画である。インド鉄道の列車内で戦うという点が新しく、戦いに独創性はあったが、延々と暴力を見せつけられるだけの映画といってしまっても大きな外れとは見なされないだろう。しかもほぼ無名の俳優たちばかりの映画だ。本来ならばヒットする予感はしないのだが、映画というのは分からないもので、興行的には上々であり、しかも批評家からの評価も悪くない。ハリウッドでのリメイクも決まっているという。個人的にはあまり受け入れられなかったが、チェックすべき作品なのかもしれない。