21世紀以降、特に若者の間で新たに使われるようになったヒンディー語の慣用句に「वाट लगना」がある。これは何か良くないことが起こったときに発せられるフレーズである。例えば「वाट लग गई」といった場合、「やばいことになった」などという意味になる。他動詞と共に使うこともでき、「तेरी वाट लगा दूँगा」といった場合、「お前を酷い目に遭わせてやる」などという意味になる。
元々はマラーティー語圏で使われていた慣用句で、これがムンバイーの路地などで話される混成ヒンディー語、いわゆる「ムンバイヤー・ヒンディー」または「タポーリー・バーシャー」に取り込まれ、そこから映画などを通してヒンディー語を母語とする人々の間にも広まったとされている。
実はインド人の中でも「वाट」が何を指すか意見が割れている。個人的には、消費電力の単位「ワット(watt)」から来ているのではないかと考えていた。ヒンディー語で「ワット」は「वाट」と読み書きする。「ワット」はそのまま電気も意味し、「वाट लगना」で「感電する」という意味になって、そこからの派生で上記の用法が生まれたのではないか。ただ、「ワット」を意味する「वाट」が男性名詞である一方、「वाट लगना」に使われる「वाट」は女性名詞であり、一致しない。
よく聞くのは、ここでの「वाट」は「道」という意味であるという説明だ。そうだとすると、「वाट लगना」で「道筋が付けられる」みたいな意味になる。どこにつながる道かといえば、「墓場」などのネガティブな場所だとされる。よって、「वाट लग गई」は「もう死んだわ」みたいな意味になり得る。ただし、困ったことに、「道」という意味の「वाट」も男性名詞なのである。
このブログでは、「वाट」はサンスクリット語の「वर्तिः」が変化した単語だとしている。これは「炎」という意味である。ヒンディー語では「बत्ती」という単語に変化して使われている。もしそうだとすれば、「वाट लगना」は「火が付く」という意味になり、確かに何か良くないことが起こった状況を連想しやすい。ただ、これも定説とはいいがたい。
「वाट लगना」や「वाट लगाना」はヒンディー語映画のセリフによく登場する。そもそもヒンディー語映画がこの慣用句を広めたのだ。例えば「Munna Bhai M.B.B.S.」(2004年)や「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)のような、ムンバイーのアンダーワールドやマフィア及びチンピラなどが登場する映画で多用される。
この慣用句は挿入歌の歌詞にも使われるほど一般的になっている。代表的なのは、「Liger」(2022年)の「Waat Laga Denge」だ。総合格闘技の映画であり、対戦相手を「ぶっとばしてやる」ぐらいの意味でこの慣用句がサビとして使われている。