2022年12月8日からNetflixで配信開始されたタミル語のドキュメンタリー映画「The Elephant Whisperers」は、タミル・ナードゥ州ムドゥマライ国立公園の象キャンプで子象の世話をする夫婦を題材にしている。日本語字幕付きで、邦題は「エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆」である。40分ほどの短い映画だが、2023年アカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞にノミネートされたことで話題になった。
監督は新人のカールティキー・ゴンザルベス。主人公の夫婦はベリーとボマンで、カトゥナーヤカンと呼ばれる指定部族に所属している。カトゥナーヤカンとは「森の王」という意味で、インド亜大陸に古くから住み、森と共生してきた人々である。ベリーとボマンは、南インドで初めて、子象の飼育に成功した夫婦であり、「The Elephant Whisperers」は彼らと2匹の子象ラグとアムの心温まる交流を描いている。
撮影時期として2019年という具体的な年が出て来る。映像を観る限り、冬と夏に分けて撮影が行われている。まずは、ラグという子象を育てるベリーとボマンの夫婦が紹介され、彼らがいかに愛情を注いでラグを育てているのかが描写される。ラグの仕草はまるで人間の子供のようで、鼻を器用に使ってコミュニケーションを取る様子が可愛らしい。ただ、彼らは趣味で子象を育てているわけではなく、れっきとした仕事である。ラグを育てることで給料がもらえているようであった。
そこから途中で若干時間が飛び、季節が夏に移ると、彼らの象舎にもう1匹の子象が住み始めたことが分かる。アムという名前で、ラグを育て上げた経験を買われ、彼らのところに送られてきた。しかし、何らかの事情でラグを取り上げられてしまう。おそらく、ラグは成長したので、別の者が育てることになったのだろうが、その辺りの詳しい事情は説明されない。彼らは時々ラグに会うこともできていたようだが、ラグを失った悲しみがとうとうと語られていた。
詳しい説明がないのは、わざとそういうスタイルを採ったのだと思われる。叙述的な説明を避け、なるべくベリーとボマンの素朴な語りと美しい映像で物語を進めようとしていた。低予算映画だろうが、撮影にはいい機材を使ったと見えて、暗所での撮影や川の流れの表現、またドローンによる上空からの空撮など、惹き付けるものがあった。
カトゥナーヤカンは蜂蜜集めの名人とも知られている。象の本題とは離れるが、カートゥナーヤカンたちが断崖絶壁にロープを使って下りたって、巨大な蜂の巣を壊して蜂蜜を回収する様子がドローンを使って映し出されており、それが映像的にもっとも迫力があった。
「The Elephant Whisperers」は、南インドの森林で象や自然と共に暮らす素朴な人々を映し出した、映像美に優れたドキュメンタリー映画である。主人公は子象の育成に成功した夫婦だ。彼らと象たちとの交流の一瞬を切り取って美しい絵にしている場面がいくつもあり、監督の審美眼の高さを感じる。
追記
- 米国の第95回アカデミー賞(2023年)にて短編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、同年に歌曲賞を受賞した「RRR」(2022年/邦題:RRR)と並んで、インド映画として初めてアカデミー賞を受賞した作品になった。