中世から近世にかけての時代劇映画には「タワーイフ」と呼ばれる職業の女性が登場する。ヒンディー語で書くと「तवाइफ़」になる。時々「娼婦」「売春婦」などと訳されることもあるのだが実際には異なる。タワーイフは文学、舞踊、音楽、そして礼法などに通じた教養のある一流の女性であり、世間からは非常に尊敬を受けていた。インド独特の文化ではあるが、日本には「芸者」という似た文化があるので理解されやすい。日本の芸者にも複数のランクがあるが、インドのタワーイフは、人前で舞踊を踊る女性の中では最高レベルの技能と教養を持つ女性である。よって、芸者の中の最高ランクである「芸妓」を当てはめて訳すのがもっとも適している。
「タワーイフ」はアルファベットでは「Tawaif」と綴るが、もうひとつ類義語に「Nautch Girl」という英単語がある。これは「踊り」という意味のヒンディー語「नाच」から派生した言葉で、中世から近世にかけて王族や貴族の宮廷などで踊りを踊っていた女性たちを指す。「Nautch Girl」は一般に「タワーイフ」よりも広い範囲の踊り子たちを包括する言葉で、タワーイフのように一定レベルの技芸や教養を求められない。「courtesan」も時々タワーイフの訳として使われる英単語だが、この言葉には「高級娼婦」という意味合いがあり、誤解を招きやすいのではないかと感じる。
また、インドには古代から「デーヴァダースィー」という女性たちがいたことが知られている。「神に仕える女性」という意味のデーヴァダースィーは、寺院に所属し舞いを生業としていた。やはり日本にも巫女の文化があるので理解は困難ではないだろう。ただ、デーヴァダースィーとタワーイフは同義ではない。タワーイフは寺院付きではなく、自分の館(コーティー)を持ち、そこで来客をもてなしていた、自立した女性たちだ。
「タワーイフ」という言葉がペルシア語起源であることもあって、タワーイフにはイスラーム教的な雰囲気が漂う。タワーイフが栄えたのはムガル朝以降の北インドであることも関係している。イスラーム教徒の支配者に長く支配されたデリーやラクナウーがタワーイフ文化の中心地だ。タワーイフは優雅なウルドゥー語を使いこなしたとされるが、必ずしもイスラーム教徒に限定されない。出自は様々であったとされる。タワーイフの舞踊をもっともよく継承している古典舞踊がカッタクである。
一方、デーヴァダースィーはヒンドゥー教寺院で舞いを奉納していた女性たちであり、自然にヒンドゥー教徒ということになる。デーヴァダースィーの舞踊は現代ではバラタナーティヤムやオリッスィーダンスなどの古典舞踊の中に見出すことができる。
どうしてもタワーイフやデーヴァダースィーには娼婦のイメージも付きまとうのだが、彼女たちが身体を売って生計を立てなければならなくなったのはそれぞれの文化が衰退した時代のことであり、少なくとも絶頂期の踊り子と一般的な娼婦は分けて考えるべきである。たとえば「Gangubai Kathiawadi」(2022年)でアーリヤー・バットが演じたガングーバーイーも時々「タワーイフ」と紹介されるのだが、彼女の場合は本業の娼婦であり、正確にはタワーイフではない。
タワーイフとして人気を博すためには美貌、舞踊、教養が揃っていなければならなかった。ヒンディー語映画界の女優たちはキャリアの中で一度はタワーイフ役を演じたがるし、観客にとっても豪華絢爛なタワーイフは大好物だ。ヒンディー語映画史上、もっとも有名なタワーイフは、「Umrao Jaan」(1981年)でレーカーが演じたウムラーオ・ジャーンである。それから四半世紀後にはアイシュワリヤー・ラーイが「Umrao Jaan」(2006年)で同じウムラーオ・ジャーン役を演じ、レーカーと美を競い合った。
映画に登場するタワーイフの最大の見せ場は何といってもダンスシーンだ。タワーイフが踊るダンスは「ムジュラー」と呼ばれ、ダンスシーンは「ムジュラーシーン」などと呼ばれることもある。上記2つの「Umrao Jaan」にも当然のことながら複数のムジュラーシーンが収められているが、近年のヒンディー語映画の中では、「Devdas」(2002年)においてマードゥリー・ディークシト演じるチャンドラムキーが初登場するときのムジュラー「Kahe Chhed Mohe」が最高傑作だといえる。
ヒンディー語映画は黎明期から歌と踊りを重視していたこともあって、それらのスキルを持っていたタワーイフが映画作りに関与することもあった。映画界との関わりという点でもっとも有名な実在するタワーイフとしてはジャッダンバーイーが挙げられる。1892年にバナーラスで生まれたジャッダンバーイーは歌唱や詩作に卓越し、多くの宮廷に招かれてパフォーマンスを行った。1930年代には女優として映画に出演したり、作曲を行ったり、歌を歌ったりするようになった。さらに映画製作会社を立ち上げ、数本の映画の監督までしている。インド映画黎明期を代表する女性映画メーカーであった。ジャッダンバーイーは「Mother India」(1957年)で主演した大女優ナルギスの母親であり、つまりは男優サンジャイ・ダットの祖母に当たる。
ちなみに、映画に登場するタワーイフの名前には「バーイー(Bai)」、「ジャーン(Jaan)」、「ベーガム(Begum)」、「カーヌム(Khanum)」、「バーヌー(Banu)」または「バーノー(Bano)」などが付くことが多い。ただし、これらは女性全般の尊称であり、タワーイフに限ったものではない。