2023年8月10日公開のタミル語映画「Jailer」は、タミル語映画界の「スーパースター」ラジニーカーント主演のアクション映画である。題名からは、今回ラジニーカーントが刑務所の看守を務めることが予想されるが、実際にはもう少し複雑なストーリーである。
プロデューサーはサン・ピクチャースのカラーニディ・マーラン。監督は「Beast」(2022年)のネルソン。音楽はアニルッド。主演ラジニーカーントの他に、ヴィナーヤカン、ラミヤー・クリシュナン、ヴァサント・ラヴィ、スニール、ヨーギー・バーブー、ミルナー・メーナンなどが出演している。また、特別出演のキャストが豪華で、モーハンラール、シヴァ・ラージクマール、ジャッキー・シュロフ、タマンナー、マカランド・デーシュパーンデーなど、南北の映画界で活躍する俳優たちが起用されている。
「Jailer」のオリジナルはタミル語だが、ヒンディー語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語の吹替版も同時公開された。鑑賞したのはヒンディー語吹替版である。
ムトゥヴェール・パーンディヤン(ラジニーカーント)は元々デリーのティハール刑務所においてカリスマ所長として数々の犯罪者の更正に尽力してきた警察官で、現在は退職し隠居生活を送っていた。妻ヴィジャヤー(ラミヤー・クリシュナン)との間にできた息子のアルジュン(ヴァサント・ラヴィ)も警察官で、警視の階級にあり、骨董品密売事件を追っていた。アルジュンと妻シュエーター(ミルナー・メーナン)の間にはリトヴィクという息子がおり、ムトゥヴェールは孫を可愛がっていた。 ある日、アルジュン警視が突然行方不明になってしまう。警察の間では、警察官が誘拐されたと世間に知れると不名誉になるので、自殺ということで片づけようとしていた。ムトゥヴェールは息子が殺されたと考える。そして、単独で犯人を探し始める。ムトゥヴェールは直接の実行犯であるスィーヌーを殺すが、今度はムトゥヴェールとその家族がスィーヌーのボス、ヴァルマン(ヴィナーヤカン)に狙われるようになる。ムトゥヴェールはヴァルマンのアジトに乗り込み彼を殺そうとするが、ヴァルマンは息子が生きていることを伝える。 ムトゥヴェールはアルジュン警視の解放と引き換えに、アーディ・ナーラーヤン寺院に厳重に保管されている貴重な王冠を盗み出すことになる。同寺院の宝物庫にアクセスできる人物は限られていたが、その内の一人、俳優のブラスト・モーハン(スニール)を通して盗み出すことに成功する。 ムトゥヴェールは王冠をヴァルマンに送る。解放される前にアルジュン警視はヴァルマンに父親の殺害と引き換えに報酬の山分けを提案する。だが、実はヴァルマンが手にした王冠は偽物で、盗撮器が仕掛けられており、全てを見聞きしていた。ムトゥヴェールはヴァルマンのアジトに乗り込み彼を殺す。アルジュン警視は自首を拒否し、父親に銃を向けた。ムトゥヴェールは息子を殺し、去って行く。
前半と後半でガラリと雰囲気が変わる映画だった。後半はいつものラジニーカーント映画だ。隠居生活から「現役」に復帰した主人公ムトゥヴェールが、殺された息子の復讐のために立ち上がり、悪党どもを次から次へとなぎ倒す。息子が生きていることが分かると、今度は悪役ヴァルマンの要求に応え、厳重警戒の寺院から王冠を盗み出そうとする。70歳を越える年齢ながら、「スーパースター」ラジニーカーントの無敵振りに全く衰えはなく、無双状態だ。ラジニーカーントの熱狂的なファンたちはきっと後半で最高潮に盛り上がることだろう。
しかし、むしろ興味深かったのは前半の方だ。ムトゥヴェールはご隠居らしく、無用な争いには首を突っ込まず、対話によって問題を解決しようとする。普段は人間離れしたヒーロー役ばかりを演じているラジニーカーントだが、シリアスな演技もできる俳優である。ただ、残念なことに、あまりに無敵のヒーローのイメージが強烈にこびりついてしまっているため、そういう役を演じる機会はなかなか与えられない。「Jailer」では、後半での大暴れをいつものラジニーカーント映画を楽しみにしているファンへの免罪符にして、前半において普段とは異なる「裏ラジニーカーント」の魅力を引きだそうとしている。
ただし、ラジニーカーント映画はどうしてもラジニーカーントにだけスポットライトが当たり続ける。もっとも割を食っていた女優陣だ。例えば、「Baahubali」シリーズ(2015年/2017年)で国母シヴァガミを演じたラミヤー・クリシュナンがムトゥヴェールの妻役を演じていたが、「Baahubali」シリーズとは比較にならないほどの端役であり、ほとんど存在感がない。ひたすら息子の心配をし、夫の行動に黙って従う没個性な主婦を演じていただけだった。「Baahubali」シリーズでアヴァンティカーを演じたタマンナーもアイテムガールに過ぎなかった。
女優は飾りにもなっていなかったが、逆にカメオ出演の俳優たちにはそれぞれ見せ場が用意されていた。もっとも注目されるのは、マラヤーラム語映画界の伝説的スター、モーハンラールの起用だ。ラジニーカーントとモーハンラールは各映画界で40年以上のキャリアを持つが、実はこの二人が同じ映画に出演するのはこれが初である。エキセントリックな悪役ヴァルマンを演じていたヴィナーヤカンもマラヤーラム語映画俳優だ。
そうかと思えば、ヒンディー語映画界からもジャッキー・シュロフとマカランド・デーシュパーンデーが出演しているし、カンナダ語映画俳優シヴァ・ラージクマールやテルグ語映画俳優ナーガ・バーブーも出演している。インド各地の映画界からバランス良く俳優を起用しており、「汎インド映画」を狙った作品であることが分かる。映画の舞台もタミル・ナードゥ州のみならず、デリー、ムンバイー、アーンドラ・プラデーシュ州と各地へ飛ぶ。
寺院が貴重な財宝を所蔵しているという下りは、ケーララ州ティルヴァナンタプラムのパドマナーバスワーミー寺院を意識していると思われる。同寺院の隠し部屋には1兆ルピー以上の価値のある財宝が眠っていると報道され、大きな話題になったことがあった。
「Jailer」は、ラジニーカーント映画ではあるが、前半と後半でガラリと雰囲気が変わる。後半は従来のファン向けだが、前半からは彼の異なった魅力を引き出そうとする努力が感じられた。モーハンラールやジャッキー・シュロフなど、インド各地の映画界から俳優が起用されており、「汎インド映画」を目指した作品であることが分かる。興行的には成功している。観て損はない映画だ。