パーニープーリー

 インドのユニークな食文化を理解するには実際に食べてみるのが一番だが、次善の策として、食にこだわった映画を観てみるのもひとつの手だ。大半のインド映画では、食に関するシーンはほとんど重視されていないが、一部の映画では、やたらと食に焦点を当てたシーンがあり、時にはストーリー展開にも密接に関わってくる。

 日本はおろか、世界においても、インド料理というと「カレー」のイメージが強く、インド映画に登場する料理も、その「カレー」のイメージの範囲内であることが多い。よって、インドの食文化に造詣が深くない観客でも大した疑問も抱かないことがほとんどであろう。

 ただ、割と頻繁にインド映画に登場する食べ物で、インド国外であまり知られていないものがいくつかあり、その筆頭がパーニープーリーなのではないかと感じる。ヒンディー語で書くと「पानीपूरी」になる。地域によって呼び方が異なり、北インドでは「パーニープーリ-」の他に「गोलगप्पाゴールガッパー」という名称もよく普及している。アルファベットで書けば、それぞれ「Pani Puri」と「Gol Gappa」である。ここでは便宜的に呼び方を「パーニープーリー」で統一していく。

 パーニープーリーは基本的にはストリートフードであり、路上の屋台で立ち食いする種類の、いわゆるB級グルメである。北インドを中心にストリートフードのことを一般に「चाटチャート」と呼ぶが、パーニープーリーはチャートの代表格である。インド全土の街角に下の写真のような屋台を見掛けるが、パーニープーリーはそこで食べることができる。

Panipuri
パーニープーリーの屋台
©John Hoey from Framingham

 パーニープーリーは主に2つの要素から成る。ひとつは汁であり、水がタマリンド、ライム、ミントなどで味付けしてある。基本的には酸っぱい味がする。こちらを「パーニー」と呼ぶ。汁の中にジャガイモやタマネギなどの具が入ることもある。もうひとつは小麦粉でできたボール状の揚げ物である。中は空洞になっており、簡単に割ることができる。こちらを「プーリー」と呼ぶ。

パーニープーリー
©Ramakrishna Reddy

 パーニーとプーリーは別々に保管される。これらは食べる直前に混ぜ合わされるのである。

 屋台での一般的な食べ方はこうだ。まず、パーニープーリーを食べたいという旨を店の人に伝えると、小皿を渡される。そこには、揚げ物のプーリーが置かれているが、店の人によってあらかじめ上部が割られている。中に具が入れられることもある。

小皿に置かれたプーリー
©Kritzolina

 そして、そのプーリーの割られた部分に、汁であるパーニーが注がれる。客は、汁が注がれたプーリーを一気に口に中に放り込み味わう。お替わりを伝えると、店の人が再びプーリーを小皿に置いてくれて、同じように具や汁を入れてくれる。食べたいだけ食べたら清算を伝える。店の人はきちんと誰が何個食べたかを覚えていて、値段を言ってくれるので、それを支払う。基本的にはずっと立って食べることになる。

 パーニーの酸っぱさとプーリーの香ばしさが口の中で極上の化学反応を起こし、それにジャガイモやタマネギなどの具がいいアクセントを付け加えて、病みつきになる食感だ。

 パーニープーリーは小腹が空いたときに重宝するスナックであり、インド人に人気だ。特に女性から絶大な支持を得ている。ただ、生水を使っていることが多いので、外国人観光客には手放しで勧められないスナックでもある。外国人が多い場所では、ミネラルウォーターを使って作っていることをアピールしているパーニープーリー屋もいるが、盲信してはならない。

 近年のヒンディー語映画でもっとも印象的なパーニープーリーの使われ方をしたのは「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)なのではなかろうか。シャールク・カーン演じるスリンダルが変装したラージが、アヌシュカー・シャルマー演じるターニーと、パーニープーリーの大食い競走みたいなことをするシーンがある。

Gol Gappa Competition Scene | Rab Ne Bana Di Jodi | Shah Rukh Khan, Anushka Sharma | Aditya Chopra

 スリンダルとターニーは夫婦だったが、やむにやまれぬ事情があって偶然に結婚することになったため、夫婦間で愛情や信頼がなかった。スリンダルは、ラージという別人に扮してターニーと接するが、家に帰るとスリンダルに戻らなければならない。ラージとして腹一杯パーニープーリーを食べた後、自宅ではもう一度ターニーの作った夕食を食べさせられるという微笑ましい場面である。

 現在、日本各地にインド料理レストランができており、ベンガル料理や南インド料理など、バラエティーにも富んできている。だが、まだまだパーニープーリーが食べられるインド料理レストランは限定的だ。本当はレストランで気取って食べるようなものでもないのだが、あれば注文してしまいたくなるような中毒性があるスナックである。タピオカなどと同じ流れで、日本でも流行しないだろうか。


 2023年3月20日、日本の岸田文雄総理がインドを訪問し、ナレーンドラ・モーディー首相と会談した。モーディー首相は岸田総理にインドのスナックを紹介したが、その中にはパーニープーリーが含まれていた。モーディー首相は、岸田総理がパーニープーリーを食している写真を自身のTwitterに掲載した。