Vande Mataram

 毎年8月15日はインドの独立記念日であり、首都デリーの歴史的な城塞遺跡ラール・キラーにて首相が国民に向けて演説を行う習慣になっている。2022年は、独立75周年の節目であり、「Amrit Mahotsav(甘露大祭)」と称して、タージマハルを含む、全国の有名史跡の入場料が無料になるなどのキャンペーンがナレーンドラ・モーディー首相主導で行われ、特に盛大に祝われたようだ。

 中央政府の文化省は、「Amrit Mahotsav」と並行して、この独立記念日祝祭期間に、インドの国旗である三色旗を家に掲げることを奨励する「Har Ghar Tiranga(各家に三色旗)」キャンペーンを実施した。その一環として、インドの映画界やスポーツ界の有名人を起用して作られたミュージックビデオが「Har Ghar Tiranga Anthem」である。

Har Ghar Tiranga Anthem

 作曲はテルグ語映画界の音楽監督デーヴィー・シュリー・プラサードで、彼自身も出演し、歌も歌っている。他に、ヒンディー語映画界の著名なプレイバックシンガーであるアーシャー・ボースレーとソーヌー・ニガムが歌っており、映像にも登場する。

 映画界とスポーツ界から多数のセレブリティーが出演している。ヒンディー語映画界からはアミターブ・バッチャン、アクシャイ・クマール、アジャイ・デーヴガン、アヌパム・ケール、ジャッキー・シュロフ、アヌシュカー・シャルマーなど、テルグ語映画界からはプラバース、タミル語映画界からはキールティ・スレーシュなどが出ている。一方、スポーツ界からは、カピル・デーヴ、PTウシャー、ヴィラート・コーリー、メアリー・コム、PVスィンドゥ、ミターリー・ラージ、ニーラジ・チョープラー、ラメーシュバーブー・プラグナーナンダーなどの顔が見える。また、最後にナレーンドラ・モーディー首相が民衆から大歓迎を受けている様子が流される。

 撮影地もインド全土に渡る。確認できただけでも、北端のシュリーナガルやラダック、北西のデリー、アーグラー、アジメール、西のジョードプル、ムンバイー、サルダール・サローヴァル・ダム、東のノンリアト、南のハイダラーバード、南端のカンニャークマーリーで撮影されていたことが分かった。

 これはこれでお祝いとしていい映像だと思うのだが、個人的には、25年前の1997年に独立50周年を記念して作られたミュージックビデオ「Vande Mataram(母なる大地に捧ぐ)」の方が思い出深い。ちょうど独立75周年を機に「Vande Mataram」も掘り起こされて、版元のソニー・ミュージックがYouTubeで公式に再配信していた。しかも、元々YouTubeに上がっていたものより遥かに美しい4K版である。改めて見直してみて、感慨に耽った。

Vande Mataram - @ARRahman | Maa Tujhe Salaam | Official 4K Video | Mehboob | #Independenceday

 「Vande Mataram」の作曲はARレヘマーンであり、彼自身が映像の中心になっている。ARレヘマーンはマニ・ラトナム監督の「Roja」(1992年)などで一躍注目を集め、この映像が公開される1997年までには既にインド全土で活躍する売れっ子ミュージシャンになっていた。

 この「Vande Mataram」は、マニ・ラトナム監督の「Bombay」(1995年/邦題:ボンベイ)のDVDに特典映像として収録されていた。ただし、上のものはヒンディー語版だが、収録されていたのはタミル語版だった。歌詞の意味するところは同じはずである。

 「Bombay」が日本で劇場一般公開されたのが1998年だった。同年には「Muthu」(1995年/邦題:ムトゥ 踊るマハラジャ)も劇場一般公開されており、この年の日本ではにわかにインド映画ブームが巻き起こっていた。その後に起こったインド映画ブームと区別して、「Muthu」から始まるブームを「第一次インド映画ブーム」と呼んでいる。筆者が初めて観たインド映画も「Muthu」であり、正に第一次インド映画ブームの申し子であった。

 一般的に自己紹介をするときは、「Muthu」に影響を受けてインドに興味を持ったということにしているが、もっと詳細に思い起こしてみると、「Bombay」のDVDに収録されていた「Vande Mataram」も当時の自分の心に多大な影響を及ぼしたのをよく覚えている。

 今観ると、ラダック準州、ラージャスターン州、グジャラート州、ケーララ州あたりで別々に撮影されていることが分かるが、まだインドに行ったことがなかった自分にとって、「Vande Mataram」の映像はまるでインドの魅力を詰め込んで散りばめた万華鏡のようで、「Incredible India」そのものであった。

 変わった民族衣装を身にまとった人々が多数登場し、ラクダやゾウまでインドの大切な一員として悠然とポーズを決める。子供たちの笑顔も印象的だ。よく途上国へ行って「貧しくても子供の笑顔は輝いていた」みたいなお決まりの文章を書く人がいるが、正にそんな笑顔である。荒涼とした砂漠や緑豊かな森林など、風景も様々で、それぞれに魅力的だった。最後には巨大な国旗を人々が力を合わせて立てようとするという大袈裟な愛国心の発露が行われ、うらやましくも感じた。そしてARレヘマーンによる音楽も、映像に見合った壮大さを醸し出していた。

 歌詞も自己肯定感満々である。例えば、冒頭の一節では以下のように歌われている。

यहाँ वहाँ सारा जहान देख लिया हैヤハーン ワハーン サーラー ジャハーン デーク リヤー ハェ
कहीं भी तेरे जैसा कोई नहीं हैカヒーン ビー テーレー ジャエサー コーイー ナヒーン ハェ
अस्सी नहीं सौ दिन दुनिया घूमा हैアッスィー ナヒーン サォ ディン ドゥニヤー グーマー ハェ
नहीं, कहीं तेरे जैसा कोई नहीं हैナヒーン カヒーン テーレー ジャエサー コーイー ナヒーン ハェ

あちこち世界中を見て回った
どこにもあなたのような国はない
80日、いや、100日、世界を回った
どこにもあなたのような国はない

 もちろん、「あなた」とはインドのことである。自虐史観の強い日本人とは対照的に、ここまで自国に対して自信満々に「インド最高!」といえるインド人が住んでいるインドという国に非常に惹かれ、是非インドには行かなければならないと思い始めた。当時大学2年生で、既に米国、タイ、エジプトを旅行していたが、次の目的地をインドに定め、1999年3月、大学2年生と3年生の間の春休みに、初めてインドの土を踏んでいた。

 その後、インドに10年以上住み、日本に帰国後もインドとは関わりを続けている。インド以外の国も随分と旅行した。その結果、「Vande Mataram」で歌われていたことは本当だったと、今になってひしひしと感じている。「Vande Mataram」は自分の人生を変えた一曲であった。