2018年3月30日公開のテルグ語映画「Rangasthalam」は、1980年代のアーンドラ・プラデーシュ州農村地帯を舞台にした復讐劇である。テルグ語映画界のメガスター、チランジーヴィーの息子ラーム・チャランが主演で、テルグ語映画史に残る大ヒットになった。
監督はスクマール。ラーム・チャランの他には、サマンタ・アッキネニ、アーディ・ピニセッティ、ジャガパティ・バーブー、プラカーシュ・ラージ、アナスヤー・バールドワージ、プージタ・ポナーダなどが出演している。また、プージャー・ヘーグデーがアイテムソング「Jigelu Rani」でアイテムガール出演している。
題名の「Rangasthalam」とは「舞台」「ステージ」という意味だが、同時に映画の舞台になっているランガスタラム村のことも指している。
この映画は「ランガスタラム」という邦題と共に2023年7月14日に日本で劇場一般公開された。「RRR」(2022年/邦題:RRR)が大ヒットしたことで、その主演の一人ラーム・チャランの過去の作品が日の目を見た形になる。ラーム・チャランにとってキャリアの転換点になった作品として伝えられている。オンライン試写によって日本語字幕付きで鑑賞し、このレビューを書いた。
時代は1980年代、場所はアーンドラ・プラデーシュ州の架空の村ランガスタラム。ランガスタラム村は、村落議会の議長パニーインドラ・ブーパティ、通称プレジデント(ジャガパティ・バーブー)が過去30年間にわたって君臨しており、誰も逆らえない状態にあった。プレジデントは村人にローンを出すソサイエティーを使って村人たちを借金漬けにし、暴利を貪っていた。 チッティ・バーブー(ラーム・チャラン)はランガスタラム村に住む難聴の青年だった。同じ村に住むラーマラクシュミー(サマンタ・アッキネニ)と恋仲だったが、難聴が災いして二人の間には行き違いがあった。最近、チッティの兄クマール・バーブー(アーディ・ピニセッティ)が出稼ぎ先のドバイから村に帰ってきていた。クマールにはパドマー(プージタ・ポナーダ)という恋人がおり、時々会いに行っていた。 ラーマラクシュミーの家族はソサイエティーに借金をしていたが、いくら借金を返してもなくならなかった。その不正に気付いたクマールはソサイエティーの責任者を殴り、その事件が村落議会にかけられる。そしてクマールは2万ルピーもの罰金を命じられる。そこでクマールは州議会議員ダクシナ・ムールティ(プラカーシュ・ラージ)の助けを借りて村長選挙にプレジデントの対立候補として立候補する。だが、クマールはパドマーとの密会の帰り道、サトウキビ畑の中で暴徒に襲われる。チッティが兄を助けるが、彼が目を離した隙に何者かに殺されてしまった。今までもプレジデントに立ち向かった村人は不審な死を遂げていたが、当然のことながらプレジデントがその黒幕であった。 兄を殺されたチッティは怒ってプレジデントの邸宅を村人たちと共に襲撃するが、プレジデントは逃亡した後だった。チッティは霊媒師に頼んでプレジデントの居場所を見つけ出し、彼を殺す。しかし、兄を殺したのはプレジデントではなかった。チッティはダクシナ・ムールティに会いに行くが、ちょうどそのとき彼は交通事故に遭って意識不明の重体に陥ってしまう。チッティは必死になってダクシナ・ムールティの看病をする。 2年後、ダクシナ・ムールティは目を覚ます。その2ヶ月後には完全に回復し、所属政党からは大臣就任のオファーもあった。チッティはダクシナ・ムールティに会いに行く。実はクマールを殺させたのはダクシナ・ムールティだった。クマールが彼の娘パドマーと付き合っていることを知り、刺客を放ったのだった。チッティはダクシナ・ムールティを殺す。
まず、ラーム・チャラン演じる主人公チッティが難聴という設定がユニークだった。前半では彼の難聴が引き起こすミスコミュニケーションが笑いを引き起こしていたが、当然のことながらそれだけのためにこの障害がわざわざ設定されていたわけではない。後半に入り、最愛の兄クマールが殺害される場面の前後から難聴の設定が生き始める。兄が死に際に、自分を殺した人物の名前をつぶやくが、難聴のチッティはそれを聴き取ることができなかった。だが、偶然もあってチッティはクマールが最期に言い残したメッセージを再構築することに成功し、真犯人への復讐を果たすことができるのである。
また、結末にも関わってくることだが、チッティやクマールの家族が属するカーストは低く、差別を受けていた点も見逃せない。果たしてどれだけ低いのかは分からなかったのだが、少なくともダクシナ・ムールティは自分の娘パドマーをクマールに嫁がせることを言語道断だと考えているほど低かった。現代のカースト分類では「その他の後進階級(OBC)」辺りなのではないかと思われる。ただし、カースト制度を主題にした映画ではなかった。カーストによって上下の序列がある社会が当然のように提示されていたのみである。
徹底的な娯楽路線とスターシステムの堅持を貫くテルグ語映画にしては、主演ラーム・チャランが絶対的なヒーローでなかったのは興味深い。チッティは、自称「エンジニア」で、戦えば一騎当千の強さを誇るものの、普段は難聴のせいでトンチンカンな行動をしがちな、ちょっと間の抜けた人物であった。ランガスタラム村を牛耳るプレジデントに選挙という形で立ち向かったのは彼ではなく、兄のクマールであるし、兄が殺された後に代わって立候補したのも弟ではなかった。結局、チッティがこの映画の中で成し遂げたのは、逃亡したプレジデントと、クマール殺害の真犯人であるダクシナ・ムールティを殺しただけで、しかもそれは公衆の面前で行われていないため、他の人々には知られなかった。ダクシナ・ムールティを殺した後、チッティは、恋仲になったラーマラクシュミーと共に彼の邸宅をこっそり立ち去るところが描写されているだけで、その後に彼がランガスタラム村の指導者になるような後日談も期待できそうにない。
とはいっても、終始カメラの中心にいたのはラーム・チャランであり、彼が主演であることには間違いない。絶対的なヒーローとしてのかっこよさは足りなかったかもしれないが、障害を抱えながらも兄思いで正義感の強い好青年をパワフルに演じていた。長い髭を蓄えたルックスにも注目である。「Rangasthalam」でのチッティのキャラは、スクマール監督の次作「Pushpa: The Rise」(2021年/邦題:プシュパ 覚醒)の主人公プシュパーの原型にも感じられた。
「舞台」という意味の題名を冠していることもあって、それが伏線的にストーリーにも関与してくるのかと思って観ていたが、題名と内容の間に強いつながりがあるようには思えなかった。この世界は大きな舞台で、我々は誰かに操られて演技をしている人形だ、みたいな形での言及はあったが、それだけだった。途中で死んだはずの叔父の亡霊が登場し、いかにも舞台劇の口調でチッティに語りかける場面もあったが、それも重要なイベントではなかった。
恋愛部分の描写は非常に雑であった。例えば、なぜラーマラクシュミーがチッティのことを好きになったのか、ほとんど理解ができなかった。クマールとパドマーの恋愛も、終盤のどんでん返しに影響してくる重要な伏線であったが、淡泊すぎる描写であった。
序盤から中盤にかけて凄みを利かせていたプレジデントが、クマール殺害後は尻尾を巻いて逃げ出すというのも、意外すぎる展開だった。いくら村人たちが蜂起したといっても、プレジデントには多くの手下がおり、彼らを撃退するくらい朝飯前だったのではないかと思う。中盤まで圧倒的な恐怖を演出した悪役のこの突然の凋落もこの映画の弱い部分だった。
「Rangasthalam」は、ラーム・チャラン主演の復讐劇映画で、主人公が難聴というユニークな設定により、ストーリーに深みと意外性をもたらすことに成功している。興行的な成功にも頷ける。ただ、細かい部分を見るといくつかの疑問点も浮かぶ。ラーム・チャランのファンだったら間違いなく楽しめる映画だが、「RRR」レベルの完成度は期待しないほうがいいだろう。