Kennedy

4.0
Kennedy
「Kennedy」

 ヒンディー語映画界の風雲児アヌラーグ・カシヤプ監督のノワール映画「Kennedy」は、2023年5月25日にカンヌ映画祭でプレミア上映されて好評を博し、その後いくつかの映画祭で上映されながらも、長らく一般人の目には触れずに時間が過ぎてしまった曰く付きの作品だ。2025年12月10日に映画特化型SNS「Letterboxd」でデジタル公開され、インドでは2026年2月20日にようやくZee5によって配信された。コロナ禍中に撮影されており、ストーリーでもコロナ禍の日常生活が克明に反映されている。

 主演はラーフル・バット。彼はカシヤプ監督のお気に入りで、「Ugly」(2014年)と「Dobaaraa」(2022年)で起用されている。驚きなのは、インド系カナダ人元AV女優サニー・リオーネがヒロイン的な役でキャスティングされていることだ。インド映画界でアイテムガールとして足場を築いたが、どうしてもその枠を越えられていない印象だった。カシヤプ作品への起用は大抜擢といえ、彼女の映画女優としてのキャリア上、大きな転機だと評価できる。

 他に、モーヒト・タカルカル、アビラーシュ・タープリヤール、カリシュマー・モーディー、メーガー・ブルマン、アーミル・ダールヴィー、クルシュ・デーブー、シュリーカーント・ヤーダヴなどが出演している。

 コロナ禍中のムンバイー。警察官ウダイ・シェッティー(ラーフル・バット)は、上司ラシード・カーン(モーヒト・タカルカル)の指揮の下、強引な手法でギャングを一掃してきたエンカウンター・スペシャリストだった。ギャングの親玉サリーム・カッターワーラー(アーミル・ダールヴィー)を追う中で彼は愛人で女優グンジャン・アローラー(カリシュマー・モーディー)の弟チャンダン(アビラーシュ・タープリヤール)を絞殺する。シェッティーを煙たがる警視総監は彼を懲戒処分とする。また、サリームは復讐としてシェッティーの息子アーディを爆殺する。ショックを受けたシェッティーの妻アヌラーダー(メーガー・ブルマン)は、せめて残された娘アディティを守ろうと、シェッティーに離婚を突き付ける。シェッティーはラシードと共謀して狂言誘拐を演じ、そのまま行方不明になる。世間ではシェッティーは死んだとされていた。だが、それから6年間、シェッティーは「ケネディー」を名乗ってラシードのために働く暗殺者として暗躍し、多くのターゲットを殺してきた。同時に彼は、雲隠れしたサリームを探し続けていた。シェッティーは何度も警視総監になったラシードにサリームの居場所を聞くが、彼は答えをはぐらかしていた。シェッティーはサリームの甥を見つけ出し、名を名乗って殺す。サリームにもシェッティーの生存が伝わった。

 ある晩、シェッティーはモーデーマール・ホテルに住むカビールという実業家を暗殺する。その帰りに彼はチャーリー(サニー・リオーネ)というインド在住カナダ人女性と出くわす。彼女はカビールの階下に住んでいた。カビールはチャーリーの恋人であったが、ラシードはカビールと取引し、チャーリーを横取りして愛人にしていた。それ故にカビールが邪魔だったのである。チャーリーはカビールを殺したのがシェッティーだとすぐに気付くが、ラシードから身を守るために彼に助けを求める。

 次の晩、シェッティーは州議会議員を暗殺する。だが、証拠隠滅のため彼の家族まで皆殺しにしてしまう。また、賭け屋パルヴェーズ(クルシュ・デーブー)から借りた自動車をモーデーマール・ホテルで誤って爆破してしまい、大きなニュースになる。パルヴェーズは雲隠れするが、その妻が「警察に自動車を貸した」と証言したことから、ラシードは焦る。とりあえずシェッティーは元相棒のアビジート・カーレー警部補(シュリーカーント・ヤーダヴ)と共にパルヴェーズを殺害するが、自殺には見えない殺し方であり、ますます警察の関与が疑われてしまう。シェッティーはラシードが保身のために自分を消し去ろうとすると直感する。

 ところで、シェッティーは密かにアディティを見守っていた。アディティにiPhoneを贈ったのも彼だった。アディティも、死んだと吹き込まれていた父親がまだ生きていると感じていた。シェッティーは有り金を全て娘に託そうとし、彼女の銀行口座に入金しようとするが、身分証明書がなく銀行から断られる。そこで彼はチャーリーに会いに行く。ラシードからシェッティー暗殺の指令を受けたカーレーや、とうとう現れたサリームを返り討ちにし、チャーリーの部屋に入って、待ち構えていたグンジャンを殺す。そしてチャーリーに多額の現金を託す。

 シェッティーは自宅に戻ろうとするが、既にラシードに率いられた警察の一団によって包囲されていた。シェッティーはラシードを銃撃し逃走する。激しいカーチェイスの後、負傷した彼はパルヴェーズのオフィスに忍び込み、自分が今までラシードの下で「ケネディー」として殺人や脅迫などの悪事に従事してきたことをつづったメールを政府やメディアに送る。その後、彼はアディティにメッセージを送る。アディティから電話が掛かってくるが、彼は取らず、自殺しようとする。

 エンカウンター・スペシャリストとして名を馳せた有能な警察官でありながら、その強引な手法が仇となって懲戒免職となり、しかも最愛の息子を失って妻から離婚され、自らの存在を消して暗殺者になった孤独な男シェッティー、通称「ケネディー」が主人公の映画だ。暗殺者になっても強引さは直っておらず、決して鮮やかな手口とはいいがたい。警察時代からの上司で現在は警視総監にまで昇進した悪徳警官ラシードによって操られていたが、ラシードは次第に厄介事ばかり起こす彼を持て余すようになり、しまいには消し去ろうとする。

 シェッティーがラシードの指示に従っていたのにはひとつの理由があった。彼はサリームというギャングの親玉を探し回っていた。ラシードは警視総監という立場もあってサリームの居場所に関する情報が入りやすいのではないかと考え、彼の命令に大人しく従っていたのだった。サリームは息子アーディの仇であった。だが、ポイントとなるのはラシードがシェッティーとサリームの二股を掛けていたことである。シェッティーはサリームを殺そうとしていたが、サリームにとってもシェッティーは愛人グンジャンの弟チャンダンの仇であり、お互い様だった。そしてラシードは自己の利益のため、この二人を争わせながらうまく操ろうとしていた。

 このお互い様の復讐劇が「Kennedy」の軸となる要素であったが、もうひとつこの映画を感傷的に彩っていたのは、シェッティーと娘アディティの関係性だった。アーディの死後、シェッティーの妻アヌラーダーは、彼と夫婦で居続ける限りアディティの命も危ないと考え、彼と離婚する。そして、娘には「父親は死んだ」と言い聞かせてきた。だが、シェッティーはアディティを深く愛しており、彼女たちの家に監視カメラを仕掛けて、暇な時間にずっと家族の様子を眺めていた。そして、アディティの成長を見守っていた。シェッティーはアディティに接近することもあったが、決して彼女に話し掛けようとはしなかった。父親が生きていると知ることで彼女にどんな影響があるのか、分からなかったからだ。

 見事だったのはラストだ。サリームへの復讐を果たし、彼が直面していた全ての不幸の黒幕であったラシードにも一矢報いたものの、傷だらけになっていたシェッティーは、自殺する前にアディティにメッセージを送る。アディティはすぐに反応し、謎の送り主に「パパ?」と返答する。そして電話も掛かってくる。それに反応しないまま、もしくはできないまま、シェッティーは口に拳銃をくわえる。その後、彼は引き金を引いたのかどうかは描かれない。観客の想像に委ねられる。ただ、コール音だけが空しく響き渡るエンディングであった。さまざまな可能性を含み、いかにも映画的な余韻を残す、素晴らしい切り上げ方だった。アヌラーグ・カシヤプ監督のセンスが光っていた。

 シェッティー役を演じた主演ラーフル・バット、そしてラシード役を演じたモーヒト・タカルカルは甲乙付けがたい名演技を見せていた。それよりも驚いたのは抜擢のサニー・リオーネだ。なんともエキセントリックなカナダ人女性を迫真の演技で演じ切っていた。もちろん、生身の彼女に近い役だったということもあるのだが、これほど演技力があるとは思っていなかったので、意外だった。使いどころを間違えなければ、このようなシリアスな映画にもフィットする役柄を演じることができることが証明された。彼女の活躍の幅は今後広がるのではなかろうか。

 カシヤプ作品は音楽の使い方がユニークであることでも知られる。一般的な娯楽映画のように歌と踊りが入るわけではないが、BGMとして随所に歌が使われていた。しかも、既存の枠組みにとらわれない使い方で、彼の出世作「Dev. D」(2009年)を思わせるような場面もあった。詩の朗読のようなナレーションも叙情を深めていた。

 「Kennedy」は、日の目を見るのに時間が掛かってしまったが、待った甲斐は十分にある。アヌラーグ・カシヤプ監督らしいダークな雰囲気のシリアスなノワール映画だ。カルト的な人気を集める可能性もあるのではなかろうか。ただ、あくまで「カルト的な人気」であり、確かに万人受けする映画ではない。OTTスルーになってしまったのは、劇場一般公開では採算が取れないと判断されたためであろう。それでも、この映画の価値は少しも減じていない。サニー・リオーネの大抜擢にも注目である。