2022年9月23日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Babli Bouncer」は、女性バウンサーを主人公にした変わり種の映画である。バウンサーとは、ディスコやバーなどを警備する警備員である。通常は屈強な男性がバウンサーを務めるが、「Babli Bouncer」では女性がバウンサーをする点が新しい。
監督はマドゥル・バンダールカル。「Page 3」(2005年)など、新聞の三面記事を次々に映画化するリアリスティックな作風で一世を風靡した映画監督だ。主演はタマンナー。ムンバイー出身のパンジャービーながら、テルグ語映画界で台頭した女優であり、「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)のヒロインも務めた。他に、サウラブ・シュクラー、アビシェーク・バジャージ、プリヤム・サーハー、サーヒル・ヴァイド、スプリヤー・シュクラー、ヤーミニー・ダース、サーナンド・ヴァルマーなどが出演している。また、サビヤサーチー・チャクラバルティーが特別出演している。
舞台はデリー近郊、ハリヤーナー州のアソーラーとファテープル・ベーリー。この町の男性の多くは、デリーでバウンサーとして働いていた。この町に住むガジャーナン・タンワル(サウラブ・シュクラー)とガンガー(スプリヤー・シュクラー)の娘バブリー(タマンナー)は、男性顔負けの怪力であったが、頭は弱く、10年生を卒業できなかった。幼馴染みのクックー(サーヒル・ヴァイド)はバブリーに片思いしていたが、バブリーにその気はなかった。 ある日、バブリーの恩師ドール(ヤーミニー・ダース)の息子ヴィラージ(アビシェーク・バジャージ)がロンドン留学から帰って来る。ヴィラージはデリーの会社で働いていた。バブリーはヴィラージに一目惚れしてしまう。バブリーはヴィラージに会いたい一心で、クックーの働くバー「タリー・ガリー」で女性バウンサーとして働き出す。タリー・ガリーでは、女性客が起こすトラブルが頻発しており、女性バウンサーが必要とされていたのである。ただ、クックーと結婚する条件で、両親からデリーでの仕事を許可してもらっていた。 やがてバブリーは親元を離れて、デリーで教師をするピンキー(プリヤム・サーハー)の家に住み始め、女性バウンサーとしての仕事をしながら、ヴィラージとも会うようになる。だが、ヴィラージは田舎娘のバブリーを恋愛対象と考えていなかった。ヴィラージの誕生日パーティーで酔っ払ったバブリーはヴィラージに告白するが、彼からは酷い言葉を浴びせかけられ断れてしまう。荒れ狂ったバブリーは道端で男性たちと喧嘩をし、警察のお世話になる。 失恋のショックからしばらく立ち直れなかったバブリーであるが、ヴィラージの連絡先を消去し、クックーにも本当のことを話す。そして、改めて自立した女性になろうと決意し、バウンサーをしながら、10年生テストや英語の勉強を始める。ヴィラージは一度、バブリーに命を助けられ、それ以来彼女にアプローチを始める。だが、今度は彼女がヴィラージの告白を断る。 その後、バブリーは、4人組の男にさらわれた女性を助けたことで、マスコミから取り上げられ、州首相から賞ももらう。バブリーは故郷の英雄となり、タリー・ガリーの常連で大富豪のヴァルマー氏(サビヤサーチー・チャクラバルティー)の資金援助を受けて、バウンサー養成所を立ち上げる。
マドゥル・バンダールカル監督作といえばこんな映画、という固定イメージが定着していたのだが、この「Babli Bouncer」を観て、作風をだいぶ変えてきたと感じた。どちらかというとアーナンド・L・ラーイ監督的な、軽妙でサクサク先に進むタイプの物語であった。バンダールカル監督が今まで得意としてきたような、実際の出来事にもとづいて作られた映画、というわけでもなかった。おそらく、唯一現実と接点があったのは、アソーラーとファテープル・ベーリーという実在の町を舞台にしたことだ。映画で説明されたところでは、この2つの町は双子のような2つにひとつの存在であり、ペヘルワーン(力士)で有名だ。これらの町の男性たちは、その屈強な体格を活かして、デリーのバーやディスコなどでバウンサーをしている。バウンサーが主人公の映画というのも今まであまりなかったが、女性バウンサーを主人公にしたことで、より関心を引く物語に仕上がっている。
女性が主人公なだけあって、女性の生き方が中心的なテーマになっていた。首都デリー近郊といえども、アソーラーとファテープル・ベーリーは保守的な地方都市であり、年頃の女性を巡って周囲の人々は結婚のことしか話題に出さなかった。主人公のバブリーも、10年生(高校1年生)から進級できない落ちこぼれであり、将来のことを考えて生活していたわけではなかった。だが、ロンドン帰りでデリーの大企業で働くヴィラージに一目惚れし、彼から感化されたことで、自立した女性を目指し、デリーのバーで女性バウンサーとして働くようになるのである。
果たして現在のデリーに女性バウンサーが実際に存在するのかどうかは、現地から長く離れてしまったために、何ともいえない。男性的な仕事やスポーツなどに女性が挑戦するという筋書きは映画の着想として使い古されたものだが、バンダールカル監督は巧く簡潔にその理由付けができており、特に違和感はなかった。そのバーでは女性の迷惑客がよく来るようになり、彼女を退場させるために、どうしても女性のバウンサーが必要となったのである。男性バウンサーでは女性の身体に触れることができないため、対応できない場合があった。
「Babli Bouncer」をロマンス映画に分類することもできるだろう。そもそもバブリーがバウンサーになった理由はヴィラージに一目惚れしたためであるし、バウンサーをするために、彼女の一目惚れしているクックーを利用した。ただ、この映画で描かれている恋愛は全てすれ違いであり、映画の最後でも三角関係が解消されることはなかった。そういう意味では、ロマンス映画としては中途半端だ。女性の自立というテーマの方が目立つ。ただ、何となくバブリーはヴィラージと結ばれるような近い未来がほのめかされていた。
主演タマンナーの肩に全てがのしかかった映画であった。テルグ語映画界で活躍してきたため、タマンナーにはどうしても南インド映画女優というイメージが強いのだが、ムンバイー出身のため、ヒンディー語も問題ない。問題ないばかりか、かなり自由に使いこなすことができる。今回はハリヤーナー州農村出身のキャラを演じているため、ハリヤーンヴィー方言を話す。それがやたら上手だった。清楚な顔をしているため、パッと見、田舎女に見えないのが難点ではあるが、身振り手振りは無骨な農村の女性そのもので、鼻までほじってみせている。今までヒンディー語映画界ではあまり存在感がなかった女優だが、ここにきて急に「発掘」または「発見」されたといっていい。「Babli Bouncer」での彼女の演技は絶賛されて然るべきである。また、ダンスシーン「Mad Banke」で見せた彼女のダンスも一級品だ。
「Babli Bouncer」は、リアリスティック映画の旗手マドゥル・バンダールカル監督が、作風をガラリと変えて、女性バウンサーを主人公にして送り出した、コメディータッチの軽妙な映画だ。主演のタマンナーの演技が素晴らしく、今後ヒンディー語映画界からもオファーが増えそうな予感がする。観て損はない映画である。